危険を冒す者たち その二
「では皆様、参りますぞ。解放の樹より来たりて焼尽せよ――」
ちょび髭の魔技使いの掛け声に、ずらりと並んだ炎使いたちはいっせいに杖を持ち上げた。
その頭上に次々と灼熱の火球が浮かび上がり、凄まじい熱量が生じる。
「その身をもって大いなる炎威の片鱗を味わえ――<激発炎>」
解き放たれた燃え盛る炎塊たちは、弧を描きながら眼前の斜面へ次々と落下していく。
地を穿つ轟音が、山間に大きく鳴り響いた。
大きく地面をえぐった火の玉は、今度は火柱となって噴き上がる。
そこから飛び散った新たな火球が他の火球と宙でぶつかり、さらなる炎を撒き散らす。
またたく間に、地表は炎で舐め尽くされた。
辺り一面を容赦なく焼き上げる炎の海。
だが陽炎で揺らぐ地面にはゴツゴツとした岩が無数に転がっているだけで、他には何も見当たらない。
はずであったが、不意にその岩が大きく跳ね飛ばされる。
地面の下から姿を現したのは、長い体をくねらすモンスターであった。
一見、巨大な蛇に思えるが、その頭部にあるのは、ぐるりと牙が生えた環状の口のみ。
目は退化しており、体を覆う分厚い鱗の中に埋もれてしまっている。
この体長と胴回りが、ゆうに大木ほどもあるモンスターの名は地竜。
名が示す通り龍の亜種であるため、その再生力と頑丈さは侮ることができない。
さらに普段は地中に潜み、先んじて攻撃することも叶わない相手だ。
ただし体温調節があまり上手くないため、こうやって地面を高温で熱してやると簡単に炙り出せてしまう弱点があった。
地表に次々と飛び出してきた地竜たちだが、そこはすでに焦熱に覆われ酸素も失われてしまっている。
不気味な叫びを発しながら、モンスターは地面の上を暴れまわった。
数十匹の巨体が一時に全身を派手に揺らしたせいで、山肌に地響きが鳴り渡る。
大量の長虫が踊り狂う様は、おぞましくも壯觀な眺めであった。
いかに頑強な肉体であろうと、呼吸が続かない限り活動することは出来ない。
のたうち回っていた地竜たちは、じょじょに炎の中で静かになっていく。
もっともそれで終わるほど、この険しい山は甘くはない。
さらなる叫びを発した十数匹が、仲間の死体を乗り越えたかと思うと、燎原と化した山腹を一気に駆け下りてくる。
そして魔技を放ち終えたばかりの炎使いの集団へ、のしかかるように襲いかかった。
「合わせるぞ。――<岩杭陣>!」
迫る巨躯に立ち塞がったのは、盾を構えた一団であった。
腰を落とし両足で踏ん張りながら、呼吸を合わせて闘気を解放する。
とたんにその足元の大地が、次から次へと大きく盛り上がった。
綺麗に並んだ土の柱は、隙間なく寄り集まりたちまち頑丈な土壁となる。
激しい衝突音が続々と、空へ鳴り渡った。
が、壁は揺るがない。
土の壁に盾を押し当てた男たちは、見事に自分の数倍はあろうモンスターの重量に耐えきってみせた。
「……後は任せろ」
次いで響いた声は、重々しい男のものだった。
同時に長い両手斧を構えた姿が、土壁の上に躍り出る。
その後に一歩おくれて、槍を握った女が金の髪をなびかせて飛び移る。
さらにその隣には、両手剣を肩に背負った赤髪の男。
「――いくぞ」
その発声と同時に、長い剣身から巻き上がった炎が天を衝く。
――<猛火断>。
頷き返した大男の斧の刃も、すでに紫の雷に覆われている。
――<電旋壊>。
素早く引かれた女の槍にも、同じく茨の棘のように雷が纏わりついていた。
――<電閃破>。
最後の足掻きを止められ格好の的となった地竜へ、戦士や剣士たちが思う存分闘技を撃ち放つ。
厚い鱗を炎や雷で打ち破られたモンスターどもは、体液を撒き散らしながらあっけなく絶命した。
「綺麗に終わったようですな。いやはや、素晴らしい働きぶりですぞ、皆様」
「いや、まだだ。上から来るぞ」
「おっと、気が急いてしまったようですな。気を抜くのは少々、早すぎましたか。それでは、お願いいたしますぞ、弓士の皆様」
「ああ、待ちかねたぞ!」
いきなり大声で答えたのは、翠羽族の若い男だった。
その通常よりも遥かに太い右腕には、目立つ朱色の矢が握られている。
炎使いの後方に居た弓士たちは、いっせいに矢をつがえて弓弦を引き絞った。
その狙いをつける先は、上空に集うトンボのような羽を持つ飛びムカデたちの群れであった。
地竜たちの死肉が焼ける臭いに、山頂付近から滑空してきたのだ。
ムカデ一匹の大きさは広げた大人の腕の長さほどもあり、数匹に囲まれただけで骨一つ残らないのは確実だろう。
風を切って迫る数十匹のモンスターへ、鋭い掛け声が発せられた。
「放て!」
横殴りの雨のように、百を超える矢が宙をよぎる。
大きな影を地面に生じさせるほどの矢の束が、容赦なくモンスターの群れに飛来した。
たちまち翅を貫かれた飛びムカデたちは、あっさりと斜面へ落下する。
そしてまだくすぶっていた炎に焼かれ、その肢体を縮こませて息絶えていく。
だが、数匹は矢の雨から逃れたようだ。
突き出した左右の顎をガチガチと噛み合わせながら、矢を放った人間たちへ襲いかかる。
「しゃらくさいぞ、虫め!」
頭部の羽を揺らした男の手が矢筒より二本の矢を抜き取り、素早く弓につがえる。
次の瞬間、二筋の赤い線となって放たれた。
――<叉風射>。
空を穿った矢たちは、飛びムカデの翅の付け根をそれぞれ正確に射抜く。
しかし、そこでまだ終わらない。
男の腕が流れるように動き、続けて二本の矢が撃ち出された。
さらにもう一射。
連続で三回も弓弦を鳴らし、鮮やかに飛びムカデたちを撃ち落とした男は満足気に息を吐いてみせた。
今度こそ戦闘が終結したのを確認したバルッコニアは、杖を持ち上げて休憩の合図を送った。
一番、後方に控えていた水使いたちが、慌ただしく前に出て負傷者の手当に取り掛かる。
奏士たちも<武勇曲>から<賛美歌>に切り替えて、失われた魔力の補充を始めてくれている。
再び前方に視線を移したバルッコニアは、素晴らしい戦果に口ひげを軽く引っ張った。
「うむうむ、順調ですな」
遠征隊というより遠征軍と呼べるほどに参加者が膨れ上がったため、現在、最初の難関である地竜山脈では、数に物を言わせた掃討作戦を展開中であった。
一人一人だとそれほどでもないが、百人がいっせいに放てば、その炎は凄まじい威力となる。
地表を綺麗さっぱり焼き尽くす魔技使いたちの爆撃。
それを渾身の力で守り切る屈強な盾士の壁。
仕留め損なったモンスターを片付ける戦士や剣士たちや、空からの襲撃をことごとく迎撃する弓士。
さらには体力を補給して怪我を癒やす水使いと、魔力や闘気を補充してくれる奏士たちのサポート。
ようはいつもやっていることを、より大きな集団で適用しただけである。
だがその結果、遠征軍は攻守補すべてが揃った完璧な軍隊となっていた。
山腹を焼き尽くした炎が収まるまで、しばし休息となったため、バルッコニアは水筒を持って部下のもとへ足を運ぶ。
「ご苦労さまでした、ラッゼルさん。さぁ、まだまだこれからが正念場ですからね。ここはじっくりと体力を温存していきましょう」
赤髪の戦士は頷きながら水筒を受け取り、ゆっくりと喉を潤す。
そこへ両手斧を背負った偉丈夫が、金髪の女性を連れて近付いてきた。
「あいかわらず声が響くな、お主は」
「貴方も、まったくお変わりないようで。いや、若返った分、男前に磨きがかかっておりますな」
「ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
紫眼族の戦士ソルルガムと副隊長の二人の挨拶に、バルッコニアは優雅に一礼を返す。
そこへもう一人、弓を背負った若い男も話しかけてきた。
「ふん、お喋り屋は喋ってこそだからな」
「そうでしょう、そうでしょう。しかし、あなたの皮肉も変わっておりませんなぁ。弓の腕はいっそう上がったようですが。今の最後の撃ち落とし、見事なものでしたよ」
褒められた翠羽族の弓士は、鷹揚な笑みを浮かべて頷く。
そんな二人を見て、ソルルガムも口の端を持ち上げた。
「あら、団長、何か面白いことでもありましたか?」
「うむ、何がだ?」
「いえ、笑っておいででしたので」
副官に尋ねられたソルルガムは、もう一度集まった顔ぶれを見回してから言葉を続けた。
「こうやって銀盟会の面子が集まるのも、久々だと思ってな」
「言われてみればそうですな! もう無理だと諦めておりましたが、縁とはまったく思いがけないものだと、改めて教えられますよ」
「俺もまたここに戻ってくるとは、予想だにしてなかったな。再び会えて嬉しいぞ、お前たち」
あまり隠す気のない若き弓士の言葉に、バルッコニアとソルルガムは目を合わせて口元を緩める。
雷哮団を率いて参加した男は、しみじみと呟くように言葉を漏らした。
「足を引っ張りあっていたあの頃、俺はたまにこう思っていたよ。お前たちと肩を並べて戦えたら、それもまた愉快だろうなと」
少しだけ顔をしかめたソルルガムは、そのまま言葉を紡ぐ。
「ともに魔女を征してそれも叶ったが、まだ名残惜しいと未練があったようだ。少しばかり浮かれている自分がおかしくてな」
「ふふ、私もすこぶる同意ですよ。本当に頼りになりますからな、お二人は」
「また世辞か。変わらんな、お喋り屋は。いや、似合わんひげが生えたところは変わったか」
そこで弓士の男は、ラッゼルの問いかけるような視線に気づく。
「何か気になるのか?」
「いや、妹君はどうされたのかと思ってな」
「あいつか……。あいつは、今ちょっと野暮用でな」
そう言いながら翠羽族の若者は、意味ありげに空を見上げてみせた。
それから再び山腹に視線を戻して、つくづくと呟く。
「しかしトールは、いつも俺たちを面白いところへ運んでくれるな。まさかこの俺が、大穴封じに参加するとはな」
「ああ、本当に予想がつかない男だな」
「まったくです。やっと地下監獄が終わったと思えば、この有り様。目が回るとはこのことですな」
そう言った三人の男は、顔を合わせてニヤリと笑った。
そこへ呑気な若い女性の声が響く。
「本当、残念です。これでチルさんが居たら、銀盟会の再結成でしたのに……」
一人だけ、全く気付いていない副隊長であった。




