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三つ首の番人


 そこはこれまで通ってきた場所とは、比べ物にならないほど開けていた。

 天井も恐ろしいほどに高く広々としている。

 ただ横幅に関しては、今までの通路の二倍ほどしかない。

 それでも薄明かりに照らし出される奥行きは 延々と視界の果てのずっと先まで続いていた。


 キキリリに案内された場所は、とてつもない長さの地底の空洞だった。

 溶けた岩の淡い光に彩られた岩窟の眺めは、目が奪われるほどに幻想的である。

 が、それを台無しにする要素が一つだけあった。


 耳障りな笑い声だ。

 それは一体のモンスターから発せられていた。


 片側の壁にしがみつく、その悪魔はあまりにも異様な外見をしていた。

 赤茶けた肌の具合からして、おそらくそれなりの年齢だろう。

 眉を含む毛髪などは一切なく、両の耳はやや不釣り合いなほど横に飛び出ている。

 ギョロリとした眼球には瞳孔がなく、白濁した膜に覆われていた。


 色々と引っかかる点は多いが、とりあえず人間のような顔である。

 その不気味な男は見苦しいまでに口を大きく開き、耳の底に残るような笑い声を上げていた。


 さらにその隣の男。

 見た目はそっくりだが、表している感情は怒りだ。

 目を中央に寄せて、酷く歪んだ口元からは黒い歯が覗いている。


 さらにもう一人居るようだが、こちらは壁に向いたままで表情は読み取れない。

 だがガツガツと何かをむさぼるような、おぞましい音だけを発している。


 確かに顔だけ見れば変わった三人組に思える。

 だが広い世界を探せば、似たような人間は数多く居るだろう。

 ただ問題は、彼ら三人にはその顔しかなかった点だ。


 顔のすぐ下から伸びるのは、太くうねる大量の触手である。

 それ以外になにもない。


 くっついた三つの巨大な顔と、それを支える無数の触手たち。

 それがこの灼熱の迷宮に笑い声を響かせるものの正体であった。


「どーした、ソラねーちゃん?」


 手をつないで一緒に通路から覗き込んでいたムーが、傍らのソラを見上げて心配そうに尋ねる。

 少女の肩に手を回して支えながら、トールも優しく声をかけた。


「大丈夫か?」

「う、うん。たぶんへいき。心配かけてごめんね」

「少し座れ」

 

 血の気を失った少女を横抱きにしたトールは、通路の奥の安全な場所に運んで座らせる。

 大きく息を吐いたソラは、そのまま顔を伏せてしまった。

 トールが静かに髪を撫でると、少しずつ呼吸が落ち着いたリズムを取り戻していく。 


 最初に悪魔と遭遇してから、ずっと普段どおり振る舞おうとしていたが、それが空元気だとトールには分かっていた。

 そして少女が動揺した理由も、十二分に承知していた。


「ありがとう、トールちゃん」

「まだ動くな。休んでろ」

「むりしちゃだめでしょ。もう」

「そうですよ、ソラさん」


 差し出されたユーリルとムーの手も、寄り添うようにソラの頭を優しく撫でる。

 三人がかりで元気づけられた少女は、嬉しそうに笑ってみせた。

 まだ顔色は悪いが、その瞳の輝きは戻りつつある。

 ようやく安堵したトールは、少しだけ頬を緩めた。


 そこでじっと様子を窺っていたキキリリが、心配をわずかににじませた口調で話しかけてくる。


「あれはまともに見ちゃ駄目よ、ソラ。心がおかしくなるわよ」

「すみません。うっかりしちゃって」

「で、あれはなんだ?」

「見た目通り悪魔よ。しかも最高にうっとうしい奴ね」


 キキリリの話によると、この炎獄の階層には、ここのように大きな空洞がいくつも存在するらしい。

 通り抜けできれば一気に距離を稼げるのだが、そうもいかない理由があった。

 それがあの悪魔だ。


 正面の顔の部分は大食らい。

 左側は大笑いで、右側は大怒り。

 それらを合わせて、三つ首という名で呼ばれているらしい。


「大怒りだけ語呂が悪いな」

「知らないわよ。決めた奴に文句を言って」


 三つ首の悪魔だが、絶えず岩を食いながら空洞を徘徊しているらしい。

 ただその巨体が邪魔をして、狭い通路には入ってこられないとのことだ。


 そして目は見えないが耳は非常に敏感らしく、空洞に入り込んだ存在はすぐに気づかれてしまう。 

 触手の足の速さも侮れず、逃げ切るのはほぼ不可能とのことだ。


「三方向に顔が向いているせいで、厄介なのよ」


 そんな面倒な相手だが、好都合な点が一つだけあり、基本的に空洞には一体しか発生しないらしい。

 そしてこの広く長い空間には、数本の横道が繋がっている。


 つまりあの大顔の悪魔が近くに居なければ、横道から空洞に入り違う横道まで進むこともできるということだ。

 その悪魔の位置を知る方法が、この耳障りな笑い声であると。


「北側の中部屋経由だと、犬と火頭が多くて時間がかかるのよ」


 火頭というのは、燃え盛る屍人を引き連れた悪魔のあだ名だ。


「なるほど。あれが奥に居ると、楽に進めるというわけだな」

「ええ、そういうことよ」

「試してみたい話だが、今回はちょっと止めておくか」


 明らかに調子を崩したソラを連れて、そんな危険に挑むのは無茶である。

 一行は本日の探索はここまでにして、階段まで引き返すことにした。


 帰りの道中でモンスターに出くわすこともなく、無事に安全地帯へたどり着く。

 青い髑髏の鍵で開いた扉の先に複数の気配を感じとった双子が、用心するように手を上げる。

 しかし、即座に嫌そうに顔をしかめた。


 洞窟の中に居たのは、数名の同業者たちであった。

 それぞれが、小さな折りたたみの椅子に腰掛けてくつろいでいる。

 その内の一人がトールたちの姿に気づき椅子から立ち上がって、嬉しそうに声をかけてきた。


「お久しぶりです、トール様」


 耳朶を打つ柔らかなその声は、聞き覚えのあるものだった。



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【コミカライズついに145万部!!】
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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、追いつかれた
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