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閑話 すれ違いなデート


 冒険中は何が起こるか分からないので、必要以上にくっつくのは我慢しなければいけない。

 休憩の間くらいは許されるかなと思ってみたが、暑いから離れろと冷たく言われる。

 夕食を食べ終わると、トールはさっさと自分の部屋に引き上げてしまう。

 つまり、二人きりでゆっくりお喋りしたり、見つめ合ったりする時間がほとんどないのだ。


 そこへさらに、すみれ色の瞳の女の子が飛び込んできて、余計に独占できる時間が減ってしまった。


 そのお誘いはムーにあっという間にトールのベッドまで占拠されてしまった事態に、さすがのソラも少しばかりやきもきしていた矢先のことだった。

 その日は冒険がお休みで、ユーリルは用事があると言って朝から留守にしていた。

 お昼ごはんを任されたソラが献立を考えていると、軽くあくびをしつつトールが台所に顔を出す。

 休みの日のトールは少し気を抜いているせいか、隙が多くて普段とのギャップが可愛いのだ。


「今、時間空いてるか? ソラ」

「うん、あいてるよ。がらがらだよー」

「ちょっと一緒に出かけないか。ムーはどうした?」

「お弁当もって遊びにいっちゃったよ」

「そうか。ついでだし昼は外で済ませるか?」

「すぐ着替えてくるね!」


 いきなり転がり込んできた二人きりでの外出に、ソラは弾むように自室へ急ぐ。

 

「くふふ、トールちゃんとお出かけだー」


 部屋着を器用に脱ぎ捨てながら、少女は衣装棚に駆け寄った。

 先日、ユーリルが仕立て直してくれた上品な薄灰色のワンピースを取り出す。

 それとつば広の帽子。

 赤いリボンがくるっと巻き付けてあって、店先でつい一目惚れしてしまった品だ。


 髪を手ぐしで整えて帽子をかぶり、手鏡を見ながらにっこり笑う。

 玄関へ行くとトールがほんのちょっとだけ、眉を持ち上げてくれた。


「おまたせー、トールちゃん」

「じゃあ、行くか」


 下宿先は外街のほぼ南端にあるので、まずは南大通りまで出てから中央広場を目指す。

 

「それで今日はどこいくの?」

「ま、色々だ。ここの通りは飯屋が多い。ぼったくる酒場もあるから、客引きには気をつけろよ」


 馬車が三台ほど並んで通れそうな道の左右には、酒盃や食器を描いた看板がずらりと並んでいる。

 まだ昼には早いとはいえそれなりに人通りも多く、昼食のメニューを売り込む声もかしましい。


「あとは銭湯や宿屋もこの通りに多いな」

「お風呂が帰り道にあるから、べんりだよねー」

「別に毎日、入る必要はないんだぞ……」


 喋ってるうちにあっという間に、中央広場についた。

 門を入ってすぐに広がるこの場所は、綺麗に整えられた石畳で舗装されている。

 端から端までゆうに二百歩以上あり、大勢の人たちがあちこちの道や路地から現れては、また同じように消えていく。


 その人波を押し止める岩礁のように、色とりどりな屋台の屋根が広場中に点在していた。

 日用品や食べ物を売る屋台からの売り込みの声が、雑踏のざわめきに加わって余計にごった返している。

 胃袋を掴んでくるような美味しそうな匂いが漂ってきて、ソラは思わずお腹を押さえた。

 

「東の外門から、まっすぐ広場を突っ切って正面が冒険者局だ。その横が買い取り所で、局の裏に見える塀が訓練場だな。ま、何度か来てるからわかってると思うが、一応な」

「買い取り所のとなりの建物、すごいにぎわってるねー」

「あれは競り市場だな。買い取り所で加工した素材を売りさばく場所だ」

「へー、だからピッタリくっついてるんだね」


 トールの腕が持ち上がり、冒険者局の横を西へ抜ける太い道を指差す。


「ここからじゃ見えんが、あの道の先にあるのが内門で、そこを抜けたら内街だ」

「ほー、今日はいかないの?」

「行ってもいいが、面倒なんでな」


 トールの話によると内街に行こうとすれば、内門で武器を預けたり用件を聞かれたりと手続きがいろいろとあるらしい。


「ま、場所だけ分かっていればいい。屋台をちょっと見て回るか?」

「はーい。あ、はぐれるとこまるから腕くんでいいかな?」

「好きにしろ」

  

 ギュッとしがみついてみたが、意外と歩きにくい。

 通行人とぶつかりそうになって慌てるソラを、軽く腕を引いてトールがさり気なく助けてくれる。

 少女はトールがいつの間にか歩幅を合わせてくれていることに気づき、だらしなく頬を緩めた。


 三十分ほど色々な出店をゆっくり覗いて回る。

 季節ごとに屋台の売り物や店主が変わるせいで、トールも新鮮であったようだ。

 楽しく歩いていた二人に、不意に声がかかる。

 

「こんにちは、トールさん」

「あの、こんにちは」


 トールの横顔に見惚れていたソラは、いきなりの挨拶に驚いて顔を向けた。

 そこにいたのは、知り合いの冒険者であるシサンとアレシアであった。

 ちょうど雑貨を売っている屋台の品を眺めていたようだ。

 

「ああ、調子はもういいのか?」

「はい、もうすっかり大丈夫です!」


 トールに尋ねられたシサンが、頬を赤く染めて嬉しそうに答える。

 

「今日はどこかへお出かけですか? あ、俺たちは冒険用の道具の買い出し中なんです」

「そうなのか。ならもう少し北側の並びのほうが質がいいぞ」

「え、どの辺りですか?」

「ここからじゃ、ちょっとわかりにくいか」


 同行しかける流れになりかけた瞬間、斜め後ろに控えていた蒼麟族の少女が急に声を張り上げる。


「あ、あの! 屋根の色とか教えてくだされば……」

「そうか。あの茶色と赤が混じってるらへんだな」

「ありがとうございます! ほら、いこ」

「おい、引っ張るなよ。トールさん、それではまたです」

「おう、またな」

「またねー」


 少年を強引に連れていくアレシアは人混みに紛れる寸前、ソラに向けてこっそり手を振ってみせた。

 そこでようやく彼女の意図を察したソラは、もう一度トールの腕に強くしがみつく。


「わたしたちもいこっか、トールちゃん」


 屋台巡りを終えた二人は、広場を抜けて北の大通りへ足を踏み入れた。

 

「こっちは武器や防具が主な売り物だな。工房がそのまま店になっているのも多い」


 道幅は南と同じであるが、こちらは少し人の往来が少なくかなり歩きやすい。

 ただ何かを叩く音が響いてきたり、謎の煙が上がっている店も多く、騒がしさでは似たり寄ったりである。


「まあ、それ以外に金物や普通の衣類を扱う店も多いから、たいていの物は揃うぞ」

「へー、べんりだね」

「ついでだから、少し服でも見ていくか?」

「え、いいの?」


 目を輝かせたソラは、先日訪れた布地屋を目指す。

 そういえばユーリルに教えてもらったが、店の名前は白薔薇というらしい。


「こんにちはー」

「いらっしゃいませ。あ、ソラさん、それすごくお似合いですよ」

「えへへ、そうですか?」

「あとはこの布で上着をお作りしたら、完璧な組み合わせですね」


 田舎育ちの少女は、店員に言われるがまま頷いてしまう。

 ユーリルの紹介した店なので、がめつい商売はやってこないだろうと判断したトールは、少し離れた場所で一息ついた。

 ここは女性の戦場であって、トールの得意な戦域ではない。


「あら、トールさん」

「お、久しぶりだな」


 意外な場所で声をかけてきたのは、顔馴染みの受付嬢エンナであった。

 本日は休みなのかいつもの緑の制服ではなく、白の上衣に裾が長めな黒いズボンとシンプルな装いである。

 口を開いて会話を続けようとしたエンナであるが、奥にいたソラに気づいたのか素早く営業用のスマイルに切り替わる。


「すみません、用事を思い出したのでお先に失礼しますね」


 意味深に片目を閉じて去っていく受付嬢の後ろ姿に、トールはやれやれとため息をついた。

 その後、一時間近く相談したソラが新しい服の注文を終え、二人はようやく店をあとにする。


「おまたせー、トールちゃん。次はどこいくの?」

「ああ、路地奥の店だな。顔出せって、せっつかれている」


 店の戸に手をかけた瞬間、待ち構えていたかのように扉が開いた。

 出てきた人物と、入ろうとしていたトールは互いに触れることなく鮮やかにすり抜けあう。


「ふ、やはり貴様と我は、そうやすやすと別れ得ぬ運命さだめということか――天よ」

「こんにちは、トールさん。おや、可愛らしいお嬢様をお連れですね。お名前をお聞きしても?」


 店から現れた二人組が放つ圧倒的な存在感に、ソラは瞳を丸くした。

 だが美形すぎる赤毛の二人を相手に、トールはぞんざいな口ぶりで応対する。


「今、忙しいからさっさと帰れ」

「嘆かわしいぞ、強敵ともよ! 再び相まみえた今こそ、盃を交わす時ではないか」

「お前と飯を食うと落ち着かんから断る」

「はじめまして、私はニネッサと言います。トールさんとは長いおつきあいで」

「えっ、そうなんですか?」

「あら、気になるの? 詳しい話聞きたい? それじゃ内密にお喋りできる場所行きましょうか」

「おい、俺の身内に手を出すな」


 叱られた時のムーそっくりに頬をふくらませた二人に、トールは呆れた視線を向ける。


「お前ら滅多にない休みなんだろ。俺たちにかまってる場合か」

「ふ、時の刻みの訪れからは、誰も逃れえぬということか」

「はいはい、お邪魔でしたね。また会いましょう、お嬢さん」


 嵐のように去っていった二人を見送ったソラは、まだ瞳を丸くしままトールに話しかける。


「ね、トールちゃん。今の人たちプレートが金色だったよ」

「気にするな、忘れとけ。ふう、今日は知り合いとよくすれ違うな」

「お、来たか。ったく、待ちくたびれたぞ」


 疲れ切った声で呟くトールに、エプロン姿の男性がずかずかと歩み寄ってくる。

 この防具屋の主であるラモウだ。 


「嬢ちゃん、元気にしてたか? ……あれ?」

「ムーなら連れてきてないぞ」

「い、いや。別に坊主に用事があったわけじゃねーぞ」

「手にもってるそれはなんだよ、おやっさん?」


 トールに指摘された店主は、握っていた紐のついた巾着らしきものを慌てて背中に隠した。

 だがごまかしきれないと観念したのか、トールに投げつけるように手渡してくる。 


「ちょっと革が余ったからな。それだけだぞ!」

「あー、かわいいお財布だー。ムーちゃん、きっと喜びますよ」

「お、そうか? ここのところは我ながら良い出来だぜ」


 先ほどの言葉とは裏腹の態度をみせるラモウに、トールとソラは顔を見合わせて小さく笑った。

 しかも巾着財布の中には、ピカピカに磨いてある銅貨が数枚入っていた。

 二人へ渋い顔をみせた店主は腰に手を当てて首を振ると、気持ちを切り替えたのかソラへ顎をしゃくる。


「よし、ちゃっちゃと済ませるか。ほら、嬢ちゃんこっち来な」

「え、わたし?」

「トールに聞いてないのか? 採寸だよ」

「えっ?」

「猪の皮が結構、手に入ったし、ムーとお前の分も頼んでおこうと思ってな。それに今の装備は――」

「あ、そうだね。すっかり、忘れてたよー」


 現在、ソラが使っている亜麻布のローブと白硬銅の胸当ては借り物であり、ユーリルが現役復帰するなら返さねばならない。

 こちらも三十分ほどで寸法取りが終わり、一週間ほどで仕上がる手筈となった。


 礼を述べた二人が防具屋を後にして通りに戻ると、ちょうど正午の時鐘が鳴り響いてくる。

 大きく伸びをしたトールは、振り向いてソラに問いかけた。


「どうだ、だいたいわかったか?」

「え、なにが?」

「なにって、この街の造りだよ。これで次になにかあった時は、すぐに避難できるだろ」


 二人っきりでゆっくり街を見て回っていたつもりであったが、実は避難経路の案内であったらしい。

 トールの思惑が自分とは違っていた事実に、ソラは少しだけむくれる。

 そんな乙女の態度を気にする素振りもなく、トールは言葉を続けた。


「よし、飯でも食いに行くか。お前に紹介してくれって頼まれた店だぞ」

「うん、いくいく! うー、すっごく楽しみ」


 あっさりと気持ちを切り替えた少女は、嬉しそうに愛しい腕にしがみついた。



「ねー、トールちゃん。ぜんぜん覚えられなかったし、また案内してくれる?」



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【コミカライズついに145万部!!】
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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の一言、めちゃ可愛い((o(。・ω・。)o))
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