青い花
「いいえ、関係ありませんよ」
ずばり尋ねられたユーリルは、きっぱりと言い返す。
しかし残念ながら、表情は氷のように冷静さを保っていたが、肝心の耳はそうもいかなかったようだ。
長く伸びた先の部分が、小刻みに震えてしまっている。
その様子にニッコリと微笑んだオードルは、意地悪そうな口調で返す。
「ふーん、そうなんだ。でもボクの知る限りじゃ、キミの男性――」
「ちょ、ちょっと待ってください。良いですか、少しだけ時間をください」
そう言ってユーリルは振り向くと、急いでトールを呼んだ。
「あの、トールさん、少しご相談したいことが」
「はい、どうされました?」
声をかけられたトールは、温室を夢中で覗き込んでいる子どもをソラに預けてテーブルに戻る。
「その実は…………」
困り顔のユーリルに小声で相談された内容は、どうも薬房の主であるオードルには嘘がバレてしまっているという話であった。
彼女とユーリルは五十年来の付き合いであり、当然、孫はおろか子どもが居ないことまで熟知されている仲だという。
「そうだったんですか。オードルさんは口がかたい方ですか?」
「そうですね。基本的に植物にしか興味がないので、あまり吹聴するようなことは」
「ひどいな。人間にだって少しは関心があるよ」
「あと先ほどの神殿長の部屋でも、余計なことは言わなかったのでその気はないかと」
「でしたら、打ち明けたほうが早いですね。ユーリルさんも大事な友人に隠し事はしたくないでしょうし」
「いいんですか!?」
いつもは慇懃な態度のユーリルが珍しくあけすけな評価を述べたところをみるに、かなり気のおけない仲なのは間違いない。
神殿関係者に発覚するのはできるだけ避けたい展開だったが、やむを得ない場合もある。
「じゃあ、ちょっとしたお披露目をしますか」
そう言いながらトールは、背負い袋から青冠草の花束を取り出す。
すでに摘まれてから数日となる花は、かなり萎れかけていた。
「いきなりですみませんが、これで血止め回復薬を作っていただけませんか?」
「ふむむ。だいぶ枯れちゃってるね。これだと、たいした量はできないかな」
そう答えながらオードルは、期待するように視線を向ける。
軽く頷いたトールは手を伸ばして、くたびれた花びらに触れた。
――<復元>。
たちまち青冠草は、摘みたての状態の姿を取り戻す。
「……活性化? いや、切り口まで戻っているのを見るに……、これは若返りに近いのか」
ほとんど驚く素振りも見せず、オードルはもとに戻った花を手にとってじっくりと眺める。
そして落ち着いた声音で、仔細を尋ねてきた。
「魔技が発動する条件はある?」
「モンスターとの関わりができた時点までですね」
「なるほど、岩トカゲから養分を得ていたせいか。限度は? あと対象は生き物だけかい?」
「そこらへんは、黙秘させてもらいますよ」
「じゃあ一つだけ。死者には?」
軽い口ぶりとは裏腹に、薬合師は真剣な眼差しを向けてくる。
誰しもその考えにまっさきに至るだろうと回想しながら、トールは静かに首を横に振った。
「死者の領域は別か。たしか……央国には時を司る神が居たな。その系統樹だと……。ふむむむ、これは面白いな。数日、借り切って研究したいところだよ」
再び楽しそうな輝きを目に宿したオードルは、ユーリルとトールを交互に眺める。
「だめかな?」
「だめです。トールさんはお忙しいので」
「じゃあ諦めるか。依頼の方は引き受けるよ。こっちの取り分は三割でどう?」
「はい、それでお願いします」
血止め回復薬は冒険者局で購入すると、一つ銀貨五枚となる。
それくらいの譲渡なら、断然作ってもらったほうがお得だ。
「まあ、これで安心したよ。ようやくユーリルの男性不信が治ったみたいで」
「なっ!」
「この子の昔話は聞いた?」
「少しだけなら」
ユーリルはかつて英傑候補と名高いパーティに所属していたが、呪いを受けたせいでそこから外されたとは聞き及んでいた。
長く苦楽を共にしてきた仲間に、あっさりとパーティを追い出されたのだ。
筆舌に尽くしがたい痛みがあっただろう。
「かなり酷いことを言われたようで、それ以来すっかり男嫌いになっちゃってね。それが急に孫って、くふふ」
先刻の神殿長の部屋でのやり取りを思い出したのか、オードルはいきなり吹き出した。
「まったく男を遠ざけていたのに、いきなり孫ができてるなんて、無理がありすぎて笑いをこらえるのが大変だったよ」
「み、見てないところで、色々と付き合ってたんです!」
そう言い返すユーリルの耳先は、真っ赤に染まってしまっていた。
楽しそうに会話している三人に気づいたのか、ソラたちも話に加わってくる。
「なになに、どうしたのー? トールちゃん」
「ユーばあちゃん、だいじょうぶか? ムーといっしょにちょうちょ見るか?」
「この子は昔から、そつがない風に見えて、いろいろとやらかすからね。前にも――」
「その話は何度目ですか。あの時はオードルだって――」
その後も楽しい談笑は続き、気がつくとかなり時間が経ってしまった。
夕刻を告げる鐘の音で、お茶会はお開きとなる。
「おっと、もうこんな時間か。今からじゃ法廷神殿にいくのは無理だな。ムーの分はまた今度にするか」
「面白いお話、いっぱい聞かせていただいてありがとうございました」
「いえいえ、こっちも久しぶりにたっぷりお喋りできて満足したよ」
「喋りすぎですよ、もう!」
「またちょうちょ見にきていいか? オーばあちゃん」
「うんうん、いつでも大歓迎だよ」
そう言いながらなぜか見送りのはずのオードルは、トールたちと並んで歩き出す。
「あれ、どこか行くんですか?」
「うん、日も陰ったし、ミーリラ様に預けていた鉢植えを受け取りに行こうかなって」
「ああ、あの並べていたの。でも、温室のほうが暖かそうなのに、どうしてなんです?」
「あの種は、たまに風に当ててやる必要があるんだよ。温室だと、そうもいかなくてね。じゃ、ここでお別れだね。またいつでも遊びにおいでよ」
「うん、またなー!」
トールたちに小さく手を振った薬合師は、軽く鼻歌を口ずさみながら本舎へ入っていく。
そして小広間にある階段の前で、不意に立ち止まった。
静かに手すりを見上げながら、オードルは再び愉快そうな笑みを浮かべる。
あの堅物で融通が利かなかった幼馴染が、自ら進んでこの手すりを滑ったのだという。
誰に聞かせるわけでもなく、老女はポツリと呟いた。
「…………存分に自由な風に当たってくるといいよ、ユーリル」




