空々しい演説
緑の制服を着込んだリシは、奇妙な笑みを浮かべていた。
嬉しさと寂しさが入り混じったような表情だ。
出張所の職員はトールたちの視線が集まったことに気づくと、拍手を止めて軽く会釈してみせた。
「素晴らしいですよ、みなさん。本当に素晴らしい。群生相化させた暴れ河馬を、手傷なしに仕留めるとは。離した五頭が無傷でここまで来たときは、心底がっかりしたものです。百人以上も居て、なんという体たらくかと。だが、あなた方は違った。ま、黒鋼級の手助けがあったことには目をつむりましょう。しかし――」
「おい、なに勝手にそこ上がってんだ? お前に許した覚えはねえぞ」
いきなり喋りだしたリシを、怒気を含んだロロルフの言葉が遮る。
だがチラリと視線を送っただけで、職員は平然と受付にいるかのごとく話し続けた。
「お三方の動き、あれこそが攻め手の理想ですね。攻撃をただ加えるだけでなく、的確に勝負どころを読み取り、危ないときにはすかさず下がる。これが致命的にできない前衛は多いんですよ」
「お、わかってんじゃねえか。って、痛えな! 兄貴」
嬉しそうに相槌を入れた次男は、長男に肩を叩かれて顔をしかめた。
その横では三男がうさんくさげに、皆を褒め続けるリシを眺めている。
「それに兄さんたちもお見事でした。徹底してモンスターの注意を引かない、その射撃。なにかと言えばぶっ放せば済むと考えてる弓士連中の頭に、羽の一つでも生やしてやりたいところですよ。射手とはひそんでこそですよね、まったく」
弟の世辞の言葉を無視した二人は、眉をひそめて油断なく周囲に視線に配っている。
川の中の石山の上で雨に打たれながら喋り続ける男の姿に、激しい違和感を抱いたトールも警戒しながら状況を確認する。
三人組とディアルゴは肩で少し息をしているが、まだ余裕はありそうだ。
タパとタリは普段と様子は変わらない。
椅子に座ったままのユーリルの魔力は回復してきたようだが、中枝の魔技の使用可能回数を使い果たしたままだ。
ムーは退屈そうにあくびをしている。
トールの体力と魔力はほぼ戻っており、<復元>は残り半分。
ソラは<反転>を四度使っただけで、魔力にはまだ余裕がある。
河原には五体のモンスターの死骸があるだけで、他に動くものは見当たらない。
もうしばらくすれば、川スライムが湧くはずであるが――。
狙いがよく分からないまま、リシの話は続いている。
「でも素晴らしいのはあなたですよ、ディアルゴさん」
「えっ、僕ですか?」
「ええ、圧倒的な体格差を全く恐れずの完璧な受け流し。それでいて適所で注意を引く守り方。しかし、あなたの目覚ましい点は、それだけではありません。きちんと最後まで戦いを切り回す、その先導力ですよ。これほど優秀な指揮をとれる守り手は珍しいですよ」
満更でもない顔をしかけたディアルゴは、慌てて打ち消すように首を横に振った。
その肩に、ロロルフたちがいっせいに腕を回す。
「はっ、当たり前だろ。うちの自慢の盾士様だぞ。今さらなこと言ってんじゃねえよ」
「これは失礼。それとトールさん」
リシの人懐っこい眼差しが、くるっとトールとその横に立つソラへ移る。
「なんで泥漁りなんかやってたんです? 二十五年も。疑問で仕方がありません、ホント。ハッキリ言って化け物ですよ、あなた。あ、これは褒め言葉なので誤解なく」
「余計なお世話だな」
「それにソラさん、あなたのその魔技はなんなんですか?!」
「え? えー、なんでしょう?」
「本当に下枝のスキルなんですか? ありえませんよ、暴れ河馬をひっくり返すなんて。異常過ぎますって」
褒めているのか分かりにくいリシの言葉に、少女は困ったように小首をかしげた。
その辺りで我慢しきれなくなったのか、ロロルフが低い声を発した。
「いつまでもべらべら喋ってねえで、いい加減、そっから下りろや」
「まあ、聞いてください。先ほどの暴れ河馬ですが、上流狩り場にまもなく行けそうな連中では手も足も出なかったようです。だが、あなた方はやすやすと片付けてみせた。この意味がおわかりですか?」
「回りくどいな。なにが言いてえんだ?」
「あなた方がそれほどの腕前になったのは、この劣悪な狩り場で二年近くも過ごしたせいですよ。それはつまり、私のやり方は何一つ間違っていなかったという証なんです。まさに、逆境こそが人を育てるという証左です!」
「はぁっ?」
「だからこそ、これはいけない。この橋の存在は許してはいけないのです。これがあると私が作り上げた仕組みが、根底で揺らいでしまう。楽に上流に行ってしまえるようになると、苦労も覚えず技能を鍛えないまま、先へ進むようになってしまう。努力を怠った冒険者など、何の価値があるというのです?」
いきなり声のトーンを上げて、リシは高らかに語りだす。
その独りよがりな言葉に、二人の兄が諌めるように答える。
「……努力は人に強いるものではない」
「……他人を傷つけてまで、必要なものなどない」
「その通りです、兄さん。無駄に終わる努力ほど虚しく傷つくものはありませんからね。しかしながら、その努力が実った暁に、人々はきっと私に感謝の言葉を述べるはずですよ」
狂ったように話し続けるリシの足元の石山に、川の中へ伸びるような細い紐のような物があることにトールは気づく。
おそらくそれがリシの本当の狙いと、関係しているように思えたトールは、ソッと弓を手にしたままのタパへ近づき耳打ちした。
「あいつの足のところ見えるか?」
「……何かあるな」
「狙えるか?」
小さく頷いたタパは、ほぼモーションもなく瞬時に弓を構え矢を放った。
雨粒をうがちながら、放たれた矢は真っ直ぐに末っ子の足元へと飛ぶ。
調子よく話し続けていたリシは、矢に気づいた瞬間、目の色を変えて腕を伸ばした。
紐を貫くはずだった矢は、代わりにリシの手のひらを撃ち抜く。
わずかにうめき声を発した男は、顔を上げると残念そうに笑ってみせた。
「もう少し、時間が欲しかったのですが、そろそろ幕引きのようですね」
「さっきからなに言ってやがる」
「ええ、優秀なあなた方に、私からの贈り物を差し上げようかと」
そう言いながら、リシは紐を手繰り寄せ水中に隠していた小さな袋のようなものを引き上げた。
そのまま中身を掴みだすと、石の山に次々とばらまき始めた。
そしてなにが起こってるか分からぬまま、状況を見守るトールたちへにこやかな笑みを浮かべる。
次の瞬間、リシの背後の空間に大きな何かが不意に姿を現す。
それは宙に浮かぶ巨大な赤い水の塊であった。




