懐かしき出会い
「お久しぶりですね、トール様」
青みがかかった髪を優雅に波立たせて一礼した女性は、はにかんだような笑みを浮かべる。
そのソラよりもさらに一回り小さな体躯は、青いひだのついた施療神殿の神官服に包まれていた。
そして手にした長い杖の先には、不釣り合いに大きな雨晶石。
一目で分かる水使いらしい格好だ。
トールたちに声をかけてきたのは、顔見知りの人物であった。
その背後から対照的に大柄な女性が顔を出す。
「おっちゃん、元気してましたですか? あとラムちゃん、なんで二回も言ったんですか?」
「そ、それは、その、ちょっと強調してみたのよ」
「そっちも相変わらず元気そうだな、ラム、クガセ」
トールの返答にラムメルラとクガセは、嬉しそうに互いの目を合わせる。
二人が息を揃えたように口を開きかけた瞬間、さらにその後ろから大きな声が上がった。
「これはこれはトール殿ではござらんか。ずいぶんとご無沙汰しておりましたな。むむ、鎧を新調なされたのですな。たいへんよくお似合いで。おお、ソラ様やユーリル様もご健勝のご様子で……。いや、ソラ様は少々お顔の色がすぐれませぬが、いかがいたしました?」
「こんにちはー、バルッコニアさん。ちょっとだけ調子が悪くなっちゃって。でも、もうすっかり元気ですよー」
「おお、それは何よりです。ここはいささか瘴気が濃い場所でございますからな。私も冷や汗が止まらず困っておりますよ」
弾んだ声で話しかけてきた男性も、トールの見知った顔だった。
大げさに顔を綻ばせたバルッコニアは、視線を下に向けて話しかける。
「おや、ムー様。相変わらずお小さくて可愛らしいですな。それにその輪っか、素晴らしくお似合いで」
「ムーはなんでもにあうからなー。なー、おっちゃん、おはなのした毛がはえてるぞ」
「いかがですか? ちょっと貫禄不足と言われて伸ばしてみたのですが」
満更でもない表情で、バルッコニアはきれいに揃えた口ひげを撫でてみせる。
言われてみれば特徴のない顔立ちが、少しばかり覚えやすくなった印象がある。
饒舌な男性の顔をしばし見上げていた子どもは、振り向いて今度はトールの鼻の辺りをじっとみつめる。
そしていきなりくすくすと笑いながら、トールの太ももに抱きついて顔を埋めた。
「トーちゃんは、にあわないなー」
「そうか?」
「ということは私には似合っているということですな。お褒めいただきたいへん光栄ですぞ」
残念そうに息を吐いたトールは、楽しそうなバルッコニアと不満げなラムメルラたちの背後に目を向けた。
椅子に座ったままの人物は二人。
両手持ちの大剣を磨いていたラッゼルは、黙ったまま小さく顎を引いてみせた。
その隣で弦楽器を調律していた蒼鱗族の女性リコリも、無愛想な眼差しをちらりと向けてくる。
この五人が今の"白金の焔"のメンバーであった。
「今から探索に出るのか?」
「いえ、トール様たちをお待ちしていたんですよ」
「そうなのか。理由を聞かせて――」
「あー、裏切り者がいるですよ!」
二人の会話に割り込むように、唐突にクガセが大声を放つ。
その視線の先に居たのは、そっぽを向く紫眼族の双子だ。
かつての同僚に不穏な呼び方をされたキキリリは、面倒そうに舌打ちをしてから答える。
「その言い方は人聞きが悪いわね。たんに貴方たちを見限っただけでしょ」
「むぅ! 正直過ぎて余計に腹が立つですよ」
「ほら喧嘩しないで、クガセ。リリさんの言葉ももっともだわ」
以前は唯一の金剛級のパーティとしてその名を轟かせた"白金の焔"であるが、現状はあまり誇れる有り様ではないようだ。
攻撃の要であったストラッチアとニネッサを失い、さらに何かと役に立つ風使いのチタも離脱。
その上、優秀な遊撃手だった双子にも去られて、主力を軒並み失ったといっても過言ではない。
「大変そうだな」
「ええ、おかげさまで今はすっかりお手上げです」
新たに加わった二人も炎系の技の使い手ということもあり、この階層ではかなり苦戦しているようだ。
そのためリーダーに後任されたラムメルラは、このままならない状況を覆すため他者の手を借りることを決めたらしい。
「共闘?」
「ええ、力不足を認めるのはお恥ずかしい話ですが、かといって手をこまねいているわけにもいかず。ここは素直にトール様のお力をお借りできればと」
「その前におっちゃんに確かめておきたいですよ。そっちの三人とはどういった関係なんですか?」
「そりゃ深い仲に決まってるでしょ。ねえ、トール」
「リリ姉はすぐに嘘つくから信用できねーですよ」
「ああ、深い仲じゃなく、それなりの仲だな」
馴れ馴れしく肩に乗せてきたキキリリの手をトールが払い落とすと、ラムメルラが露骨に安堵の表情を浮かべた。
「この階層に来るのに青い骸骨が手に入らなくてな。それで協力してもらっている」
「あら、それでしたら私たちの鍵をお使いになりますか?」
「それは結構よ。余計な手出しは控えていただけるかしら」
「気持ちは有り難いが、先約だからな。すまない」
「それに貴方たちと違って、こちらは別に火頭相手でも苦労はないのよ。手を組む理由なんてこれっぽっちもないわね」
「むきー! どうせ、おっちゃんに倒してもらってるくせに!」
「それがどうかしたの? 楽できて最高じゃない」
勝ち誇るキキリリに対し、ラムメルラが冷静に言葉を返す。
「でも、それは火頭までのお話でしょ。私が持ちかけているのは三つ首の件ですよ、リリさん」
つい先ほど退散してきたばかりのトールたちにとって、それは否定できない一言であった。
これみよがしに胸の下で腕を組んでいたキキリリも、少しだけ悔しそうに唇を歪ませる。
「まだ、どうするかははっきり断言できないが、少し話を聞かせてもらうか」
トールの一言で急遽、お茶会が開催されることとなった。
ぬるい薄紅茶を楽しみながら、あの耳障りに笑う悪魔の対処について椅子に座った面々で話し合う。
ネネミミを手伝いに引き連れたムーは、一人吊り寝具の上で転げ回っていたが。
「なるほど、囮か」
「はい、どちらかが引きつけておけば、その間に安全にあの空洞を通り抜けできますからね」
横道は数本あるので少し遠回りをしてそこまでいけば、三つ首に気づかれずに先へ進むことが可能となる。
囮となったパーティも狭い通路へ逃げ込めば、そうそう危険なことにならないだろう。
「あの首、厄介ですからね。まともに相手できないですよ」
「らしいですな。いやはや、なんでも食べてしまうとは本当に驚きです。おかげで私などは、すっかり出番なしですよ」
三つ首の正面、大食らいの顔は、あらゆる物を食べ尽くす性質を持つ。
当然、魔技で放たれた熱や電撃も例外ではない。
そして怒りの顔。
こちらはその吸い込んだ物を、灼熱の吐息として広範囲に吹き出すそうだ。
さらに笑いの顔。
これが放つ哄笑は、近くで聞いていると集中力が失せ、心が乱れる危険な状態になるらしい。
「で、その顔をくるくる入れ替えやがりますからね。ほんとーに面倒ですよ」
クガセの言葉通り、あの巨体は意外なほどに小回りがきくようだ。
首の下の触手を使い頻繁に向きを変えて、攻守を器用にこなしてくるとのことだ。
ストラッチアがリーダーだった時代に何度か討伐に挑んだが、時間がかかりすぎて結局、一度も倒せなかったらしい。
「だから、囮が一番楽なんですよ」
「まあ、妥当なところね。ただし、当然、そちらが囮を引き受けてくれるんでしょうね」
「何言ってやがるですが。交代に決まってるですよ!」
「どうするの? トール」
「どうするんですか? おっちゃん」
二人に詰め寄られたトールは、しばし顎を掻きながら考えたあと、あっさりと結論を述べた。
「いや、それならいっそ倒したほうが早くないか?」




