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ようやくの初戦闘


 下流に進むにつれ川の蛇行は次第に緩やかになり、少しづつ河原の数も減り距離も空いていく。

 先客のテントを横目に、トールたちはひたすら歩き続けた。

 そして誰もいない河原にたどり着いたのは、出張所を出て一時間ほど経ってからであった。

 

「ふー、やっとあいてる場所があったねー。おつかれさま、トールちゃん」

「いや、これからのほうが忙しいぞ。荷物を広げるから手伝ってくれ」

「トーちゃん、石つんできていいか?」

「くれぐれも川には近寄るなよ。あ、ユーリルさんは休んでてください」

「私も……、お手伝いを…………」

「いえ、無理なさらずに。顔色がだいぶ不味い感じになってますよ」


 ただでさえ白い肌が、今にも皮膚の下が見えそうなほど血の気が引いてしまっている。

 魔力関連には強いユーリルであったが、体力に関しては人並み以下であったようだ。


 急いで荷物をおろしたトールは、小さな木製の折りたたみ椅子を取り出した。

 広げて毛皮を敷くと、ユーリルの細い肩を押して強引に座らせる。

 本人も自覚があったのか、すんなりと腰掛けて静かに息を吐いた。

 

「……ごめんなさい、すっかり昔のことで忘れていたわ。私、こんなに体力なかったのね」

「具合が戻らないようでしたら、治しますのでいつでも仰ってください」

「はい、……ではお言葉に甘えて、すこし休ませていただきますね」


 背もたれを利用せず足も崩さないまま、ユーリルは微笑みを浮かべてみせる。

 疲れていても上品な態度を守るその姿に、トールは改めて感心した。


「トールちゃん、これ、ここであってるー?」

「ちょっと、行ってきます。キツい時はすぐに呼んでください」

「ああ、トールさん。天幕は土手には張らないほうが……」

「ここに来るまで全員、河原に張っていたので俺もそうしようかと思ってました。やっぱり、何かあるんですか?」

「あの茶色の草。あれは吸精草です。あまり近づくのはお勧めできません」

「これがそうですか。噂に名高い奴ですが、実物を見るのは初めてでした」


 吸精草とは瘴気によって変性した草で、周囲のあらゆるモノから栄養や生気を吸収しようとする植物である。

 繁殖力の強いこれのせいで土地はあっという間にやせ細り、他の生物も寄り付かなくなる恐ろしい草だ。

 どうやらユーリルの体調不良は、来る途中に何度か土手を通ったせいもあったようだ。


 ユーリルの提言に従ったトールたちは、河原の端にテントを立てることにした。

 まずは木の支柱を組み合わせて、大きな三角形の枠を作る。

 そこへスライムの体液を染み込ませて撥水性を高めた布を掛ける。

 大きめの石を載せて布が動かないよう固定してから、猪の毛皮を屋根にかぶせておく。

 あとはできるだけ角ばった石を取り除いてから、地面にも毛皮を敷けば完成だ。


 前後がすっぽり空いているが、眠るだけならば特に支障はない。

 ちゃんと女性二人用と、トールと子ども用に二つ設置済みである。 


 テントの横には折りたたみ椅子が四脚。

 テーブルはさすがに無理であったが、小型の発熱盤を置いてお湯くらいなら用意できるようになっている。

 この魔石具もダダンからの贈り物だ。

 さっそく体調が戻ったユーリルが、持ってきた水を沸かし香草を煎じた茶を淹れてくれる。


「お茶が入りましたよ、皆さん」

「ありがとうございます、ユーリルさん。うわ、いい匂い」

「おーい、休憩しろ、ムー」

「ちょっとまって、トーちゃん。よし、これでかんぺき!」


 己の腰ほどの高さに器用に石を積み上げたムーは、とてとてとトールに走り寄ってくる。

 そしてなぜかいきなり振り向くと、手に持っていた石を投げつけた。


 衝撃を受けてガラガラと崩れる石山。

 力作を己の手で破壊せしめた子どもは、無表情のままクスクスと笑った。


 トールたちが一息入れ終わる頃には、すでに時刻は午後三時を過ぎていた。

 準備を終えた一行は気持ちを入れ替え、血流しの川での初めての戦闘に挑む。


「じゃあ俺が前に出るので、ソラは隙を見て補助を。ムーはいつものビリビリをしたら見学。ユーリルさんは自由に動いてください」

「まっかせてー、トールちゃん」

「らいらい!」

「えーと、はい、分かりました」


 細かい指示をあらかじめ決めておくところも多いが、トールたちのパーティではソラとムーの役割はほぼ固定なので指定しようがない。

 まだやれることが少ないので、仕方がないことであるが。

 それに前衛もトール一人だけなので、連携や位置取りで悩む必要もない。

 一点集中型なので、後衛には非常にやりやすいパーティであった。


 <雷針>と<電棘>をまとったトールは、水際に近づいてトントンと足踏みした。

 ここに来る途中、他のパーティがやっていたやり方である。


 一分ほど続けただろうか。

 不意に赤黒い水面がゆらぎ、黒い塊が続けざまに飛び出してきた。


 体高はトールの膝に達するほど。

 丸みを帯びた背中には、黒地に赤い斑点が不気味に散りばめられている。

 折り畳まれた長い手足。

 ぎょろりと突き出した眼球に、顔面の半分を占める大きな口。


 川から姿を現したのは、四匹の蛙の群れであった。

 すかさず飛び退いて距離をおいたトールの背後で、朗々たる祈句が響いてくる。


()く、ねむれ――<冷睡>」


 不気味な鳴き声を放ちながら岸へ上がってきた赤毒蛙たちは、いっせいに動きを止めた。

 強制的に寝かしつけられたモンスターの姿を初めて見た少女たちは、驚いた声を発する。


「えっ、今のユーリルさんがやったの?」

「ユーばあちゃん、やるな。ムーも負けてられないぞ! ソラねーちゃんはもう負けちゃってるけど」

「えー、たしかにそうだけど。それは言わない約束でしょ」

「あらあら、騒ぐと起きてしまいますよ」


 通常の<冷睡>の場合、軽い眠気を呼び込むことでモンスターの集中力を乱す程度である。

 氷系魔技ではもっとも初期使用者が多い下枝スキルであり、うたた寝使いなんてひどいあだ名もあったりする。

 

 だがユーリルの<冷睡>の威力は、そんな生易しいものではなかった。

 効果だけなら、以下の通りではある。


<冷睡>――対象一体の体温を下げることで眠りに導く。

レベル9/使用可能回数:一時間十回/発動:小/効果:大/持続時間:十五秒/範囲:十五歩内


 しかしこれに<対象分散>と<魔力注入>がつけば恐ろしい効果を発揮することを、たびたび助けてもらったトールは身をもって知っていた。

 

<対象分散>――魔技の対象を、複数に分散させる。

発動:能動/効果:減少/範囲:最大二十体


<魔力注入>――魔力をより消耗することで、魔技の効果を高める。

発動:能動/効果:最大六倍/範囲:自身


 対象を分散させれば、魔技によってはその効果がかなり減少してしまう。

 それを数倍に高めることのできる特性で補う。

 さらに<魔力増大>の上位特性である<魔力過大>もあるので、簡単に魔力切れにもならないと。


 完璧に育成された氷精樹の強さを実感しながら、トールは鉄剣の切れ味を最大限に引き上げた。


 赤毒蛙は名前の通り体表に毒を持ち、うっかり触れれば痺れてしまう。

 さらに粘膜に覆われたその体は刃を通しにくいうえ、素早く回避性能にも優れている。

 指先には出し入れ自由な爪状の骨を隠し持ち、顎の一噛みは簡単に末端部分なら食い千切ってしまうほど強い。


 だがそれも、動いていればの話だ。


 スタスタと歩み寄ったトールは、淡々と三匹の首を斬り落とした。

 そして四匹目をあえて蹴飛ばし、ソラに合図する。


「ほら、練習しておけ、ソラ」 

「う、うん!」


 強引に機会を与えてもらった少女は、杖を掲げてトールに飛びかかろうとしたモンスターを慌てて<反転>する。

 しかし焦りが混じったその攻撃は、空中で赤毒蛙の体を大きくひねる結果となった。

 不気味な声を上げながら、モンスターはその体液を周囲に撒き散らす。


 とっさにトールは、下がりながら青い縞のマントを掲げて飛んできた毒を受け止める。

 そして一歩退いた体は、瞬時に前に出て刃を振り下ろす。


 断末魔の叫びを上げることなく、胴を両断されたモンスターは地面に転がった。


「ごめんなさい、トールちゃん」

「戦闘が終わるまでは気を抜くなよ。それとあまり他人を当てにし過ぎるな」

「……うん。気をつけるよ」


 こうしてトールたちの血流しの川の初戦はあっさりと終わった。

 幸先の良いスタートであったが、大変だったのはこれからであった。



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【コミカライズついに145万部!!】
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