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とある冒険者の森の出会い

四巻のムーが可愛すぎたので、ムーが遊んでいるだけの小話を書いてみました。

時系列的には、五章の湖の赤い竜を退治した辺りとなります。



 小鬼の森を分け入ってすぐ。

 今日も緑色の冒険者札を下げた若者が一人、明日の糧のために剣を振るっていた。


「ハァハァ、うわっ!」


 必死で持ち上げた盾が、向かってきたモンスターのくちばしをギリギリで弾く。

 今のはわずかでも遅れていれば、確実に喉笛を貫かれていただろう。

 気を抜く間もなく、凶悪な鳴き声を放った鳥は宙を旋回し再び向かってきた。


「く、来るなー!」


 体を懸命に仰け反らせ、後ろに下がろうとする若者。

 が、間が悪いことに、足元の木の根にけつまずいてしまう。

 無様に足がもつれ綺麗な尻もちをついたところへ、容赦なくモンスターが襲いかかり――。


「ヒィィッ!」


 恐怖のあまり木剣を振り回す若者。

 それが偶然にも、モンスターの頭部をしたたかに打ち据えた。

 鋭いくちばしを有する鳥は、鈍い音とともにあっさり地面へ落下した。


 唖然としたままその様を見つめた若者だが、状況をようやく理解したのか盾を投げ捨てて慌てて立ち上がる。

 そして木剣を大上段に振りかぶると、横たわるモンスターへがむしゃらに叩きつけた。


「うわわぁ! うわっ! わぁぁあああ!」


 何度も何度も木剣を振り下ろす若者。

 鳥の全身がグチャグチャになり、完全に動かなくなるまでその腕が止まることはなかった。


「フゥフゥ……、ハァハァ……」


 命からがらで助かった若者は、地面に両手両膝をつけ荒く息を吐いた。

 その顔は汗だくで、飛び散った鳥の血と羽にまみれている。


「……か、勝てたのか。や、やったぞ……!」


 小鬼の森で下から二番目の強さといわれる尖りくちばしに辛勝した、この若者の名はトバリ。

 片田舎から出てきたばかりの央国人の青年だ。


「こ、これでまた一歩、フゥハァ、英雄に近づけたかな……」


 央国人の多くは、六大神の加護を受けることは出来ない。

 なので冒険者としての適性は著しく乏しいのだが、それでもあえてトバリがこのダダンの境界街で危険な職業を目指したのは訳があった。


 噂によると、その男も六柱の神の加護を授かっておらず、時の神という名も知れない御柱の技能樹しかなかったそうだ。

 しかも何十年も枝が一本しか生えておらず、ただひたすらにその一本を鍛え抜いたという話だ。


 だが男はそんな不遇な境遇から、無名のスキル一つと剣の腕だけで昇り詰めてみせた。

 陥落し蹂躙され尽くしたボッサリアの境界街を取り戻し、湖に巣食っていた巨大な赤竜をやすやすと討伐してのけたのだ。


 数々の偉業を成し遂げ、今や英雄と称される男の名はトール。

 そして央国人の若者たちにとって、希望の星ともいえる存在である。


「いつか僕も……きっとあの人みたいに………・、ねえ、なんで背中に乗ってるの?」

「うん? のってほしいんじゃないの」


 四つん這いのまま感慨にふけっていたトバリだが、緊張感のなさに耐えきれなかったようだ。

 いつの間にか背中にまたがっていた子どもに、呆れた口調で問いかける。

 そして返ってきた答えに深々と息を吐いた。

 緊迫した状況から生還した喜びや、もぎ取った勝利の余韻などもろもろ台無しである。


「いや、今すごく感動するところだったからね。ギリギリの勝負に打ち勝った僕が、英雄への梯子を一つ上ったとも言える瞬間だっ――、て、何食べてるのぉ!?」


 目の前の尖りくちばしの死骸に顔を突っ込んで、ムシャムシャと勝手に食べだした二匹の猫に青年は驚きの悲鳴を上げた。


「クロ、シマ、ごはんもらったのか。よかったなー」

「いや、あげてないよ! たしかに食べやすくなってるけどさぁ!」


 木剣で見事にミンチ状に砕かれたせいか、猫にとってちょうどいいサイズの鳥肉になってしまったようだ。

 倒したばかりの獲物が平らげられていく様に、トバリは四つん這いのままがっくりと肩を落とした。


 その背中の上でころんと前回りをした子どもは、器用に地面へ着地する。

 そしてポンッと青年の肩を気安く叩いてみせた。


「ありがとなー、兄ちゃん。クロ、シマおれいいったかー?」

「ニャオ!」

「ニャーオ!」

「ふう、もういいよ。くちばしだけ残しといてくれれば……」


 立ち上がって膝の土埃を払いながら、トバリは改めて二匹の猫を引き連れた目の前の子どもを見つめた。

 年の頃は五歳から十歳以内だろうか。

 くるりと先端が弧を描く蜂蜜色の巻毛に、すみれ色の愛らしい大きな瞳。

 動きやすそうな赤色の服には、小さな革の鞄(ポシェット)と水筒と虫かごが斜めがけにされている。

 そしてなぜかその手には、大きな虫捕り網が握られていた。


 どうみても昆虫採集に来たちびっ子である。


「……ハァ、本当に驚いたよ」


 トバリがこの奇妙な子どもに遭遇したのは、今から十分ほど前の出来事であった。

 へっぴり腰で危険な森の中を進んでいると、いきなり藪の中から転げ出てきたのだ。

 おかげで仰天しすぎて、思いっきり尻を打ってしまったが。

 

 で、最初は道を間違えて、こんなところまで迷い込んだのかと思ったのだ。

 が、よくよく考えると門衛がしっかり見張っているため、外門は子どもどころか一般人でさえ簡単に通り抜けることは叶わない。

 そう、あの門をくぐるには冒険者の証が必要なのだ。


「なんか、ぶら下がってるもんなぁ……」


 地面に座り込んだまま慌てて声をかけようとしたトバリだが、小さな子どもの首元で揺れる代物に大きく目を見開く。

 かぶと虫がしがみついていたため縁の色がはっきりしないが、それは明らかに冒険者札であった。


「え、なんで子どもが冒険者?」

「なー、兄ちゃん、なにしてんだ?」

「え、えっと、その今日は尖りくちばしを狩ろうかと……」


 しどろもどろに答えたトバリに、子どもは少し考え込んでから人懐っこい笑みを浮かべてみせた。


「じゃあ、ムーがついていってやるぞ!」


 で、現状の有り様である。

 トバリはもう一度確認すべく、ムーと名乗った子どもの胸元をじっと見つめた。

 

「うん、間違いなく冒険者札だね」

「なんだ? くろすけ、きにいったのかー?」

「なんでそのかぶと虫が逃げ出さないのかは、すごく気になるけどね」


 この二匹の猫と謎のかぶと虫をお供にしたムーが言うには、この小鬼の森はかぶと虫の宝庫らしい。

 正しくはリッカルという人物の話らしいが、子どもの説明では赤毛でアホっぽいとしか分からなかったのでスルーしよう。

 で、意気揚々と新たなかぶと虫を捕獲しようやってきたところ、トバリにばったり出くわしたというわけだ。


「いや、冒険しに来たんじゃないの! 虫を捕まえに来ただけ?」

「わかってないなー。かぶと虫だぞ。くろくてすごいんだぞー」

「たいていの虫は黒いよ! って、お父さんかお母さんは止めなかったの?」

「トーちゃんか? トーちゃんにはちゃんとおでかけするっていってきたぞ」


 どこに出かけるとまでは言ってない。


「そ、そうなの。じゃあいいのか。……いいのか?」


 そもそも目的もおかしすぎるが、子どもの冒険者という前提自体がもっとおかしいのでどうでもよくなってしまう。


「それに確か英雄トールの仲間にも可愛い女の子が二人居るって話だしな。それで、どうしてムーは僕についてくるんだっけ?」

「くちばしツキツキはかぶと虫食べちゃうからなー。いっぱいやっつけないとなー」

「ああ、そうだったね」


 尖りくちばしは木を突いて中に潜む虫を食べてしまう。

 かぶと虫にとって天敵と呼べるモンスターである。


「いや、僕も食べられかけたけどね」

「かぶと虫のへいわはムーがまもる! 兄ちゃんいくよー! ぐずぐずするにはじんせいはみじかいってニニラスがいってたぞ」

「誰だよ!? はいはい、分かったよ」


 不思議なことにこの子どもは、尖りくちばしの居場所をピタリと当ててしまうのだ。

 それでいながら角モグラや森スライムには、なぜか全く遭遇しないときた。


「うーん、これが地元民の強みか……。親御さんも許すわけだ」

「あと兄ちゃん、なんかへたっぴだからムーがちゃんとおしえてやるぞ!」

「え、何そのへんな動き?」

「トーちゃんはいつもこうやってんだぞ。こうでこうでこう!」

「ちょ、ちょっと待って。こ、こうかな?」


 半信半疑ながら、子どもに言われた通り剣を振るってみるトバリ。

 するとこれまた不思議なことに、先ほどとは打って変わって尖りくちばしと善戦できるようになる。


「こ、これも地元民の強みなのか……」


 なんだかんだと驚きながらも、尖りくちばしを倒し続けるトバリ。

 その横で自由気ままに遊ぶ子どもと二匹の猫。

 気がつくと二時間ほどが過ぎ去っていた。


「ふう、結構倒せたな。ちょっと休憩しようか」

「うん、今日のおやつはなんだー?」

「えっ、な、なんかあったかな」


 背負い袋を下ろし、中をゴソゴソと探るトバリ。

 その様子に、ムーは目を丸くして声を上げた。


「なにそれー? 手がへんだぞ、兄ちゃん!」

「ああ、これ? これが僕のスキル<拡張>だよ」


 さほど大きくない袋の中に、肩まで腕を突っ込んだ青年は得意げに答えてみせた。

 トバリが空の神から授かった技能は、区切られた空間を元の広さより大きくできるというちょいと変わった物だ。

 部屋などの大きな場所はまだ無理だが、持ち運べる袋や木箱などはほぼ二倍以上の容量にできるため、輸送などに大活躍するスキルである。


「みせて、みせてー」

「はい、どうぞ。戦いには向いてないけど、僕はこのスキル一つできっと英雄まで成り上がってみせるよ!」

「なんか、むりそうだなー」

「そんなことないよ。って、なにしてんの!?」


 手渡した革袋に下半身をすっぽり収めた子どもの姿に、トバリは焦った声を上げた。


「ここまでしかだめだった」

「そりゃそうだよ。僕の<拡張>は、まだ倍にする程度だからね。人間は流石に無理、いや猫も試さないで!」

「だめかー」

「いや、入るには入るけど、うわ、なんかこれはこれで可愛いけど!」

「よかったなー、クロ、シマ」

「いやいや、よくないよ。って、何食べてるの!?」

「なんかあったからなー。うん、なかなかおいしいな」


 夕食用に取っておいたパンをもぐもぐと食べだした子どもに、トバリはがっくりと地面に手をついた。

 その肩をポンッと軽々しく叩かれる。


「子どもはすぐになんでも食べちゃうから」

「そりゃそうだけど……。まあ、今日は予想外に稼げてるし、いいっちゃいいんだけどね」

「食べちゃだめだったかー。じゃあ、おわびにムーのこぶんにしてやるぞ」

「こぶん? お詫びで!? おかしくない?」

「む、あっちからなんかくるぞー」

 

 いきなり声を上げたムーにつられて、森の奥へ目を移したトバリは飛び出しそうなくらい目を剥いた。


「ゴ、ゴブリン! なんでこんなところに?」


 木陰から飛び出てきたのは、緑色の肌をした異形の人型であった。


「く、やるしかないか! ムーちゃん、ここは僕に任せて!」

「らいらい!」

「いくぞぉおおおお! うぉおおおおお!」


 大声を上げてゴブリンに飛びかかるトバリ。

 尖りくちばしの場合、縄張りである木から離れるとそれ以上は襲ってこない。

 だが、足の速いゴブリンだとそうはいかず、どちらかが倒れるまで戦うという選択肢しかない。


「か、体が軽い。これが守る者を得た人間の強さか!」


 無我夢中で剣を振るう青年だが、背後のムーの体に光っている針が何本も突き刺さっていることに気づかない。

 さらに普段は群れで行動するゴブリンが一匹だけで、しかも背中に手酷い傷を負ってることにも気づかない。


「フゥフゥ、なかなかやるな。だがこれで終わりだ! 喰らえ、羅武想怒ラブソード!」

「ギャァァァァアアア」


 断末魔の叫びを上げて、倒れ伏すモンスター。

 どうやら先に負っていた傷が限界に達したようだ。


「か、勝てたのか。……そうか、僕にもやれたのか」

「おー。兄ちゃんやったなー」

「……ありがとう、ムーちゃん」


 まじまじと子どもを見つめるトバリ。

 そして意を決したように、ムーに話しかける。


「なあ、ムーちゃん。よかったらこれからも僕とパーティを組んで――」

「あ、今日、ユーばあちゃんがシチューつくってくれる日だ!」


 言いかけた言葉を腹の虫の音に遮られたトバリは、あんぐりと口を開く。

 可愛くお腹を押さえたムーは、言葉を失う青年に満面の笑みで手をふった。


「もうかえる。またねー、兄ちゃん」

「えっ、えっ、えっ?」

「夕やけ丸やけ、なぜ赤い~♪」


 鼻歌を口ずさみながら去っていく子どもの背中を、トバリは呆然と見送るしかなかった。

 

 ご機嫌な帰宅を果たしたムーだが、夕食の席で今日はどこに行ったかとソラに問われ正直に答えてしまい、トールにこっぴどく怒られる始末となった。

 そしてトバリのほうは、翌日、調子に乗ってゴブリンに挑み、命からがら逃げ帰ることとなる。


 ただしその後、猫のぬいぐるみが顔を覗かせる手提げ袋を大ヒットさせ、大商人の道へ転じることとなるのだが、それはまた別のお話。

 



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【コミカライズついに145万部!!】
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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新、ありがとうございます。 まだまだ読み続ける事が出来て嬉しいなぁ。
[良い点] これは珍しい!ムーちゃんが普通に(比較的)普通の会話をしてる回!! [一言] 普通にクロとシマをお外に連れ出してて笑いました。 これが地元ネコの強みかw
[一言] ムーちゃん元気そうでよかった!! 今回のお話も楽しかったです
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