第三の階層
三日後、準備を整えたトールたち七人は廃棄された地下監獄へ向かった。
飛竜艇は定員五人なのだが成人男性が基準のため、女性や子どもが多い場合は少しばかり乗客を増やすことも可能である。
「ほんとーに、そんな薄着で平気なんですか?」
「これで十分よ。なんならもっと脱ぎたいところね」
「天幕とか寝袋も持ってきてませんけど、そっちも大丈夫です?」
「ええ、安心なさい。ちゃんと代わりの品はあるわよ」
「えっ! キーねーちゃん、ぽむぽむベッドないのか?」
「だからいらないって言ったでしょ。おバカ」
子どもに可愛い名称で呼ばれているのは、階段の段差に合わせて展開できる折りたたみ寝台である。
よく弾むのでムーのお気に入りであったが、枠組みが鉄製なのでそれなりに重い。
それらの荷物を減らしたのも、多めの人数が乗れる助けになったようだ。
無事に砦前の地面に降り立った一行は、顔馴染みの冒険者らに挨拶してから沼の中央へと向かう。
ソルルガムら真銀級の頑張りに加え、腐敗に強い紅樹が隣街のボッサリアから安定して供給されるようになったおかげか、泥道はずいぶんと歩きやすくなっていた。
地下一階で白い髑髏の鍵を使い、六階まで続く階段を一気に下る。
そして白い扉から出ると、すぐ隣にある青く錆びた扉へ向かう。
第二階層の肌寒い空気に触れたキキリリはわずかに体を震わせた後、同行者らの格好をチラリと眺めた。
そして羨ましげに言葉を漏らす。
「それ良いわね。ちょっと惜しいことをしたわ」
さらなる深層へ挑むのに合わせて、トールたちの装備も一新されていた。
といっても増えたのは、主に黒金剛石関連の品だけだが。
大きく見た目が変わったのはトールだ。
その身を包むのは、やっと完成した赤い竜鱗の鎧である。
剣を持つ右腕の肩には大きな紅玉が取り付けられ、反対側には蒼玉、さらに胸の中央には心臓を守るかのごとく黒い硬玉が、それぞれまばゆい光を放つ。
まるで最初からそこに埋め込まれていたかのような自然な仕上がりで、素人目では細工した形跡が全く見当たらない出来栄えだ。
これまでの白銀の蛇革製の鎧もそれなりに派手であったが、新たな装具は目を惹く宝玉たちのせいもあって輪をかけて際立っていた。
だがそれは、トールの堂々とした佇まいによく似合っている。
背にはすっかり馴染んだ青いツギハギの蛇皮マント。
腰の剣は金剛鉄がまだ足らず、真銀製の片刃剣のままである。
もちろん予備の腐屍龍の牙の剣鉈も健在だ。
ソラは今回、胸当てをせず通気性の良い沼地蜘蛛の糸で編んだゆったりとしたローブのみ。
胸元には状態の異変を防ぐ蒼玉の首飾り、髪をまとめる青いリボンと落ち着く色合いの組み合わせである。
そして白い指を飾る黒い金剛石の指輪が、一点だけ異彩を放っていた。
少女と同じようにユーリルも蜘蛛糸製のローブだが、こちらは体のシルエットが分かりやすいスッキリとしたデザインだ。
編み上げた銀の髪は蒼い宝玉の額冠で美しく飾られ、その胸元には灰色の氷晶石の首飾りが落ち着いた輝きとともに揺れている。
さらに右手の中指のみで留められた手甲には、目立つ黒い宝玉がついており、鮮やかなアクセントとなっていた。
最後に全身を白い獣の毛皮で覆ったムーだが、足元は紫縞の雷獣の靴、金の巻き毛には小さな王冠とお気に入りで固めてある。
そして虫かごをたすき掛けにぶら下げ、首元には甲虫を模した黒金剛石の首飾りと小さな革の巾着が揺れている。
ご機嫌な顔のまま、子どもはくるくる回る光の輪っかを得意げにかぶってみせた。
「じゃあ行くわよ」
豊かな腰回りに交差させた革帯に並ぶ小物入れから、キキリリが小さな青い髑髏を取り出す。
くぼみに押し込んで取っ手のように引っ張ると、分厚い扉は軋みながら開いた。
その先を覗き込んだソラとムーは、思わぬ光景に驚いて目を丸くする。
そこは意外なことに天然の洞窟のようであった。
これまでのような人の手で造られた石の壁は見当たらず、側面や天井は赤みを帯びた岩肌が剥き出しとなっている。
床もへこみや出っ張りがあるだけで、階段とは程遠い有り様だ。
ただ傾斜はそれなりにあるが、通路の幅は広く先へ進むのにさほど苦労はなさそうでもある。
一行は黙々と地の底へと続く洞窟を下り始めた。
つるつると滑らかな手触りの床や壁のせいでユーリルとムーが何度か転びかけたが、一時間足らずでなんとか十階分を歩き終える。
行き止まりの扉が見えてきた時点で、目ざといソラが弾んだ声を上げた。
「うわー、なにあれ? 楽しそー」
それはやや狭くなってきた通路の天井へ、横切るように掛けられた布たちだった。
束ねた布の両端は、岩壁に突き刺さった鈎にしっかりと結ばれている。
四角い石をわざわざ積み上げた人工の壁ではないので、遠慮はなかったのだろう。
それらは、どうやら吊り寝具とでも言うべきものであった。
乗り心地の良さそうな寝床を前に、ムーが大きく飛び上がってくるくると回りだす。
「トーちゃん、はやく! はやく! ムーをのせて!」
「落ち着け、ほら」
担ぎ上げて吊り寝具に乗せてもらった子どもは、すぐに左右に体を揺らしながら大声で笑い出す。
よく見れば壁際に小さな梯子が立て掛けてあり、これを使って上り下りするようだ。
その下の岩壁にも鈎がいくつも着けられており、荷物が引っ掛けられるようになっている。
「ソラ、魔石灯もここに置いていけばいいわ」
「そうなんですか?」
「ええ、この先は邪魔になるだけよ」
そう言いながらキキリリは突き当りの扉に青い髑髏をはめ込むと、一気に開いてみせた。
同時に熱気と鈍い光が、その向こうから漏れ出してくる。
扉の奥に広がっていたのは、赤茶けた岩肌が剥き出しとなった荒涼たる風景だった。




