凍結膨張
割れた甲虫の外殻が次々と地面に落ちては、砂埃を舞い上げる。
またたく間に崩れていく岩の有り様に、ムーがびっくりした声を上げた。
「わっふ! これユーばあちゃんがやったの?」
「はい、そうですよ」
「すごい! さすがユーばあちゃんだな!」
嬉しそうに飛び跳ねた子どもは、ユーリルに勢いよく抱きついた。
ちょうど胸の下にすっぽりと頭を埋めたまま、ぐりぐりと頬を擦りつけて喉を鳴らす。
「ユーばあちゃんはふかふかしてるなー。ふかふか、ふかふか」
「あらあら、くすぐったいですよ、ムムさん」
母子のようにじゃれ合っていたムーだが、急に顔を上げて不思議そうに尋ねる。
「なんかひんやりしてるぞ、ユーばあちゃん」
「ああ、きっとこれのせいですね」
そう言いながらユーリルは、襟を下ろして首に巻かれた灰銀色の輝きを見せた。
先日、探求神殿で授けられた祭具、氷霜の首鎖だ。
北方に棲まう精霊の上位種、凍土の巨人の背骨を削り出して作られるこの首環型の装身具には、氷系魔技の威力を底上げする効果があるらしい。
「これつけてると、ちょっと涼しくなるんです。ここは結構乾いているので、差がよく分かりますね」
「ふんふん、くっつくと、つめたくてきもちいいな!」
「えー、ムーちゃんだけずるい。わたしも、わたしもー」
体温の高い少女と子どもにくっつかれて、ユーリルは白い肌を少し上気させる。
じゃれあう三人に近付いたトールは、凄まじい魔技の成果を称賛した。
「話には聞いてましたけど、すごい威力ですね。驚きましたよ」
「ええ、これと杖があれば、ここでも何とかなりそうです」
頼もしい笑みを浮かべてみせる銀髪の美女に、トールは深く頷く。
相性がかなり悪いと思えた堅固なモンスターを、下枝スキルの魔技だけで屠ってみせたのだ。
心強い仲間の存在に、トールは改めてパーティの素晴らしさを噛み締めた。
視線を岩甲虫へ戻すと、崩れた外殻の中から顔を覗かせたのは奇妙な氷の塊であった。
あちこちに透明の枝を伸ばしたそれは、どことなく樹のように見えなくもない。
「あれは……」
「はい、岩甲虫の体液ですね。かなりの水分を、体内に蓄える性質があると聞いておりましたので」
その話はトールも講習で教えられていた。
外殻は頑強であるが、中身は水が多くかなり脆い構造であると。
その体液を凍らせることで体積が膨張し、内側から岩を砕いたという仕組みだろう。
内部から崩壊したモンスターに、トールは静かに近付いた。
外殻の岩が剥がれ落ちた甲虫は、動く気配を全く見せない。
しばらく観察してみたが、完全に死んでいるようだ。
岩の内側を覗くと、その不気味な体内の構造が明らかになる。
大きな顎を持つ頭部は、殻の中にぴったりと収まっていた。
二本の長い触角は、渦巻状に畳んである。
移動することを放棄したせいか、六本の足は完全に地面の中へ突き刺さっていた。
これで地中の水分を吸い上げるという話だ。
内臓らしき部分は破裂したせいか、かなり酷い有り様であった。
あらゆる器官が、氷の樹で押し潰されてしまっている。
目当ての部位を探す労力にため息を吐きかけたトールへ、同じく寄ってきたソラが話しかけてくる。
「トールちゃん、これこれ、忘れてるよ」
少女が差し出してきたのは、先ほど投げつけた解体用のナイフであった。
「お、すまんな。先に討伐証明の部位を取っとくか」
「このモンスターは、どのあたりなの?」
「その丸まってるとこだ。うっかり触ると、指を切るから気をつけろよ」
「はーい。うわー、ちょっと柔らかいけど、なんか硬いね。へんな感触」
二本の触角は長さが異なっており、右の方だけ先端部分が伸びてギザギザになっている。
この両刃鋸のような部分を振り回して獲物を切断し、もう片方の触角で斬り落とした部分を回収する仕組みのようだ。
先ほどのソラの<固定>がなければ、トールの左手も喰われていた可能性が高い。
右の触角の先を切り取ったソラは、慎重に革袋へしまった。
それからトールにくっついて、岩甲虫の内部を覗き込む。
「なにか探しもの?」
「ああ、白っぽい石の塊があるはずなんだが……」
「ぐちゃぐちゃ過ぎて、よくわかんないねー。うん、あれかな?」
いきなり虫の身体に手を突っ込んだソラは、大きな塊を持ち上げる。
いや持ち上げようとして、びくともしないその重さに驚いた顔になった。
「なにこれ、すごく重いよ!」
「お、あったか。それが硬白石だな」
硬白石とは、白硬銅の原料となる鉱石である。
この珍しい鉱物は地中でなく、岩甲虫の体内で生成されるのだ。
「どれ……、む、本当に重いな」
なんとか引っ張り出した鉱石は、両の手のひらに余るほどの大きさだった。
ずっしりとした重量があり、背負い袋だと簡単に底が抜けそうである。
とりあえず運搬ソリに乗せてみたが、この風の中で引っ張って歩くのはやや面倒そうだ。
「トーちゃん、おなかへった!」
ユーリルと遊んでいたムーだが、空腹を思い出したようだ。
トールの脇から顔を出して、崩れた岩甲虫の死骸を指さす。
「あれ、食べないのか、トーちゃん?」
「あれはなあ。どうも食える箇所がないらしい」
「えー、あんな大きいのに?」
「ほとんど岩が混じってるらしくてな。もう少し行けば休憩だから、それまで我慢しろ」
「むぅー、むぅー!」
結局、目的の一つであった白硬銅の原料は置いていくことにした。
といっても放棄するのではなく、帰りに残っていれば回収するつもりである。
おそらく、この岩石が乱立する地帯には大量の岩甲虫が潜んでいるようだ。
ユーリルの魔技があれば乱獲は簡単そうなので、焦る必要はないという判断である。
追い風になる帰り道なら、運搬もちょっとはマシになるだろうし。
それから先はかなり楽に進むことができた。
ムーが<電探>で居場所を察知し、トールが囮となって触角を引きつける。
ソラが<固定>か<反転>で安全性を確保し、ユーリルが止めを刺す。
触角だけを集めながら、一行はようやく昼過ぎに、中央付近に見えていた大きめの岩が立ち並ぶ場所へとたどり着いた。




