危険を冒す者たち その三
「よし、だいぶ形になってきたですよ」
広々としてきた道幅に、茶角族の少女は満足げに頷いた。
その視界のあちこちで動き回っているのは、大小様々な土人形たちだ。
土で出来た忠実な下僕たちは、主たちの命に黙々と従って岩を砕き土を運び出している。
少女たちが居るのは、地竜が生息する山々の合間に生じた深い峡谷の底であった。
妖かしの沼、現在はただの湿地帯だが、そこから東の"昏き大穴"へ進もうとすれば、この南北に伸びる険しい山並みが行く手を阻んでくる。
ひっきりなしに湧く地竜や飛びムカデのせいで、大勢が徒歩で越えるのはさすがに厳しい難所だ。
そこで考えられたのが、以前にもトールたちが大穴を見るために飛竜で抜けたこの谷を利用しようという案である。
ただ数箇所、左右の崖がせり出して狭まっている部分があり、大人数だと渋滞が起きてしまう。
そのため<地精喚>が使える土使いが集められ、大急ぎで拡張工事中と相成ったわけだ。
遠征軍の半数は谷の左右に展開して、寄ってくる地竜たちを掃討してくれてはいるが、日が落ちると圧倒的にこちらが不利になってしまう。
その前にこの場所を通路だけでなく、安全地帯としても確保しなければならない。
しかしながら、ここにも当たり前のように障害物が存在した。
「もう、また来たですか――<磁岩盾>!」
クガセの背後に浮かび上がった岩の塊に、飛来した大きな石が吸い寄せられるように向きを変える。
走り出した少女目掛けて、さらに数個の石が投げつけられるが、ことごとく宙に浮かぶ岩が身代わりを務めてくれた。
地の軛から解放されたかのように、クガセの体が風を切って駆け抜ける。
その先で待ち構えるのは、投石を浴びせてきた張本人たる灰色の肌を持つモンスターたちだ。
石鬼。
亜人の一種であり、獣鬼を凌ぐほどの巨体と怪力の持ち主である。
その鉱物を含む肌は固く、さらに尋常ではない再生力まで秘めている厄介な相手だ。
強い光が苦手ではあるが、この日の目が遮られた薄暗い谷ではその心配もない。
「大いなる地樹の伝え手よ、与えるですよ。その背負いし荷を、等しく全てに――」
自らの背丈の半分にも満たない相手に、先頭に立つトロールは乱杭歯を剥き出しにしてみせる。
そのまま異様に長く太い腕を、横殴りに容赦なく叩きつけた。
「<重崩陣>! ほんと、馬鹿の一つ覚えな攻撃で助かるですよ」
走りながら詠唱を終えたクガセは、とっさに両腕を交差してモンスターの一撃を受け止める。
だが数倍近い体重差に抗えず、その身体は軽々と宙に浮かぶ。
殴り飛ばされた少女は数度地面の上を弾んだ後、顔をしかめて立ち上がった。
即座に追撃すべく、トロールどもは唸り声を発して足を踏み出す。
そして自重を支えられずに、その場に膝をついた。
信じがたい表情を浮かべるモンスターどもだが、ならばと石を握った手を持ち上げる。
が、なぜかその手も地面に縫い付けられたかのごとく動かない。
体を揺すろうとした一体が、バランスを崩し顔面ごと地面に突っ込んだ。
太い腕を大地に押し付けて、なんとか体を起こそうとするが、今度は肘の部分から鈍い音が生じる。
重くなりすぎた体を支えきれずに、腕が限界を迎えたらしい。
白い骨が皮膚の下から飛び出し、灰色の体液がそこから溢れ出す。
すぐに再生が始まるが歪な状態のまま骨や腱がくっついたせいか、もはやまともに動くことも叶わない。
あっという間に再生を上回る速さで、トロールの肉体がひしゃげ臓器がはみ出す。
四肢を奇妙な方向に折り曲げたまま、モンスターどもは次々と地面へめり込んでいく。
そして最後は灰色の体液を噴き上げながら、原型を留めない肉塊と化してしまった。
「ふう、あっさり片付いてくれて助かるですが、魔石の回収が面倒なのが欠点ですね」
ぼやきながら歩み寄ったクガセは、トロールだった血溜まりにためらいもなく手を突っ込んだ。
より硬い箇所を角で探り当てて、一匹ずつ魔石を拾い集めていく。
先ほど少女が使用したのは、<磁戒>の上位に当たる中枝スキルの<重崩陣>という魔技だ。
範囲内の対象全ての自重を増加させることができ、特に体重が重い相手ほど効果的である。
ただし技の発動の起点が自身を中心とするため、うっかり考えなしで使えば簡単に巻き込まれてしまう。
クガセがあえて一撃をもらって吹き飛ばされたのは、その範囲から逃れるためでもあった。
腰の革袋に魔石を詰め込んだ茶角族の少女は、心配そうな顔のラムメルラのもとへ駆け寄る。
「ほら、魔石なんか集めてないで、先に怪我を見せなさいよ。治りが遅くなるわよ」
「ラムちゃんなら、いつ見せても安心お任せできるですよ」
「もう、調子のいいことばかり言って。生命の樹の御主よ。寄る辺求めし子らに、一滴の雫をお与えください――<水癒>」
軋んでいた肋骨の疼きが消えていく感触に、クガセはゆっくりと胸の力を抜いた。
ラムメルラが差し出してくる水筒を受け取り、喉を潤して一息つく。
それから数十体の土人形が動く様を眺めて、その働きぶりに言及した。
「この調子なら、日暮れ前には終わりそうですね。ほんと、贅沢な眺めですよ。一日で谷をぶち抜くとか、奉仕神殿に頼んだら白金貨相当の案件ですよ」
「そうなの? そういえば前々から気になっていたんだけど、奉仕神殿って名前の割にガッツリお金を取るのね」
「そりゃもちろん、土人形がボクらに奉仕してくれるからその名前であって、ボクらがただ働きするって話じゃないですよ」
「え、そうだったの。ややこしいわね。これからは有料神殿って名前にすべきじゃないかしら」
「そんな名前にしたら、お客さん来なくなるじゃないですか!」
他愛もない会話に、二人は小さく笑みを浮かべ合う。
ちょっとだけ視線を合わした後、ラムメルラがささやくように尋ねてきた。
「ねえ、クー。この遠征が終わった後って予定決まってるの?」
「なんも考えてねーですよ。そろそろお金も貯まったことだし、一休みも悪くねーですね」
「じゃあね。……私ともっとずっと一緒に居てくれないかしら」
「……ラムちゃん。振られたからって、女の子同士に走るのは気が早いですよ」
「違うわよ、バカ! 私を傍で支えてほしいってお願いしてるのよ」
頬を少しだけ染めた可愛らしい親友の姿に、クガセはやれやれといった顔で頷いて言葉を返す。
「まあ、ボクで良かったら街造りの手伝いなんて、いくらでもやってやるですよ」
「あら、ちゃんと気付いてたのね」
「そりゃあ、まあ、気づかないほうが阿呆ですよ」
<賛美歌>を奏でる合間や怪我の治療にかこつけて、リコリやモルダモたちが熱心に土使いたちを口説いているのだ。
新たな境界街の基礎造りを、少しでも安く上げようとしているのはバレバレである。
「しっかし、ラムちゃんはちゃんと信じているんですね」
「うん?」
「この遠征が成功して、みんな無事に帰れることですよ」
「当たり前じゃない」
平然と答えてみせたラムメルラは、クガセが意味ありげに目を細めたことへ反論する。
「あのね、私は好きになった人の言葉だから、無条件に信じてるってわけじゃないの。そうじゃなくて、信じた未来をきっと見せてくれる人だから好きになったのよ」
きっぱりと言い切ったその顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
傷つくのを恐れ棘を剥き出しにしていた少女は、かけがえのない人に出会い夢見る乙女になった。
そしてそこからまたも一皮むけ、強い芯を誇るまでに変わった。
やや乙女チックな部分は、少しも抜けていないようだが。
クガセは傷を負いながらも成長していく親友の姿を、ずっと近くで見てきた。
それはまだ恋も知らない少女には眩しくて、同時にとても羨ましい変化だった。
親友の変わりように、クガセはふと遠い未来を想像した。
いつか背が高く田舎育ちの自分にも、思いを告げる相手ができるかも知れない。
その時に隣で背中を押してくれたり、一緒に喜んだり悲しんでくれるかけがえのない人が居たら、それはどんなに頼もしく嬉しいことだろうか。
だからそのためにも、まずは今から続いていくこの未来を信じるしかない。
服の裾で汚れた手を丁寧に拭ったクガセは、見違えるほど大人びた顔つきになったラムメルラに差し出す。
「うん、じゃあボクも信じてみるですよ、ラムちゃん」
「ええ、これからもよろしくね、クー」
「ま、その前に契約金について色々と決めないとですよ」
「ちゃっかりしてるわね……」
「そこら辺は、リリ姉にきっちり仕込まれたですよ」
楽しげに言い切った後、クガセは谷の側面に空いたいくつもの横穴へ視線を移した。
「それにしても、みんなずいぶんと帰りが遅いですね……」




