北回りルート
週末、ゆっくり体を休めたトールたちは、再び破れ風の荒野にやってきた。
前回の教訓を活かし、今回は夜中の出発である。
朝方に到着した馬車の停留所は、なかなかの賑わいであった。
あちこちで朝餉の煙が上がり、がやがやと騒がしい声が聞こえてくる。
「ほら、ムーちゃん、ついたよー」
「あれ? トーちゃんとねてたのに、なんでお外にいるんだ?」
馬車を降りたトールたちは、中央に据えられた木箱のテーブルへ向かう。
目当ての案内人の案内役は、すぐに見つかった。
堅そうなビスケットを無表情でかじっていたガルウドは、トールたちに気づいてゆっくりと目をしばたかせる。
「……朝っぱらから、やる気に満ち溢れてるな」
「前回は途中で引き返したからな。今回こそはもうちょっと進んでおきたい」
「そのめげない性格は全く変わってねえな。サラリサなら、今、着替え中だ。ま、なんなら俺が案内してもいいんだが」
「いいのか? それは助かるな」
ベテランの盾士が同行してくれるなら、いざという時には心強い。
促されて席についたトールたちは、朝食の相伴にあずかる。
「で、今回だが、砂がかなり少ないと聞いた北回りを行こうと考えている」
「……確かに北は砂が全然ないけどな。それなら俺は遠慮しておくか」
「北回りはまずいのか?」
「いや、駄目ってことはないが、あそこは相性が悪くてな。ま、行きゃ分かるさ」
「お待たせしました、トールさん……」
そこでサラリサが背後から声をかけてきたので、会話は打ち切られた。
蒼鱗族の女性はフードを目深にかぶっていたため表情は窺えないが、声の調子からして問題はなさそうである。
「おはよう。今日はよろしく頼む」
「おはよー、サラリサさん」
「よろしくなー!」
「ご案内、お願いしますね」
準備を済ませ荷物を背負ったトールたちは、北へと足を向けた。
遠くに見える岩山らしき影以外、遮るものが何もない荒野を黙々と進み続ける。
吹き荒ぶ風にさらわれた白砂が足元で渦巻くが、しっかりとした地面はやはり歩きやすい。
トールを先頭に縦列に並んだ一行は、意気揚々と歩を進めた。
一時間ほどして、トールは小さな違和感に気づく。
岩山の大きさが、あまり変わっていないのだ。
少しだけペースを上げてみる。
二時間後、ようやく岩山が近づいてきた。
かなり遠くから見えていたので、それなりの大きさだと考えていたが意外と小さい。
乗ってきた馬車と、ほぼ同じ程度である。
しかし岩の風下に入ったとたん、トールはハッキリと違いに気づいた。
風がおさまったのだ。
岩陰から顔を出すと、かなりの抵抗を感じる。
知らず知らずのうちに強さを増していた向かい風のせいで、かなり圧力を受けていたようだ。
「いつの間にか、ずいんぶんと風が強くなってるな」
「あ、ほんとだ! なんかあるきにくいなーって思ってたけど」
「吹いてくる方向が同じなので、分かりにくいですね」
中央とは違い、こっちの風はどうやら一方向だけらしい。
疲れやすさで言えば前回の方がきつかったが、歩きにくさで言えば今回のほうが厄介だ。
「ト、トーちゃん、ムーはもうダメだ。はやくおんぶしないと、たいへんなことに」
前と似たようなことを言い出した子どもだが、それもやむを得ない。
今回は白硬銅を持ち帰るために、運搬ソリを持参したのだ。
平たいソリを背負っていたせいで、風の影響を大きく受けてしまったのだろう。
フラフラと体を揺らすムーを見ながら、トールはガルウドが案内を辞退した理由に思い当たる。
「なるほど、盾を背負って歩くのも、億劫になるわけだ。ほら、トーちゃんがソリだけ持ってやる」
「むぅー。トーちゃんのけちー!」
腰にしがみついて首をぶんぶん振る子どもの頭を撫でながら、トールは最後尾についてきた案内役に意見を求める。
「早速ですまないが、助言の一つでももらえると助かるな」
「そうですね……。トールさんとソラさんは問題ないかと。あとのお二人は歩き方が……」
「あら、駄目でしたか?」
サラリサ曰く、背筋を伸ばす颯爽とした歩き方は、街中では良いがこの荒野では不向きであると。
歩幅は小刻みで、風に身を任せる感じで前傾姿勢になるのがコツらしい。
「あとは少し内股気味で、膝や足首を使って歩いたほうが疲れませんね……」
習った歩き方を試しながら、トールたちは再び風の中を進み出した。
もはやハッキリと風圧を感じるほどに、空気は勢いを増している。
トールは進路をジグザグに変え、風を半身で受けるようにした。
次の岩山まで、ゆっくり時間をかけて進んでいく。
奥に進むにつれて、どんどんと風は強くなった。
飛んでくる以外はほとんど砂がないため、細かくひび割れた地面がどこまでも続いているのが見える。
その他は、ひたすら岩と岩と岩である。
凝白岩と呼ばれるそれらは、表面は平で凹凸はほとんど見当たらない。
風に削られたのか、多くの岩は風上に向かって尖っている。
大地から突き出す様は、どことなく太く白い刃の尖端のようにも思えた。
風に抗いながら進むこと、数時間。
正午近くにやっとのことでトールたちがたどり着いたのは、ズラリと尖った岩が一面に並ぶ景色であった。
成人男性の背丈を軽く超す岩々が、間隔を空けて地面から突き出している。
「ここは千刃ヶ原と呼ばれてますね」
「ふぅ、だいぶ移動が楽になりそうだな」
「あれ? 風もゆるくなった?」
「岩が多いおかげですかね」
「それじゃ、あの中央の大きな岩まで行ったら、昼休憩にするか」
「ごはんか? トーちゃん!」
真ん中あたりに大きな岩が数個、そそり立っているのが端からでも見えていた。
白い岩を経由しながら、トールたちはそこへ近づいていく。
「なんか、かくれんぼしてるみたいだねー」
「言われてみればそうだな」
風に逆らって岩陰から岩陰へ素早く移動する様子は、傍から見れば遊んでいるように見えるかもしれない。
そんな中、ムーが小さく声を上げた。
「いるぞ、トーちゃん」
「……ああ、そろそろと思っていたが」
子どもが指差す先にあったのは、次へ向かおうとしていた岩であった。
剣を手にしたトールは、そっと足音を殺して岩の向こうへ回り込む。
だがそこには何も居ない。
「…………どこだ?」
「そこだぞー、トーちゃん」
ムーの言葉に一瞬だけ視線を動かしたその時、不意に岩の下から何かが飛び出した。
すかさずマントをひるがえすトール。
だがその紐状の何かは、あっさりと最大限の防御を誇る青縞の蛇革を貫いた。
同時にボタリと、何かが地面に落ちる。
それは切り落とされたトールの左腕であった。




