挑戦者
そんなわけで、トールたち三人での小鬼の洞窟攻略が決まったわけである。
だが話はそこで終わらない。
踵を返そうとしたトールの背に、わざとらしい声が飛んできた。
「へー、あなたがこの街の隠れた英雄さんってわけね。会いたいって思ってたから、ちょうどよかったわ」
声の主は、窓口で騒いでいた赤毛の女だった。
振り向いたトールは改めて、その容姿を確認する。
年は十五歳以上、二十五歳未満。
人目を引く整った顔立ちではあるが、自分が美人であると自覚してそうな雰囲気がありありと出ている。
白いゆったりとしたブラウスに、革製のピッタリとしたショートパンツと汚れ一つない長革靴。
腰に下げている剣は、かなり細身のようだ。
手首の筋肉の付き方からして、それなりの使い手のようである。
金もあり腕もそこそこ、そして自己主張の強そうな女。
しかも見た目からして冒険者のようだが、その首にはプレートが下がっていない。
トラブルにしかならないと判断したトールは、一言で会話を打ち切る。
「さっきの話ならウソだ。すまんな」
「えっ、そうなの?」
「お嬢様、それもたぶんウソですよ」
「えっ、ホント? どっちなのよ!」
こっそり耳打ちしたのは、後ろに控えていた茶角族の男だった。
背はやや低いが、肩幅は広く黒い鎧の隙間から覗く腕や首はあきれるほど太い。
顔付きはどこか童顔を残しているが、額の角の太さから見て二十歳前後であろう。
赤毛の女は男のアドバイスに、顔をしかめながらトールをにらみつけた。
美人なのでそんな顔も、それなりに様になっている。
「まあ、いいわ。名声を得る機会をわざわざ投げ捨てるような男が、どんな面をしてるか見てみたかっただけだから」
「じゃあ、用事は済んだな」
「まだよ。聞いてたけどあなた、ダンジョンへ挑むそうね。なら、私たちと勝負しなさい。どちらが先に、迷宮の主を倒すか――」
「それは無理ですよ、お嬢様。どうも小さなダンジョンらしいので、おそらく交代制ですよ」
「あら、そう……。えーと、じゃあ先手を譲ってあげるわ」
「ありがとう、恩に着るよ。もう行っていいか?」
「待ってください、お嬢様。それだと第三者が勝利する可能性があります。それにそもそも、まだ冒険者登録を済ませていない我々には挑戦権がありません」
障気が渦巻く地下迷宮は多人数で突入すると、その気配で多くのモンスターを集めてしまう。
なのでパーティの数を限定して挑むのが鉄則である。
そして小鬼の洞窟のような小規模ダンジョンの場合は、基本的に一パーティずつで日数を決めて制覇を目指すのが慣例だ。
「困ったわね。どうにかしなさい、ゴダン」
「ええ、でしたらもっとゴネてみて、もとい交渉してみてはいかがでしょうか?」
「それはいい考えね。ではまた会いましょう、地味な英雄さん」
優雅に一礼した赤毛の女は、またもカウンターへ向かう。
顔をひきつらせる受付嬢のエンナに同情の視線を送ったトールは、ユーリルの腰掛ける長椅子へ足を運びその隣に座った。
物静かな美女の柔らかそうな膝枕を貸してもらったムーは、だらしなく口元からよだれを垂れ流して寝入っている。
そこへちょうどタイミングよく、ソラもカウンターから戻ってきた。
「はい、大家さん。じゃなくて、ユーリルさん。冒険者札、受けとってきたよー」
「あら、ありがとうございます」
「黒枠って、なんだか大人っぽくていいですね」
手渡された黒く縁取りされたプレートを、ユーリルはしげしげと見つめ直す。
その灰色の瞳には、余人にはうかがい知れぬ複雑な色が浮かんでいた。
少し間を置いて、トールは謝罪の言葉を口にした。
「すみません、ユーリルさん。こんなことになってしまって」
「いえ、気になさらないでください。トールさんのせいではありませんよ」
子どもの頬を優しく撫でながら、ユーリルは銀髪をサラッと揺らして微笑む。
その姿に小さく頷いたトールは、実直に気持ちを伝えた。
「すぐに小鬼の洞窟を制覇して追いつきますから、あと少しだけ待っていてください」
「はい、こう見えて気は長いので、ゆっくり楽しみにお待ちしておりますよ」
翌日、トールたち三人は小鬼の洞窟へ向かった。
それに少し遅れて十人の鉱夫がついてくる。
ダンジョンの特徴の一つとして、迷宮の壁から様々な鉱物が採れるというものがある。
これは地下深くからダンジョンが形成される際に、地下資源が一緒に押し出されて、地上付近まで上がってくるせいだと言われている。
だが偶然だとしても、その産出量はかなり多い。
そのため昨今の研究では、ダンジョンへ人を招き入れるための餌のような役割があるのではとの説もある。
洞窟内で作業する鉱夫たちは、モンスターと出会っても抗うすべがない。
そこであらかじめ冒険者が潜入し、採掘予定エリア周辺のモンスターを退治しておく必要が出てくる。
しかしダンジョン内は絶えず湧き出す瘴気によって、モンスターが短時間で何度も産み落とされてしまう。
この小鬼の洞窟だと、約二時間で再びホブゴブリンどもの徘徊が始まる。
それまでに鉱夫たちは作業をいったん終えて、外に出てくる手筈となっていた。
鉱夫たちが中に入っている間、トールたちは手持ち無沙汰となる。
そのまま二層の攻略に取り掛かりたいところではあるが、予期せぬ事態で敗走することもあり得る。
そうなると鉱夫たちが巻き込まれる危険性が出てくるため、採掘中のダンジョン内での戦闘は禁止されていた。
休憩中のトールたちの前で、鉱夫たちが忙しなく洞窟から何度も出たり入ったりしていく。
すでに洞窟の脇には、運び出された鉄鉱石や銅鉱石が山を作りつつあった。
そしてなぜか鉱夫に混じって、ムーも小さな石の山を作って遊んでいた。
ソラたちの魔力が戻ったのを確認して、トールは腰を上げる。
まだ一時間は、採掘作業が続くはずだ。
だが洞窟に入らなくても、やれることは結構ある。
「よし、周りのモンスターどもを掃除しにいくか」
「はーい、ムーちゃんいくよ」
「む、でばんか? トーちゃん」
「ああ、根こそぎ狩るぞ。あとできれば猪も見つけ出してくれ」
「わかった、イノシーだな! ムーにぜんぶまかせろ」
この日の成果は、ホブゴブリンの討伐が四十五匹。
ゴブリンは二十二匹に、鎧猪が一頭だった。
鎧猪は鉄の剣に慣れたトールと、効果的に<反転>でひねりを入れられるようになったソラの活躍であっさりと終わった。
これで無事、ムーも青銅級に昇格である。
猪の肉のほうは切り分けて、鉱夫たちに頼んで運んでもらうことにした。
鉱石は一晩放っておいても平気であるが、猪はゴブリンに見つかると食べ尽くされてしまうからだ。
モンスターは死肉の区別はしない。
「初日は順調だったな。よし残り十四日だ。気を引き締めていくぞ」
「はーい、がんばるよ」
「ムーもそこそこがんばるぞ! トーちゃん」




