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血流し川の二日目


 また戻る約束をロロルフと交わしたトールたちは、いったん自分たちのテントがある河原へ引き上げた。

 ユーリルの滞在許可は明日までなので、できる限り稼いでおこうという腹づもりである。


 昼食をパンと干し肉とお茶だけで済ませたトールたちは、赤毒蛙と血吹き魚狩りを開始した。

 教えてもらったやり方で、ソラとムーが魚の注意を引いている間に、ユーリルが動きを止めた蛙どもをトールが斬り捨てる。

 さらにユーリルの<氷床>で、無力化した魚も仕留めて終わる。


 一時間に群れが一つしか湧かない場合も多く、また魚も確実に現れるわけではないので、六時間での成果は蛙三十二匹、魚は五匹の討伐であった。

 赤毒蛙のスキルポイントは五点で、血吹き魚は十五点。

 それぞれ別の群れとなるので、一回の戦闘で各人に五点と三点が入る計算だ。

 獲得したスキルポイントは合計五十五点で、ユーリルだけ<成長促進>があるため五倍の補正がかかり二百七十五点である。

 

 報酬のほうだが、大量の毒液まみれの蛙の死体を買い取り所へ持っていくのはほぼ不可能なため、全て川へ流して処分することにした。

 魚も明日には傷んでしまうので、討伐部位の背びれだけ切り取り、同様に川流しにする。

 まだ精算前であるが昨日のと併せて、銀貨二枚と大銅貨八枚の稼ぎとなった。


「小鬼の洞窟と比べると、明らかに落ちるな」

「半分くらいになってる?」

「それ以下だな。だいたい三割前後だ」


 真っ暗闇の通路を歩き回って戦うより、川縁でぼんやり待ち続けるほうがはるかに楽ではあるが、それだけに得られるものが減ってしまうのも当然の理である。


「もっかい洞窟にもどりたいねー」

「それができたらな。今さら言っても仕方ないか」


 実は小鬼の洞窟であるが、冒険者にとって大きく稼げる場所であったりする。

 時間が限定されるが、独占できるうえにモンスターが密集して狩りやすく再発生も早い。

 かなりの人気なので、月に二、三組しか挑めないのも納得の狩り場だ。


 だが制覇してしまうと赤鉄級に昇格するため、小鬼の森周辺での狩り自体が禁止とされてしまう。

 そして待っているのは、このいっきに稼ぎが落ちる血流し川というわけである。


 ディアルゴに教えてもらったが、トールたちのように一度で攻略するのは非常に不味いやり方であったらしい。

 数ヶ月かけて何度か挑みつつ鉄鉱石を集め、鋳鉄製の武器や防具が揃うまで我慢するのが定石だったとか。

 

「ごめんなさいね。私が急かしてしまったみたいで」

「いえ、気にしないでください。今の不自由な状況を楽しむのも、冒険の醍醐味ですよ」

「トーちゃん、またこれか? ごちそーないのか?」

「すまんな、ムー。我慢して食べてくれ」


 夕食は冷えたパンと干し肉で、昼と全く同じメニューだった。

 体を温めるものは、発熱盤で沸かしたお湯で入れた香草茶しかない。

 トールはほとんど気にしないが、保存食ばかりの食事は、最近、舌が肥えてきた子どもには辛いものであるようだ。


「……そういえば、これの問題もあったな」

「うーん、だいぶ使っちゃったよね。もうあんまり残ってないかも」


 心配そうなソラの視線が、土手に立てかけてあったムーの愛用のソリへ注がれた。

 これというのは、発熱盤や反発盤などの魔石具の話だ。

 非常に便利な存在であるが、その使用には魔石が必須となってくる。


 だがその魔石を落とすのは、亜人系や精霊系のみと決まっていた。

 つまりゴブリン退治ができなくなったトールたちにとって、簡単に手に入る存在ではなくなったのである。

 むろん冒険者局から購入はできるが、その場合は買い取りの三倍が売値となる。

 買えない値段ではないが、元は無料で拾えていたのでどうしてもためらいが出てしまう。


 その点もディアルゴに指摘されたが、魔石はよく使うので金に困ってない限りあまり売り払うものではないらしい。

 小鬼の森時代にできるだけ溜めて、破れ風の荒野までもたせる必要があるのだとか。

 魔石具をながらく所有してなかったトールには考えもつかない習慣だったので、今となってはどうすることもできない話である。

 もっともその点は、ちょっとした伝手がなきにしもあらずだが。

 

「他にも困った点は多いな」

「ええ、お水がいっぱいあるのに、飲めないのも辛い話ですね」

「あの赤い水、へんなニオイがなかったらねー」


 飲料水は革袋でかなりの数を持ちこんでいたが、それでも二日で残りわずかとなっている。

 川の赤っぽい水は煮沸すれば飲めなくはないらしいが、非常に鉄臭い味が舌に延々と残ってしまうそうだ。

 さらに手洗いなどに使っても、独特の匂いがついてしまう有り様である。

 しかも水汲み時に、モンスターの不意打ちに遭う危険性も高い。

 

「あとは、……便所もいそいで作らないとな」

「できれば最優先でお願いしますね」

「ムーはどこでもへいきだぞ!」


 緑の茂みが隠してくれた森とは違い、ここは見渡す限り茶色の丘陵しかない。

 そのため剥き出しの場でいたすのは、一人を除いた女性陣にはやや不評であった。

 ただ吸精草が出したものを分解、吸収してくれるので、掃除の手間がないのが救いである。


「それとムーの新しい靴もいるな。ユーリルさんには杖あたりかな」


 予想以上に地面の条件が悪く、ムーやユーリルの移動に問題が出てきた点も対処が必要だった。

 その言葉にソラが急に何か思いついたのか、先輩魔技使いへ問いかけた。


「あの、ユーリルさんは、魔技使う時に杖いらないんですか?」

「あら? えっと……」

「すみません、その辺りは全く教えてなかったです」


 横からトールが口を挟むと、銀髪の美女の瞳が少しばかり輝きを増した。

 またも元教師の血が騒いだようだ。


「そうね。逆になぜ必要と思ったのかしら?」

「えっと。魔技使いっぽいからですか?」

「あら、正解です。素晴らしいわね、ソラさん」


 まさかの当たりとお褒めの言葉に、少女は照れくさそうに笑みを浮かべる。

 その様子に少しだけ目を細めたユーリルは、大まかな説明をしてくれた。


 元来、杖を携えていたのは、六神の神殿に仕える神官たちである。

 彼らは魂に授かる技能樹に敬して、その枝を示す木の杖を持ち歩く習わしを作り、それが魔技を使う人間に次第に広まっていったと言われる。

 神官杖には神々の色を示す宝玉や宝珠が彩られ、誰に仕えているか一目で分かるよう工夫がなされていたりもする。


「あれ? じゃあ杖なくてもあんまりかわらない?」

「その若木の杖だとな。少しだけ魔力を補充してくれるらしいが、気休め程度って聞いたぞ」

「そうなんだ……。なんか私だけ杖もっててへんだなーとおもってたけど、いらなかったのかー」

「ま、歩く時に楽だし、目標を定める時にも役立つぞ。あれ、そういえばユーリルさんは神官杖お持ちじゃないんですか?」

「…………ありますけど」

「けど?」

「だってあれ変に目立ちますし、それにその……杖ついてたら、お婆ちゃんっぽくないですか?」


 長い耳の先を赤くしたユーリルが上目遣いで尋ねてくる。

 老婆の要素が欠片も残っていないその愛らしい表情に、トールたちは首を横に振りながら笑い声を上げた。


 笑いながらトールは、昨晩のディアルゴの愚痴めいた話を思い出していた。

 小鬼の洞窟を深く考えずに制覇したパーティは、この川で簡単に行き詰まってしまう。

 稼ぎが落ち不便を強いられピリピリとしていく状況の中、単調で張り合いのない狩りが続くのである。

 辞めたり抜けたりが起こるのは、必然の成り行きだ。


 茶角族の青年は口下手で遠慮がちな性格もあって、置いていかれた側だと言っていた。

 ともに力を合わせて小鬼の洞窟を制覇した時は、このパーティしかいないと感じたが、それははかない幻でしたとも。


 トールは顎の下を掻きながら三人の仲間の顔を見回し、皆に出会えた喜びを胸の内で噛みしめた。


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