白い冒険者札
受付嬢の説明を聞き終えたトールたちは、玄関ではなく窓口カウンターへ足を向けた。
理由は新しい冒険者札を受け取るためである。
「そろそろ出来上がっているはずだが、訊いてみるか」
「こんにちはー、お札もらいにきましたよ」
「ムーはかぶと虫でいいよ。おおきめのやつ」
「えっ、虫ですか? 虫なんか扱ってたかな。ちょっと上の者に確認してみますね」
カウンターの下から頭と目だけ覗かせて尋ねてくる子どもに、短い髪の受付嬢は真顔で応対してみせた。
振り向いて上司を呼ぼうとしたので、トールが急いで止める。
「いや、虫はいらん。こいつの言うことは真に受けなくていい」
「トーちゃん、かぶと虫きらいなのか?」
「どっちかって言えば好きだが、ここで渡されても困るだろ」
「そうだよ、とんで逃げていっちゃうよー」
「そっかー、しかたないな。じゃお札でいいや。くろいのください」
ユーリルの首元のCランクを現す黒縁の冒険者札を指さしながら、子どもは無茶な注文を繰り返す。
「えっ、黒鋼級ですか? お伺いしてたのは白硬級でしたけど、変更できないかすぐに調べてみます」
「色、えらべるの? じゃあわたし黄色がいいかなー」
「いや、無理だろ。もうこいつらは無視で良い、無視で」
「えっ、やっぱりかぶと虫にするんですか?」
「……わざとやってないか?」
「お待たせしました、トール様。新しい冒険者札はこちらとなります。登録内容にお間違えはありませんか?」
「あ、シエッカ課長、お疲れ様です」
音もなく受付嬢の背後から現れたのは、痩せぎすな髪の赤い男性であった。
慇懃に頭を下げながら、トレイに載せた三枚のプレートを差し出してくる。
「すまん、手間を掛けさせたな」
「いえ、こちらこそお待たせして申し訳ありません」
やっとのことで受けとれた白い縁取りの冒険者札をソラたちに手渡しながら、トールはやれやれと肩をすくめた。
新しいプレートはDランクだけあって、打刻された文字がハッキリしており見やすくなっていた。
刻まれているのは、名前と性別と年齢。
あとは出身国か種族に眼と髪の色、それに技能樹の種類である。
個人を完全に識別できるような機能はないが、これでなりすましはかなり厳しくなっている。
そもそも盗まれたとしても、冒険者札が有効なのは発行したその境界街だけである。
使える範囲がそれなりなうえ、高ランクであれば住人に顔見知りも多い。
詐欺などに使われる可能性もあり得るが、冒険者局で確認すればすぐに分かるので、騙された側の落ち度で済んでしまう。
せいぜい再発行代で、失くした本人の財布が痛む程度だ。
記載内容が変わってないことを確認したトールたちは、前の札から付け替えてもらった紐を首に回す。
冒険者札の色や形を自由に選べない分、この吊り紐は冒険者たちのこだわり箇所であった。
染めたり結び目を作ってみたり、材質も革だけなくて金属製の細鎖を使ったりと様々である。
トールの場合は特に頓着もないので一番安い角もぐらの革紐だが、ユーリルなどは灰氷狼の毛で編んだ紐を愛用していたりする。
互いに札の位置を調整し終えたトールたちへ、課長と呼ばれた男が見計らったように話しかけてきた。
「ところでトール様、新しい狩り場へ赴かれると伺いましたが、馬車の手配はお済みでしょうか?」
「ああ、次からは貸し切りになるんだったな。予約を入れておいてもらえるか」
「はい、ただいま全て出払っておりますので、三日後のご用意となりますがよろしいでしょうか?」
「意外と数に余裕がないんだな。ないものは仕方ない。それで頼むか」
「でしたら……、ミカキ君、あれを」
「あれ? えーと、ああ、これですね。もう、もっとハッキリ言ってくださいよ」
背後で青筋を立てる上司の様子に気づかぬまま、ミカキ嬢が細かく書き込まれた街路図の写しを差し出してきた。
受付嬢が口を開く前に、赤髪の職員が説明を加える。
「そちらは当局の公認店の案内図となっております。防塵対策の品々を取り扱っておりますので、出発前に立ち寄られてはいかがですか?」
「なるほど、そういうことか。心遣い感謝するよ」
わざと出発を遅らせたのは、準備をしっかり整える時間を与えるためであったようだ。
しかも公認店で買い物させることで、間接的に冒険者局も儲かると。
ざっと目を通した地図の中に見知った名前を数点見つけ、トールはやり手の課長へ頷いてみせた。
「さっそく寄らせてもらうかな。ありがとう、世話になった」
「いえいえ、どういたしまし、あっ、待ってください、忘れてました!」
「まだ何かあるのか?」
「Dランクからは、パーティに名前をおつけできますよ。良かったら、登録していきますか?」
受付嬢の言葉に、ソラにつむじをグリグリされていたムーがとろけた顔で答える。
「じゃあ、ムーちゃんずで」
「はい、承りました」
「まてまて、今のはなしだ」
「新婚家族ってのはどうかな? トールちゃん」
「…………氷結の……、いえ、もっと分かりやすく氷神布教隊なんかいかがですか?」
「保留で頼む」
「むぅー!」
「えー、これ以上はないってほどぴったりなのになー」
「残念ですね。いい機会だと思ったのですが」
珍しくくだけた会話に参加してきたユーリルは、不本意そうに耳を揺らして指先を合わせてみせた。
学びと探求を司る氷神ストラージンは、あまり一般に人気がないのでかなり本気であったようだ。
シエッカ課長とミカキ受付嬢に手を振って、トールたちは冒険者局のロビーを後にする。
その足で向かったのは、これまで何度も買い物していた布地屋だった。
相変わらず美人の女店主だが、あいにく接客中であったようだ。
小太りの女性と話していた店主は軽く黙礼しようとして、トールたちの首元に気づきわずかに細い目を見開く。
先客と二言三言交わしたかと思うと、すぐに小走りで近づいてきた。
「ようこそ、いらっしゃいませ、トール様。本日は何をお探しでしょうか?」
「いや、あちらの客が先だろ。済むまで適当に見回ってるよ」
「そういうわけにもいきません。どうぞ御用を」
「なら次は荒野の予定なんだが、それ関係があればと思ってな。置いてある場所を、教えてくれるだけで結構だ」
「でしたら、あちらの奥の棚、一面がそうですね」
トールが頷くと、店主はホッとした顔になって戻っていった。
やり取りを見ていたソラが、驚いた顔で呟く。
「もしかして、この白い冒険者札のせいかな」
「ああ、たぶんそうだな」
「ムーがいい子すぎるのが、とうとうバレてしまったか」
「ほら、いい子なら店の中は走るな」
棚の間でかくれんぼしていた子どもを、トールは素早く片手で抱き上げる。
甘い匂いの髪をトールの頬にこすりつけて、ムーはクスクスと笑いかけた。
十分ほどで女性客が帰ったのか、店主が再びトールたちの傍にやってくる。
しかも仕立て屋の父親まで同伴していた。
その後、真面目に挨拶してきた仕立て職人とユーリルが話し込み始め、なぜか夏服を一人三着と下着も数枚作る話でまとまった。
もちろんそれ以外にも砂よけに口の周りを覆う布や、通気性のいい麻織りの靴下や頭巾なども注文済みである。
冒険者割引のおかげで、お代はあわせて金貨一枚となった。
なかなかの出費であったが、川スライムの体液や河馬の皮で金貨五枚ほどの蓄えがあり、この程度ならなんとかなる。
二日で仕上げる約束をもらったトールたちは、手を振って店を後にした。
去り際に振り向くと、店主親子が深々と頭を下げていた。
寸法を測り終えたムーがいつの間にか姿を消していたので、トールたちはそのまま路地奥の防具屋へ向かった。
扉を開けると案の定、老人と子どもの会話が聞こえてくる。
「じいちゃん、ムーのお札みるか?」
「どれどれ。おお、白いな。すごいぞ、坊主」
「ほんとは、くろいのがいいんだけど、ムーはガマンできるからなー」
「そっか、えらいな、坊主は。おやつ食うか?」
「うん!」
「あんまり甘やかすなよ、おやっさん」
「お、お前、いつの間に来てたんだ!」
作業台でムーと並んで話し込んでいた革職人のラモウは、額を赤く染めて唇を引きつらせた。
そして小さく鼻を鳴らしてから、ユーリルに気づき目を丸くする。
「こりゃまたべっぴんさんを連れてきやがったな。ま、小汚い店だが、適当にくつろいでくれ」
「あら、お世辞でも褒めていただけると嬉しいですね。ユーリルと申します。今後ともよしなにお願いしますね」
軽口を叩きながらも、トールは店主の態度の変わりなさに少しだけ背中の力を抜いた。
「で、ぞろぞろと何の用だ? こちとら仕事が立て込んでるんだが」
「ムーちゃん、おやつのお礼ちゃんといった?」
「うん、ありがとう、じいちゃん!」
「おう、ゆっくり噛んで食えよ」
甘芋入りの蒸しパンをもぐもぐと食べる子どもに返事をしたラモウは、ぶすっとした表情になって首を横に振った。
「まあ、ちょっとくらいなら相手してやる時間はあるがな。ほら、どうした?」
「ああ、実は今週、荒野に行くんだが、なにか知っておくようなことはあるか?」
「お、もう荒野へ行くのか。だったら、ちょいと坊主のは不味いな」
革職人の話によると、モンスターの革にはそれぞれ特色があり、場所によって使い分けたほうがいいらしい。
土中を移動する角もぐらの革は、しなやかで加工しやすく汚れにも強い。
荒々しい鎧猪の革は強度があり、衝撃にも強い。
そして水中に潜む暴れ河馬の革は、頑丈なうえに水をよく弾いてくれる。
だが今回はその赤い河馬の革が、乾燥地帯でもある荒野にはあまり向いてないとのとこだ。
急激に乾くと、簡単にヒビが入ってしまうらしい。
赤い革のケープを身にまとう子どもの姿を、ラモウは思案顔で眺める。
「猪だとちょっと重いし、モグラだと守りは当てにできねえな。ぴったりの革があるんだが、今少し在庫がなくてな」
「なんの革だい? おやっさん」
「そりゃ荒野には、そこに住んどる奴のが一番さ」
「……岩トカゲか」
「元からあまり出回らない革でな。少しだけ持ってたんだが、先月、革鎧の注文がたまたまあってな」
「わかったよ。手に入り次第、すぐに持ってくる」
助言の礼を述べたトールは、狩るべき獲物として岩トカゲの名前を脳裏へ刻んでおいた。
それから携帯食料などの準備を済ませつつ、訓練場でシサンたちに稽古をつけたり、ロロルフたちに川の現状を聞いたりしていると二日間はあっさり過ぎ去る。
三日目、注文の衣類も受け取った一行は外門前の広場で馬車へ乗り込み、新たな狩り場へと出発した。
馬車での道行きの景色は、ほぼ前と変わらぬ茶色の草原だ。
二度目の休憩時に天井席へ上がってきた少女と背合わせに座りながら、トールは薄ぼんやりと遠くを眺めていた。
背中越しに伝わってくる心地よい体温。
尻の下では、馬車の車輪が静かに揺れている。
ぬるい風を頬に感じていると、ソラがゆっくりと身動ぎした。
大きく手を伸ばした少女の口元からは、間の抜けた息を吐く音が聞こえてくる。
「眠いのなら、下へ行くか?」
「ううん、だいじょうぶだよ」
狩り場行きのこの馬車には寝台が設えてあり、今はユーリルとムーが仲良く眠っていた。
「ね、なんかこの時が一番、ワクワクするね」
「……ああ、そうかもな」
またも静かになった少女に、トールはふと浮かんだ質問を投げかけてみた。
「そういや、なんで黄色なんだ?」
「うん、なにが?」
「いや冒険者札の色、黄色に変えたいって言ってたろ」
「あー、あれは黄身の色がいいかなってー」
「なるほどな」
小さく唇の端を持ち上げながら、トールは最近のソラのお気に入りを思い出す。
北にある元境界街のボッサリアのダンジョンが制覇されたおかげで、近辺のモンスターは一時的にかなり数を減らしていた。
おかげで流通もある程度回復し、卵や小麦がかなり出回るようになったというわけだ。
肉だけならモンスターからいくらでも取れるが、肝心の卵の方は通常の生殖活動を行わないため存在しないと言われている。
動植物や昆虫が変異したモンスターは、それ以降は成体の姿で発生するようになるのだ。
「ゆで卵もいいけど、やっぱり目玉焼きかなー」
「まあ、今は白身で我慢しとけ。お、見えたぞ」
不意にトールが前方を指差す。
そのはるか先には、白い大地が果てしなく広がっていた。




