次の準備 その二
明り取りの小窓がないせいで、店内は薄暗い。
狭い土間に置いてあったのは、みすぼらしい机と小さな木の椅子だけであった。
石造りの壁には数点の武器が掛けてあり、辛うじて武具の工房だと判別できる。
部屋の奥は作業場のようで、ムッとする熱気とともに小気味良く槌を振るう音が聞こえてくる。
呼び掛けてみたが返事がないので、トールは壁の武器を眺めて時間を潰すことにした。
赤みを帯びた剣身に目を移して、すぐに違いに気づく。
明らかに薄いうえに刃も鋭い。
思わず手を伸ばしかけたトールだが、近づいてくる気配に静かに振り向いた。
「おや、お客さんですか。気づかずお待たせしてすみませんね」
奥から現れただみ声の主は、トールよりも少し年上の男だった。
丸顔に柔和な目元。赤茶けた髪と同じ色の前掛けを身に着けている。
鍛冶師らしい男は素早く視線をトールの腰の剣から腕と肩、顔へ動かし、最後に首元の冒険者札を確認する。
そして小さく頷くと分厚い革手袋を外し、火傷と豆だらけの手を差し出してきた。
トールの手をがっしりと握る腕は、そこら辺の新米冒険者とは比べ物にならないほど太かった。
「ようこそ、ささやかな我が武器工房へ。私が工房長のトルックです」
「トールだ。路地奥の防具屋のおやっさんに、ここを勧めてもらってな」
「ああ、はい、ラモウ親方から。今日はどんなご用件で?」
衣類やカバンなどの印象が強いが、皮革は武具の鞘や覆い、柄などにもよく使われている。
路地奥の防具屋にもそういった注文は多く、おかげで武器工房への伝手もそれなりにあるというわけだ。
「切れ味の良い片手剣を探している」
その注文を聞いた瞬間、トルックの目が細まり客向けの顔が一瞬だけ消えさる。
だがすぐに温和な表情に戻った店主は、トールに椅子をすすめながら反対側に腰掛けた。
「では、詳しくお聞きしましょうか」
先日の荒野の探索では多すぎるモンスターを前に、度々<復元>の残り回数が厳しい場面があった。
特に戦闘が連続すると、剣の切れ味を高めるだけでなく、魔力や体力も回復する必要が出てくる。
さらに不意の怪我に備えて、最低でも一、二回分は温存しておかなければならない。
その辺りを踏まえ<復元>を使えない状況でも、攻撃能力をなるべく落とさない手段として思いついたのが予備の武器の所持というわけである。
ただ以前に大きな武器屋で試し振りした赤鉄の剣は、さほどいい切れ味とは言い難かった。
そもそも防具に関してはかなりのこだわりを持つトールだが、武具に関して二十五年間、安いという理由だけでほぼ木剣一筋である。
木剣の良し悪しなら手にした瞬間、見抜けるが、その他はさっぱりであった。
そこでラモウに相談してみたところ、良い剣を探しているならこの工房だと紹介されたのだ。
トルックに促され、トールは今まで使ってきた武器と、荒野での苦戦を説明する。
小さく頷きながら聞き入っていた鍛冶師は、岩トカゲの首を断ち切った話になると、またも少しだけ鋭い目つきになった。
「そちらの剣を拝見しても?」
「構わんが、そんなに良い代物じゃないと思うぞ」
じっくりと鋳鉄製の剣を調べたトルックは、楽しそうな笑みを浮かべながら首を横に振った。
「普通じゃ信じられませんが、ラモウ親方の口利きなら冗談じゃないんでしょうね。うん、これは面白い」
そう言いながら立ち上がったトルックは、壁の赤鉄の剣を取りテーブルに並べて置いた。
比べてみると、明らかに違いははっきりしている。
赤鉄製のほうがこぶし一つほど長いが、身幅は指一本ほど細い。
だが鋳鉄製よりも刃は薄く、そして軽い。と言っても、しっくりと来る重量である。
二、三度振ったトールは、その手応えに驚きの色を浮かべた。
「これは隣の店で見たのとは、かなり違うようだな」
「お隣は鋳物ばかりですからな。うちは鍛造品しか置いてませんよ」
ざっくりと分かりやすく、鍛冶師はその違いを説明してくれた。
鋳造とは型に流し込んで成形するやり方で、安く大量に作れるが強度が今一つのため肉厚になりやすく重い。
対して鍛造は鉄を叩いて成形するため、より硬く鋭い刃に仕上げることができるというわけだ。
「刃金って言うんですよ。ただ、ここまで仕上げるのに、かなりの手間と時間を食うのが問題でしてね。それでお値段もまあ、それなりになるというわけなんですよ」
「なるほど、それは仕方ないな」
武器としての性能は明らかに刃金製が勝っているのだが、鋳物の武器のほうが普及しているのは技能樹と大きく関わりがあった。
精霊の力を宿す六大神の武技は、その力を武器に与えるものが基本である。
よって剣や斧は炎や雷をしょっちゅう帯びることとなり、普通に使うよりも劣化が早く寿命は短い。
むろん、鋭く切れ味の良い武器のほうが、戦闘では当然有利にはなるだろう。
だが攻撃を当てさえすれば闘気は満ちていき、武技を放てば大きなダメージを与えることができる。
その過程での攻撃など、結果を見ればちょっとした差異でしかないのだ。
つまるところ六大神の武技使いにとって武器は使い捨ての消耗品であり、それゆえ安い品に人気が集まるのもやむを得ないことなのである。
もっともそれは低ランクの冒険者に多い話であるが。
高ランクになり、より稼げるようになると、目端の利く冒険者は武器や防具にも金をかけだす。
わずかな差異かもしれないが、それによって勝敗が変わってくる可能性に気づくせいだ。
そういう一部の冒険者によって、この工房は成り立っているらしい。
白硬級以上じゃないと相手にされないと、ラモウが言っていたのも、もっともな話である。
試しに触らせてもらった赤鉄刃金の剣の値段は、銀貨二十四枚。
通常の三倍の値段であった。
ただしトールの場合、一度買ってしまえばほぼ永遠に使えるという裏技がある。
しかし今回のトカゲ退治の討伐金が、剣一本でまるまる消えるのもちょっと考えどころだ。
二週間後には革鎧が仕上がるし、特注の革靴の代金も残しておかねばならない。
考え込むトールを前に、店主は再び穏やかな笑みを浮かべた。
「今、ちょうど破れ風の荒野ですよね。だったら白硬銅でお作りになるのはどうですか?」
「たしかあそこで採れる素材だったな。それなら少しは安くつくか……」
「ええ、材料持ち込みでしたら銀貨三十六枚のところを、三十枚にさせていただきますよ」
「……よし、それで頼むとするか」
より高くなってしまったが、切れ味の良い剣があればさらに稼げるようにはなるだろう。
それに純粋に、その剣にどれほどの切れ味があるか強い興味もあった。
次の目標を決めたトールに、鍛冶師は興味深そうに尋ねてくる。
「ところで剣の形はどうされますか?」
「どうとは?」
「いえ、先ほどの動きからして、トール様はこういった方がお得意ではないかと思いまして」
そういって鍛冶師が壁から外して手渡してきたのは、反りを持つ奇妙な黒い剣であった。
面白いことに片側にしか刃がついていない。
「これは太刀という武器だな。前に見せてもらったことがある」
「おお、よくご存知で。紅尾族じゃ割とよく使われる武器なんですが、ここいらじゃ使い手をあまり見ませんね」
サッコウ副局長の鷲のような赤い眼光を思い出して、トールは無意識に顎を掻いていた。
過去に何度か手合わせしたことがあったが、その斬撃の鋭さは今も瞼の裏に焼き付いているほどだ。
手渡された太刀を素振りしたトールは、小さく首をひねった。
確かに斬るという動作には最適のようだが、重心が前にありすぎて普段のように動かすのは厳しいと感じてしまう。
特に斬り上げからの斬り下げで、最後に突きの動作に持っていくのが難しい。
「ああ、それで突きを出すのは、ちょっとコツが要りますね」
「刃の厚さからいっても不安があるな。片刃だから刺さりにくいだろうし」
「ふむむ。でしたら、こういうのはどうですか?」
店主の持ち出した案に、トールは納得がいったように頷いた。
その刃先なら、色々と対応できそうである。
「では材料が集まったら、それでお願いしたいが良いだろうか?」
「はい、こちらとしても願ったりですよ。ぜひお任せください」
再び固い握手を交わしたトールは、満足の行く取引を終えて店を後にした。




