仕上げの特訓
翌日からトールたちの攻略場所は、洞窟の二層が中心となった。
東通路のモンスターの群れを突破して、残りは放置したまま先に二層へ直行。
そこから一時間以上かけて、二層の群れを殲滅する。
とくにホブゴブリンシャーマンがいる群れとは、念入りに戦闘を繰り返した。
そして帰り道の一層で、残しておいた群れを三十分ほどで駆逐。
残りの二十分、鉱夫たちと交代してゆっくり休憩し次に備える。
これを五日間、ひたすら繰り返した。
五日かけて分かったことは、まず二層の構造。
鉱夫連中のまとめ役である鉱夫長に肩に引っ掛ける画板を貸してもらい、トールたちは二層の地図を作成していた。
これは主に<空間知覚>を持つソラが担当したので、端っこにムーの落書きがちょいちょい残ってるが、かなり正確なものが出来上がっている。
二層は北と南、南東の三方向に大きく枝分かれしており、南東を除く二本はさらに分岐していたが全て行き止まりであった。
南東だけは一本道であり、なだらかに地の底へ向かっていた。
モンスターの群れの数も把握済みである。
必ず四匹組で四つから五つ、十六匹から二十匹だが、五つ目だけ後衛がホブゴブリンシャーマンが二匹編成になる。
他はすべて前衛がファイター二匹、後衛がシューター一匹、シャーマン一匹だった。
そのシャーマンが使う<腐弾>だが、体に直撃すれば皮膚や肉がどろどろに変色して溶け落ちてしまう。
骨だけ無事なのは、腐りにくいからであろう。
防具だと革や木製だと変色して腐敗し、鉄だとあっという間に錆に覆われる。
ただし効果の持続は二分と、長いようで短い。
かなり大変な行程であったが、そのおかげで十日目にして、一層の鉱石採掘は二層につながる東通路の奥を残して完了となった。
そしてトールたちの小鬼の洞窟の攻略期限が、残り五日となった十一日目。
「本当に大丈夫なのか……? いや、もちろん、あんたらのことを信用して協力する気になったんだが……」
「ああ、そっちに迷惑をかける気はない。きちんと食い止めてみせるから安心してくれ」
「うーむ。よし、許可しよう。こんなに早く二層まで行けるってんなら、こちらとしても大助かりだしな」
トールが持ち出してきた提案に、鉱夫長は重々しく頷いた。
「じゃあ三十分ほど待ってから、入ってくれ」
「ああ、一層の通路奥まででいいんだな?」
「そこで十分、反応するはずだ。シサン、すまないが万が一の時は頼む」
「はい、任せてください!」
頬を紅潮させた冒険者四人組のリーダーは、自分の盾を叩いてみせた。
その肩に軽くふれたトールは、洞窟の中へ足を踏み入れる。
続いて緊張した面持ちのソラと、可愛くあくびをしながらムーも姿を消す。
三人を見送った赤毛の少年が、ボソリと呟いた。
「だいじょうかな? おっちゃんたち」
「へ、心配してんのか? リッカル」
「だってよー。さすがにムチャじゃね」
「そうか? なんかあの人なら、へーきでサクッとやっちゃいそうだと思うけどな」
顔も上げず矢羽根の手入れを続けるヒンクの言葉に、リッカルは目を丸くした。
「なんか、かわったよな。お前」
「そりゃ、おたがいさまだっての。俺が俺がっていってたやつが、だれかに気つかうとかありえないだろ」
「あー、うん、いわれてみりゃそーだな」
「そうそう。ま、そっちのほうが俺は好きだけどな」
ちょっとだけ嬉しそうに鼻を鳴らしたリッカルは、無言に戻った弓士の少年の横に座り込むと小さな砥石を取り出して剣を研ぎ始めた。
そんな二人の様子に、仲間であるシサンとアレシアは目を見合わせてから小さく笑い声を上げた。
トールたちが戻らないまま三十分が過ぎさり、準備を整えた四人組は洞窟前に集う。
「行くぞ」
「おう、やる気まんたんだぜ! なんでもこいっての」
「出番はないと思うけどな」
「もう、無駄口やめて。気が抜けるじゃない」
松明を手にしたシサンを先頭に、慎重に足を踏み入れた四人は素早く周囲の様子を探る。
何の気配もないことを確認したシサンが松明を振ると、ぞろぞろと鉱夫たちも中に入ってくる。
冒険者たちを先頭に、大勢の人間たちは通路の奥へと進み始めた。
同時刻、一層のホブゴブリンどもを全て片付けたトールたちは、二層へ下りた先で待ち構えていた。
「そろそろだな。ムー、ちょっと見てくれるか?」
「トーちゃん、見ろ! こんなにたかくつめたぞ!」
「お、すごいな。ところでトーちゃん、ちょっとモンスターの位置を知りたいんだが」
「あとじゃダメか? いま、さいこうにもり上がってるとこだぞ」
「できれば今、頼む」
「そっかー、しかたないなー。トーちゃんのおねがいだしな」
紫の小さな光を放った子どもは、その結果に目を丸くしてトールに飛びつく。
「たいへんだ、トーちゃん。いっぱいいるぞ!」
「よし、上手くいったか。じゃあ、ちょっとひと頑張りしてくるか、ソラ」
「まっかせてー。トールちゃんの背中は、ばっちりまもってみせるよ」
「ああ、頼りにしてるぞ」
これがトールの立てた作戦であった。
二層に点在するモンスターの群れを通路を回って倒していたら、どうしても再発生の時間ぎりぎりになってしまう。
そこで一箇所に引き寄せればという考えだ。
やり方は簡単で、ダンジョン内部に大量の人間が一度に侵入するだけである。
あとは反応する一層と二層の境目近くまで来てもらえば、気配を感じ取った二層のモンスターどもが自然に集まってくるというわけだ。
むろんダンジョン内で鉱夫が作業中に戦闘行為を仕掛けることは、基本的に禁止されてはいる。
だが鉱夫長が安心して任せられると考えた場合は、例外もあり得る。
今回は採掘中でないのと距離的にすぐに逃げられる点、それと足止めできる護衛付きであることが後押しにつながったようだ。
何より、今までのトールたちの実績と信用が大きいと言えるが。
それでもこの作戦は、青銅級に上がりたての人間とは思えない大胆で、かつ常識外れなものであった。
「ムー、まずはどっちからだ?」
「えーと、フォークもつ方!」
もともといる場所はそれぞれ距離が違うため、ホブゴブリンの群れは時間差を置いて押し寄せてくる。
北通路へ進みながら、珍しく戦いの前にトールは唇の端を持ち上げた。
少しずつ高まる胸の鼓動が、沸き立つ血を全身にくまなく送り込む。
この感覚こそが、トールの求めていた冒険であった。
ゆっくりと息を整えたトールは、いつも通り剣をぶら下げながら戦いに身を投じた。
二十分後。
通路の下り坂の先で、ゆらゆらと振られる魔石灯の光をリッカルが見つける。
ついで三人が無事にこちらへ向かってくる姿に、待機していた全員が安堵の息を吐く。
「あ、おわったっぽい。ちぇっ、なんもなしか」
「な、いったとおりだろ。あの人、ただもんじゃないからな」
「本当に一時間切ったのか。しかも三人でだと……。この仕事は長いが、こんなのは初めてだぞ」
緑の返り血一つ浴びた様子もないトールの姿に、鉱夫長はおののきながらかすれ声を漏らした。
が、これがその後、五日続き、最終日を迎えるころには鉱夫長の感覚は完全に麻痺してしまうこととなるのであった。




