新たな闇
三つ首は一度倒すと再発生に三日以上かかるため、その間は広い空洞路は安全地帯となる。
人数が多いせいで空洞から空洞へ移動する際に、溶岩の犬や燃える屍人を引き連れた火頭に襲われることもあったが、この階層の迷宮主を倒したトールたちには今さらな相手である。
そんなわけで復路は特に危うい場面もなく、一行は夕方近くに青い髑髏の鍵の扉まで戻ることができた。
真っ先に気づいたのは、斥候役を引き受けてくれていたネネミミだ。
次いで感覚を共有していたキキリリも、驚いたように顔を向ける。
「なにこれ!」
その声で、変化に気付いたソラやクガセも驚いて目を丸くする。
「あれ!? こんなのなかったよね」
「いったい、どーなってやがるんですか……」
そこにあったのは並んだ二つの扉であった。
前々からそこにあったと錯覚してしまいそうなほど、岩壁にしっくりと馴染んでいる。
一つはトールたちが通ってきた上の階層につながる扉で間違いないだろう。
だがもう一つは、完全に見覚えのない物だ。
トールの視線に気づいた双子の妹が、素早く<電探>を発動させて周囲を探った。
しばし気配を確かめた後、首を横に振ってモンスターの危険がないことを告げてくる。
「ソラ、ちょっと頼む」
「うん、少し重くなったねー、ムーちゃん」
背中で眠り込んでいた子どもを少女に手渡し、トールは怪しい扉に近づきながら<予知>を発動させた。
たちまち十三秒後の未来へ連なる映像が、雨粒のごとく視界に押し寄せる。
一瞬でそれらを識別したトールは、罠らしき事態がないことを見て取る。
取り出した赤い髑髏の鍵をくぼみに押し当ててねじると、謎の扉は音もなく動いた。
その内部から現れたのは、下方へ伸びる狭い階段であった。
ただし数段下も覚束ないほどに、真っ暗な闇に覆われていたが。
「絶対おかしいですよ、これ!」
後ろから興味津々に覗き込んでいたクガセが、トールの鎧の袖を掴みながら怒ったような声を上げる。
「こんなところに空洞があったら、ボクの角が見逃すはずないですよ。なんでこんなのがあるんですか!」
茶角族の額の角は、物質の硬度の違いを察知することができる。
特にクガセは優秀らしく、壁の厚みさえも把握することが可能であるらしい。
「ふむむ、あまりにも不自然ですな。まるで我々が鍵を手に入れたことを見越したように扉が現れるとは。しかも以前には、まったくそれらしい物もなかったと」
口ひげをしごきながらのバルッコニアの指摘に、トールとユーリルは目を見合わせた。
わざわざ下層への階段を用意してくれるとは、やはりこの迷宮はおかしなことが多すぎるようだ。
黙りこくってしまったトールたちの反応に、キキリリが呆れたように息を吐く。
「ねえ、とりあえず先にご飯にしない? ここであれこれ考えてても仕方ないでしょ」
「うん、お腹すきましたねー」
「そうだな、まずは体を休めるか」
もっともなその言葉に、一行はようやく安全な扉の向こうへと足を向ける。
さっそく荷物を壁に投げ捨てたクガセは、両壁に渡された寝具に飛び込んで手足を力いっぱい伸ばした。
安堵の表情を隠さない双子たちも、同じように寝っ転がる。
トールは折りたたみの椅子を広げ、ユーリルを急いで座らせた。
魔力は無尽蔵であっても、相変わらず体力は少ないようだ。
銀髪の美女は差し出された手を握りながら、安心しきった微笑みを浮かべた。
対してソラは吊り寝具へムーを投げ入れると、元気よく晩飯の支度を始めた。
いつものお喋り屋に戻ったバルッコニアも、いそいそとその手伝いに駆けつける。
ヒソヒソと今夜の献立を話し合う声が聞こえてきた。
「ソラ殿、お約束した例のアレ――」
「今日はちょっと――」
「でしたら、こちらの――」
お祝いのご馳走を準備していたらしいが、蒼鱗族の三人の落ち込んだ様子に気を使ったようだ。
そのラムメルラたちだが、戻ってきてからもほとんど口を開いていない。
迷宮主の一体を撃破できたことは喜ぶべきことだが、それ以上に色々と期待に添えない結果だったのが応えたのだろう。
ラッゼルは一人、壁にもたれながら剣に丹念に砥石を走らせていた。
しばらく待つと、かぐわしい香りが通路いっぱいに広がった。
くつくつと何かを煮込む音も聞こえてくる。
眠り込んでいたムーがむっくり起き上がったかと思うと、吊り寝具からあっさり地面に落っこちた。
受け止めたトールの手で無事に着地した子どもは、そのまま調理中のソラの足元までコロコロと転がっていく。
そしてまだ目をつむったままの子どもは、少女の足元で止まると雛鳥のように口を開けた。
木匙で鍋の中身をすくい上げたソラが、息を吹きかけて冷ましたあとムーの口の中へと差し入れる。
横たわったままスープを一口飲んだ子どもは、しばらくムニュムニュと口元を動かしていたが不意に紫の瞳を見開いた。
「おいしい!」
「ふふふ、お気に召されたようですな、ムー殿。こちらは鎧猪の群生相の真ん中の足だけを使った特別な塩漬け肉を、一年天日干しにした物を出汁にしておりま――」
「おかわりくださいな!」
「美味しそうじゃない。私たちにも味見させなさいよ」
騒ぎを聞きつけた双子が、いつの間にか鍋を囲んでいた。
笑いながら木匙を手渡そうとしたソラに、二人は息を合わせたように首を横に振る。
「手に力が入らないのよ。悪いけどすくってくれる?」
「早くしてくれ、我慢できない」
「はーい、どうぞー」
二人に差し出された匙に、ぴょんっと起き上がったムーが地団駄を踏んで怒り出す。
「それムーの! たべちゃダメー」
「なら私が冷まして差し上げますぞ。どうぞ、こちらを」
「すべすべのおっちゃん、すべすべいがいもいいところあるなー」
その酷い物言いに、ラムメルラが急に吹き出す。
いきなりの表情の変化に、リコリやモルダモは驚いたように目を見張った後、顔を見合わせて口元をようやく緩めた。
夕食は和んだ雰囲気のまま終わった。
翌日、話しあった結果、次の層へは偵察だけ済ませるという話に落ち着いた。
人の手で造られたとおぼしき階段を、トールたちは魔石灯の明かりを頼りに慎重に降りていく。
奥底にあった扉を開くと、そこに広がっていたのは円筒状の空間だった。
四角張った黒い石が床に敷き詰められ、奥には椅子のようなもの――玉座が設えてある。
そこに腰掛けていたのは、黒い剣を抱えた誰かの亡骸であった。




