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狂暴、暴走


 大きく波がうねり、赤い水飛沫が空高く跳ね上がる。

 巨大な体が川底を蹴って前へ進むたびに、水面が恐ろしいほど上下に揺れた。

 先触れのように押し寄せてきた赤い水が、川岸を乗り越え河原に勢いよく溢れ出す。


 足元を濡らす水に、呆然としていた冒険者たちがようやく口々に声を上げた。


「……おい、あれって」

「まさか、群生相化させたのか?!」

「なに考えてんだよ、出張所の奴ら」


 モンスターの縄張りは、それぞれ固有の広さを持つ。

 だが発生しすぎてその縄張りの広さが保てなくなると、怪物は新たな形態を獲得する。

 それが群生相と呼ばれる姿である。

 そしてより凶暴さを増したモンスターの中には、自らの縄張りを広げようと暴走をし始める習性を持つものもいた。


「くそ! おい、撤退だ」 

「なにあせってんだ? 河馬がちょっと強くなった程度だろ」

「馬鹿言うな――」


 そこで男たちの会話は不意に途切れた。

 いきなり周囲が暗くなったせいだ。 

 あわてて視線を上へ向ける二人。

 その目が最大限に開かれ、あんぐりと口が開く。


 巨大な河馬が、空を飛んでいた。


 信じがたい光景に、神経が切れたように動きを止める冒険者たち。

 そこへ巨体が舞い降りた。

 

 凄まじい地響きとともに踏み砕かれた石が飛び散り、凶器となって周囲に撒き散らされる。

 あちこちで悲鳴や叫び声が上がった。


 そこへ続いて二頭の河馬が、雨粒に混じって着地した。

 またも悲鳴が起こり、平静さを失った人々はまたたく間に混乱の渦に飲み込まれる。

 先ほどまで数の暴力でモンスターを狩り立てていた冒険者たちは、簡単に立場を逆転されてしまった。


 だが押しなべてそうではなく、踏みとどまり立ち向かおうとする者もいた。

 赤鉄の鎧に身を固め大きな盾を持つ男が、モンスターの突進を食い止めようと正面に立ち塞がる。

 そして軽々と宙に浮いた。


 側面から攻撃を仕掛けた者たちは、予期せず広がった堅い何かに突き飛ばされて地面に転がる。

 それらを容赦なく踏み潰しながら、異形の暴れ河馬は野太い雄叫びを放った。


 轟く咆哮に我を失った人々は、取り乱しわめきながら少しでも離れようと逃げまどった。

 邪魔な人間を突き飛ばし、少しでも生き延びようと我先に安全な場所を目指す。

 そこへさらに二頭が追加され、現場はより混迷を深めていく。


 酷い有り様となった河原を、いつの間にか離れた場所に立っていたベッティーナとゴダンが冷静に眺めていた。


「これは最悪ね、ゴダン」

「はい、このような事態に皆様、あまり慣れておられないご様子ですね」

「冒険者がモンスターに襲われて慣れてないからって言い訳、ちょっとどうかと思うわ」

「おそらくここの狩り場では、突発的な事故が起こりにくいということでしょうか」

「ふぅ、それもお父様に報告しなくちゃダメね」


 他人事のように蹂躙されていく冒険者たちを眺めながら、二人は会話を続ける。


「ところであの河馬、どうなっているのかしら? あのお腹の横のはなに?」

「あれはヒレのようですね。それに前脚の脇のところと後ろ足にも、膜とヒレができてございますね」

「ええ、水かきかしら。なるほど、あれで水を叩いて跳び上がるのね」


 暴れ河馬の群生相の特徴は、腹部に折り畳める羽のような横ビレと、前脚と脇腹の間に張られた皮膜、後脚から伸びる尾ビレのような突起だった。

 そのおかげで水をかく能力が格段に上昇し、速度を増したモンスターは、水中から飛び上がり襲いかかることも出来るようになったというわけである。

 のっそりと川岸へ上がってくる印象に慣れていたせいで、その意外な上陸方法に大きな混乱が生じたのだろう。

 さらに赤みを帯びた皮膚もより強度を増しているようで、足掻くように打ち込まれた武技や魔技はほとんど効き目がないようだ。


 荒れ狂う五頭の異形の河馬は冒険者たちを蹴散らし、さらにまだ生き残ってた同胞の河馬たちも豪快に食い千切った。

 勝手気ままに河原を走り回っていたモンスターたちは、動くものが何もなくなったことに気づいたのか方向を変え再び川へ戻る。

 そのまま下流めがけて、怒涛の勢いで走り去った。


「急ぐわよ、ゴダン」

「おや、どちらへ?」

「下流にはトールたちがいるはずよ。このままじゃ――」


 そこで自らの失言に気づいたベッティーナは、咳払いをして言い直す。


「地味な英雄さんが、あれをどうさばくか見ものじゃなくて?」

「手遅れでございます、お嬢様」

「うるさいわね、行くわよ!」


 踵を返す主人に、忠実な執事はちらりと周囲を見てから尋ねる。


「ここは捨て置いてよろしいのですか?」


 河原には動かなくなった数体の冒険者が横たわっており、土手は逃げてきた大勢の怪我人のうめき声に満ちていた。

 呼び止められた赤毛の女性は、歩みを緩め少しだけ視線をそれらに向ける。

 そして全く興味のない口ぶりで返答した。


「冒険者とは自らの力で生き残ってこそ、冒険者足り得るのよ。あれくらい自分で何とかするでしょ」


 その赤みを帯びた冷酷な眼差しは、誰かを彷彿とさせるほどよく似ていた。


 採石河原で騒ぎが起きてから、しばらくの後。

 川スライム狩りを終えたトールたちは、天幕で休息中であった。


「雨が止まねえな」

「……まだ、しばらく続く」

「橋が完成間近だってのに、どうも間が悪いぜ」

「そろそろ新しいスライム、湧くんじゃない? どう、トールの兄貴?」

「ああ、そうだな。それに蛙も湧いているころか。ムー、頼む」

「トーちゃん、ムーはいま、とてもねむくてうごけないのだ」

「もう、ムーちゃん。だから食べすぎちゃだめっていったのに」

「……眠るがいい、幼い子。私の<風察>でも動きあるものなら捉えられる。それで許してやってくれないか?」

「むぅぅぅ、ムーに任せろ、トーちゃん!」


 仕事を取られそうになった子どもは、ユーリルの膝枕から跳び上がると魔力を一瞬でかき集める。

 放たれた紫の蛇が宙に消え、ムーは得意げに川を指さした。


「あっちにはいないぞ。……でも、こっちにおっきいのがいっぱい」

「大きい? この川ででかいのって河馬かカニくらいだぞ。おやつ食べすぎたのか? おチビちゃん」

「むぅぅぅ、しつれいな!」

「……幼い子の言葉は正しいぞ、ロロルフ。巨大な気配が五つ、上流から近づいている」


 タリの言葉に視線を交わしあった三兄弟は、天幕を飛び出し河原を走る。

 カーブを描く場所に真っ先にたどり着いた三男のググタフは、自慢げに遅れてくる兄たちを見やったあと視線を前に向ける。


 そして驚愕の声を発した。


「見ろ、兄貴。すげぇ波が押し寄せてくるぜ!」



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【コミカライズついに145万部!!】
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