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差し迫る事態


 内臓を激しく抉られ息絶えた猪の死体を、トールは素早く確認していく。

 倒れていた木をとっさに<復元>して、その隙間に挟み込んでみたが思った以上に上手くいったようだ。

 横転状態で足が浮いてしまうと四足動物、この場合は六足だが、意外と立ち上がるのが難しくなる。


 近づいて調べた巨獣の肩や首元は、黒く堅いコブにみっしりと覆われていた。

 この鱗鎧を思い起こす見た目は、鎧猪で間違いない。


 問題はその大きさと、胴の真ん中から伸びる余分な脚の存在であった。

 眉をひそめるトールの背に、おずおずと声がかかる。


「……あ、あの……その……」


 振り向くと立っていたのは、革鎧の肩部分が破れたままの若者だった。

 いまだに何が起こったのか、理解しかねて混乱しているようだ。

 言いかけては言葉にならず、口ごもってしまう。


 軽く頷いたトールは、猪の牙から外した円盾を手渡してやった。

 盾は大きく穴が穿たれてしまっていたが、受け取った少年はなぜか安心したのか、ようやく肩の力を少しだけ抜く。


「……助けていただいて、ありがとうございました」 

「気にするな。今日は元からこいつを狩る予定だった」


 そっけないトールの返答に、少年はぎこちなく笑みを浮かべた。

 狩りの対象だとしても、死にかけの同業者を助ける必要はまったくない。

  

 命の恩人に向かい合いながら、少年はこれまでの失礼な態度を思い出して首元が真っ赤になるのを感じとった。

 それと同時に、自分たちの身に起こったあり得ない現象への疑問が激しく湧き出してくる。


「あっ、えっと、あの……ですね……」


 様々な感情がいっせいに口をついてまたも言葉を詰まらせた少年に、トールは黙って人差し指を自分の口元に当てた。

 意外な仕草を見せられた少年は、深々と息を漏らすと今度は自然な笑みを浮かべる。

 再び軽く頷いたトールは、調べていた猪の体を指差した。


「ここを見てくれ、脚が多いだろ」

「はい。普通の鎧猪じゃないみたいですね」

「これは群生相といわれる奴だ。前にも見たことがある」


 数が増えすぎたり外因が理由で縄張りが狭くなったモンスターは、相変異と呼ばれる現象を引き起こす。

 これによってモンスターは群生相と呼ばれる特殊な形態に変わり、より凶悪性が増すといわれる。


「それって……」

「実はさっき小鬼の洞窟を見かけてな。あふれかけ寸前のやつだ」

「えっ!」

「悪いが手を貸してくれるか?」

「おい、みんな集まってくれ!」


 少年の呼びかけに、呆然としていた他のメンバーがぞろぞろと集まってくる。

 説明を聞いた三人の顔色が変わった。


「マジ? なんかかなりヤバくね?」

「かなりじゃないぞ、リッカル。すごくだ、すごく」

「どうでもいいこと言ってる場合じゃないでしょ。どうしたらいいの? シサン」

「俺はトールさんの指示に従うのが一番だと思う」


 四人にいっせいに見つめられたトールは、話を引き継ぐ。


「まずはここからすぐに離れるぞ。鎧猪どもは縄張りが近いからな」

「えー、猪おいてくの?」

「トーちゃん、おにく食べないのか?」

 

 猪の周りで肉踊りをしていた二人が、がっかりした声を上げる。


「また後で取りに来れるだろ、急ぐぞ」

「はーい。いくよ、ムーちゃん」

「あとのお楽しみってやつだな!」


 林道までたどり着いたトールたちは、そこで二手に分かれた。

 この森の伐採場の位置は北東と南東に一つずつ、ぐるりと円を描く林道の内側に一つである。

 森の奥に小鬼の洞窟が発生すると、普通のゴブリンどもまで行動が活発になり縄張りの外に出てくるようになる。

 そうなると伐採場あたりまで押し寄せる危険があり、三ヶ所への分散はその対策でもあった。


 四人組は南へ向かい、トールたちは北を目指す。

 三十分ほど林道を歩くと、木を叩く斧の音が響いてきた。

 さらに十分ほどで、ようやく開けた場所にたどり着く。


 貯木場を兼ねた広場にはあちこちに丸太が積み上げてあり、大鋸や皮剥き鎌を手にした男たちが歩き回っていた。

 その内の一人に知り合いを見つけたトールは、近寄って話しかける。


「忙しいところすまんが、ちょっといいか?」

「おう、久しぶりだな。どうしたんだい?」  

「小鬼の洞窟が出たぞ。しかも、かなり危険な状態だ」

「なんだって!」


 浅黒く日焼けした顔を青くした男は、急いで現場のまとめ役のもとへ走る。

 呼子笛が鋭く吹き鳴らされ、たちまち周囲の男どもが作業の手を止めて集まってきた。

 その様子にムーが目を輝かせて手を叩く。


「洞窟が出た! すぐに撤退するぞ。それと"大発生"が起こるかもしれん。街へ知らせる用意も急げ!」


 まとめ役の男の一喝で、はち巻姿の男たちは慌てて準備にはいった。

 剥いだばかりの木の皮を集め、積み上げて火をつける。

 焚き火が燃え上がったところで、今度は大量の葉と生木が放り込まれた。


 もくもくと煙を吹き上げる火に、まとめ役の男が赤い粉末を投げ入れる。

 とたんに赤い煙がまじりだし、焚き火はのろしに早変わりする。


 街への合図をすませた木こりたちは、全員揃っていることを確認して少人数でかたまりながら伐採場をあとにした。

 トールたちはしんがりを務める。


 林道を歩く途中、赤い煙が木々の向こうに上がっているのが見えた。

 どうやら四人組の知らせが無事に届いたようだ。

 そして一時間後、一行は木立の隙間から石壁が見える位置にたどり着く。 


 戦闘が起こってる気配がないことに、トールは人知れず息を吐いた。


「やった! 壁が見えてきたぞ」

「もう一息だ。気を緩めるなよ!」


 口々に声を掛け合う男たちの背後で、トールの顔に険しさが増していく。

 通常であれば警戒中の石壁には、側防塔に赤い旗が垂らされるはずである。

 それが見えない。


 衛士隊の半数がボッサリア遠征の先兵に駆り出されたと聞いていたが、その影響をもろに受けてしまったようだ。

 戻ってきた冒険者や木こりたちで混雑する外門が見えてきた時点で、トールは足を止めた。


「どうしたの? トールちゃん」

「トーちゃん、もう歩けないのか? しかたないな、うしろのるか?」

「えー、それちょっとムリだよ、ムーちゃん」


 トールと交代してソリを引っ張っていたソラが、勝手に乗員を増やそうとするムーに抗議する。

 二人に近づいたトールは、肩に触れながら静かに話しかけた。


「俺は少しやり残した仕事を片付けてくる。お前たちは先に戻って、大家さんのそばに居てくれ」

「…………うん、わかった。大家さんを守ればいいんだね」

「逆だ、逆。あの人はお前の百倍強いぞ。できるだけ、近くにいるようにしとけ」


 ソラが頷いたのを見たトールは、かがんでムーに視線を合わせる。


「トーちゃん、今からちょっと出かけてくるから、いい子で待ってられるか?」

「ムーもいっしょじゃダメか?」

「仕事が終わったら、すぐに戻るからな。その間、ソラをよろしく頼むぞ」


 トールの言葉に、表情を変えないまま子どもは小さくうつむいた。

 そのほっぺたを軽く引っ張って、トールは握りこぶしを突き出す。


「じゃあ、またあとでな」


 ムーはしぶしぶ頷くと、トールの手に小さなこぶしを打ちつけた。


 木立を抜けて北へ向かうトールの後ろ姿を見送ったソラは、門を目指そうとして見知った顔が近づいてくるのに気づく。

 門衛のカルルスだ。

 数本の細い槍を脇に抱えている。


「お、ソラちゃん、おっさんはどこだ?」

「トールちゃんなら、お仕事してくるっていっちゃいましたよ」

「ったく、肝心な時にどこほっつき歩いてんだ。なあ、あの赤い煙、見えるか? あれ、本当かどうかわかんなくて困ってんだよ。てっ! なにすんだよ、チビ!」


 ソリを向こう脛にぶつけられたカルルスが、ムーのいきなりの無法を問い詰める。


「あやしいやつめ! ソラねーちゃんに近づくな!」

「この人は大丈夫だよ、ムーちゃん。あと、ほんとーに危ないんです。洞窟からゴブリンがいっぱい出てきそうでしたよ」

「いや、それはないだろ。小鬼の洞窟なら、十日前に封印されたばっかりだぜ。新しく発生したとしても、一ヶ月は放置しないと溢れたりはしねえはずだ」


 しかしベテランのトールが、見間違えることはあり得ない。

 予想外の出来事が進行中であると、カルルスは即座に察した。


「まずいな。まだ南の伐採場の連中が帰ってきてないぞ。急いで迎えに行ったほうがいいか」


 シサンたち四人組が向かった場所だ。

 赤い煙が上がってはいたので、こちらへ向かってる途中でなにかあったのかもしれない。

 ソラは思わず片手と声を上げていた。


「わたしもお手伝いします!」



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【コミカライズついに145万部!!】
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