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ボーナスステージ


「ダメだ、間に合わねえぞ。ディアルゴ、まだか!?」

「あともうちょっとです。頑張ってください」 

「……結局、いつもとやってること一緒になってんな、兄貴」

「うるせえ! 黙って手、動かせ!」


 降り続く雨に全身をずぶ濡れにしながら、男たちは怒号を上げて武器を振りかざした。

 激しい飛沫が宙を舞い、赤と黒の斑模様の大きな蛙どもが跳ね飛ばされてひっくり返る。

 だがすぐに起き上がると、粘つく体液を垂れ流しながら戦士たちへ挑みかかった。

 

 それを近づかせないよう、男たちは巧みに長柄の武器で牽制し距離を作る。

 しかし長引く戦いで、すでに息が上がり体のキレも悪い。

 革鎧のあちこちから破れ目を晒しながら、男たちは懸命に踏ん張ってみせた。


 その横では岸のすぐそばに盛り上がった小山に、うねうねとうごめく水たまりがたかっていた。

 赤い土混じりの盛り上がりはくまなく赤い水に覆われ、じりじりと体積を減らし低くなっていく。


 やがて完全に小山を削り取ってしまった大きな赤い液体は、新たな獲物を探してゆっくりと移動を始める。

 その先に川中へ並ぶ小山がある事実に、片手斧を構えていた戦士が悲痛な叫びを上げた。


「ちくしょう! そっちへ行くんじゃねぇぇえ」

「よし、間に合った!」


 盾を掲げた男が滑り込むように川岸へ屈み込むと、水際が大きく盛り上がり新たな山が出来上がる。

 橋脚へ向かっていた赤い水たまりは、おもむろに進路を変えると小山に取り付く。

 そこへ新しく発生した水たまりどもも、次々と近寄っては加わって水かさを増す。


 合体し巨大な姿に変わっていくスライムどもの容赦のない光景に、男の一人が曇り空を睨みつけて絶叫した。


「くっそう、まだ止まねえのか、この雨!」


 まさに背水の陣で奮闘するロロルフたちを、天幕の下で竈の火にあたりながらトールたちはのんびり眺めていた。

 手伝ってやりたいのはやまやまであるが、魔技の使用可能回数を使い切ってしまったのでどうしようもないのだ。


 こんな事態になってしまったのは、主にロロルフたちとトールとの間で意思の疎通が少なすぎたという点に尽きる。

 川に湧くスライムは、トールの知る森のスライムたちとはやや形態が異なっていたのだ。


 まず見た目は森スライムは茶色であるが、川スライムは赤である。

 初めて見ると血溜まりのようなのでちょっとだけ驚くが、盛り上がって動いているのですぐに見分けがつくようになる。


 川スライムの好物は赤砂鉄の混じった土であり、これは石だらけの河原にはほとんどない。

 砂鉄自体は血流し川の川底に多く沈んでおり、雨で増水したさいに河原へたまに打ち上げられたりする。

 それを探して回るだけの、ほとんど害のないモンスターである。


 もちろん、ほぼ何でも溶かす体液は共通なので、好んで倒したがる冒険者もいない。

 一応、一匹のスキルポイントは三点に増え、体液の買い取りも細巻き貝一本で銅貨十五枚と三倍になってはいるが。


 そして森と川での最も大きな違いは、その発生の仕方と数であった。

 川スライムは雨が降ると地面から湧き出すように大量に現れ、雨が止むといっせいに消えてしまう。

 これは発生場所が広大な森と違い点在する河原のみなこと。

 また雨天限定の発生というのも関係しているようだ。

 

 さらに川スライムには、互いに接触すると、そのままくっついてしまうという奇妙な性質もあった。

 核を共有したスライムは体積を増し、消化速度や捕食範囲も増大する。

 おそらく、ホブゴブリンチーフのような上位の存在になるのだろう。

 これに関しては、川に入っても流されないという理由も大きいようだ。


 そんなわけで、森スライムと同じような感じに捉えていたトールと、スライムならいくらでも倒せると思い込んでいたロロルフたちとで、残念な行き違いがあったというオチであった。


 現在、<復元>を使い果たしたトールたちに代わって、ロロルフたちが川スライムを相手にやっているのは、これまで彼らがしのいできたやり方だ。

 方法はシンプルで川岸に近い地面で<岩杭陣>を使用して囮用の土山を造り、スライムどもをそっちへおびき寄せるというものである。


 もっとその<岩杭陣>を放つためには、闘気を溜める必要がある。

 闘気はモンスターとの戦いで高まっていくが、川スライムに戦闘を仕掛けるわけにもいかない。

 そこで赤毒蛙の出番となるが、ここで問題が起こる。

 蛙は一度倒してしまうと、最長で一時間は湧かないのだ。


 ではどうするかというと、延々と手加減しながら戦い続けるしかない。

 すでに雨に打たれながらの戦闘は、一時間にも及んでいた。


 十匹ほどが重なって一体となった大きなスライムが、小刻みに震えながら最後の囮の山を食べ尽くす。

 新たに<岩杭陣>を撃つには盾士の闘気が全く足りてない状況に、次男のニニラスが悲痛なうめきを漏らした。

 そして川の中の小山へ向かう醜悪な赤い水の固まりに、両手斧を強く握りしめる。


「くうううう! すまん、十四代目。ちゃんと供養してやるからな!」

「おい待て! 新しい斧を買う金なんてねえぞ」

「止めてくれるな、兄貴。こいつらは今ここで倒さねえと、また繰り返しになっちまうぞ!」


 スライムに駆け寄る男の斧は紫電をまとい、パチパチと水滴を蒸気に変える。

 大上段に振りかぶったその時、すっとスライムと斧の間に人影が入り込む。

 ニニラスの前に立ち塞がったのは、空樽を脇に抱えた男の姿だった。


「――待たせたな。<復元>が使えるようになったぞ」

「ト、トールのおっさん!」

「こいつは俺に任せてくれ。ほれ、ソラ」

「はーい。おまかせあれ」


 渡された鉄剣で、少女はグリグリと赤い水をかき回す。

 容量が増えた分、普段より時間はかかったが、ほどなくしてスライムの体表を覆う張力が失せ、その形が崩れ去る。

 そこを待ち構えていたトールが、空樽を差し出して豪快に体液を受け止めた。


「よし、行けるな。おーい、その蛙どもはもう倒していいぞ」


 かなり捻じくれてしまった鉄剣を一瞬で元の姿に戻しながら、トールは疲れ切った男たちに指示する。

 

「良いのか? あんたのスキルって、十回までなんだろ」

「大丈夫、良い作戦を思いついた」

「そうか。…………だったら、死ね! この糞蛙!」


 今までの鬱憤を晴らすように、男たちは各々の得物を力強くモンスターに叩きつけた。

 蛙は一掃できたが、まだ雨は降り続いている。

 油断なく河原を見渡しながら、ロロルフは力のない口調で尋ねた。


「それでどうする気なんだ? あと九匹倒して終わりってわけにもいかんだろ」

「ざっと数えてみたが、一時間に湧くのは五十匹ほどだな。合体は十匹ほどが上限か」

「ああ、そんなもんだな。……まさか、くっつかせてから倒すって算段か?」

「そのまさかだよ。それなら<復元>の回数も余裕で足りるはずだ」

「でも、どうやってくっつかせるんだ? もしや橋脚が食われるのを待つとかじゃねえだろうな」

「それは、さっきと同じやり方をしてくれりゃいい」

「ハァ? だったら蛙倒しちゃマズいだろ!」


 狂人を見るような眼差しを向けてくる紫眼族の青年に、トールは唇の端を少しだけ持ち上げてみせた。


「そういや言い忘れてたな。実はこういう使い方もできたりする」


 トールに肩を軽く触れられたディアルゴは、盾を持ったまま前髪の奥のつぶらな目を見開いた。

 いつの間にか己の体に、闘気が溢れかえりそうなほど満ちている事実に気づいたせいだ。


「闘気が高まった状態に戻した(・・・・)。これでいつでも武技が使えるだろ」


 トールの淡々とした言葉に周囲が目を見張る中、頷いた盾士は与えられた闘気を解放する。

 <岩杭陣>で盛り上がった川底に、三兄弟は口々に驚きの声を漏らした。


「…………す、凄え」

「ホントだったのか……。ありえねぇ。ありえなさすぎるぜ、おっさん」

「そんなことまでできるのか。あんた、いったい何者なんだ?」

「泥を漁るのに慣れただけの男だよ」


 この瞬間、厄介な雨と面倒なモンスターの群れは、一気にスキルポイントと素材代が稼げるボーナスステージと化した。

 目途がたったことで気が抜けたのか、トールの物言いに男たちはいっせいに笑い出す。

 

 その笑い声が、不意に止まった。

 大きく目を見開きながら、男たちの視線がトールの背後に吸い寄せられるように集まる。


「なんで、こんなところに湧いてんだ……」

「えっ、あれ?」

「くそ、ヤバイぞ、おい!」


 振り向いたトールの目に飛び込んできたのは、雨が降りしきる河原の中央に浮かぶ赤い水の塊であった。



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【コミカライズついに145万部!!】
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[気になる点] ヤバいやつってスライムじゃなかったのか!?
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