手こずる探索
幸いにも石棺の蓋は閉じてなかった。
地下十一階に下り立ったトールたちは、周囲のモンスターの掃討と地図作りを開始する。
氷柱を撃ち出す鋼人形を駆逐しながら、きっちりと通路を端まで回って見落としなく埋めていく。
「うーん、けっこう広くなってるねー」
「ほんとだな」
十階の地図と重ねてみると、三割ほど広さが増しているようだ。
ただし北半分は悪霊どもがうろつき回る大部屋なので、そこはもう調べる必要はない。
慎重に時間をかけたせいもあって、この日は十一階の探索だけで終わった。
「ただいまー。ダンジョンの中なのに、ここに戻るとホッとするよねー」
階段に荷物を下ろしたソラは、とっくに冷えてしまっていた発熱盤の魔石を交換する。
それから上に置きっぱなしだった鍋の中身、かぶと青豆のシチューを味見して満足気に頷く。
「うん、いい感じに煮えてる煮えてる」
出発前に仕込んでおいた一品だが、魔石が切れるまでにちょうど良い加減で煮込まれてくれたようだ。
白いふわふわのパンに切り目を入れてバターを挟んでから、再び温まりだした鍋を囲むように並べていく。
昼食や間食は歩きながら手早く済ませるものばかりなので、せめて晩ごはんはしっかりと味わいたいというのがソラの主張だ。
「ソラさんも、すっかり手際よくなりましたね」
手にした黄金色の果実の皮を包丁で器用に剥きながら、ユーリルが嬉しそうに呟く。
その言葉を聞いた少女は、得意げに胸を張ってみせた。
「えっへん。冒険者らしくなってますか?」
「ええ、もうどこに出しても恥ずかしくない立派な冒険者ぶりですよ」
なんだか母子のような会話に、二人は目を合わせて微笑みあった。
美味しい夕食を済ませた一行は、三つの寝台にそれぞれ横になる。
トールと一緒になったムーは、枕元に並べた虫かごと縞模様の革製の箱をうっとりとした顔で眺めた。
蛇革の箱の中身は天威の雷環だ。
無理やり外させると駄々をこねるのは明らかだったので、ユーリルが逆の発想でムーを説得してみせたのだ。
綺麗すぎて誰かに盗られるかもしれないと教えられた子どもは、使わない時は常に祭具を箱に仕舞っておくようになっていた。
さらに自主的に後片付けをすることも多くなり、ユーリルのアイデアは見事に功を奏したといっても良いだろう。
大切な宝物をそばに置いたまま、トールの腕の中でムーはぐっすりと朝まで眠った。
迷宮に入って三日目。
トールたちは地下十二階の探索に着手した。
「ハァハァ。さすがに数がふえてきたねー」
「ああ、ちょっと休むか」
この階からは、さらに鋼人形の数が増えていた。
天井の小型の人形が次々と増援を呼ぶので、ユーリルの魔技の足止めが間に合わず厳しい場面も多々あった。
「ユーばあちゃん、さむくないか? ムーがあたためてやるぞ!」
屈んでもらったユーリルの背中を、子どもが赤くなった小さい手で懸命に擦り上げる。
白い息を長く吐いた銀髪の女性は、心地よさげに耳先を揺らしてみせた。
この日は十二階の地図作りを半ばにして引き揚げる結果となった。
翌日の四日目。
地下十二階の地図の残りを仕上げに行こうとしたら、石の棺が閉まっていた。
通路を探してみると、聞いていた通りの白い軍服姿の悪霊を見つける。
鋼人形を綺麗に片付けてから、抜剣したトールが静かに近づく。
抜身の剣をぶら下げた男の姿に、骸骨は驚いたように顎の骨を上下させたかと思うと、慌てた様子で振り向いて逃げ出した。
「いったぞ、ソラ」
「まっかせてー!」
丁通路の角には、すでに少女が待機していた。
杖を掲げて道を塞ぐように立ち塞がる。
驚いて反対側の道へ逃げてくれれば成功で、仮に攻撃してきたとしても体の一部を<消去>して脅かせばいい。
突き当りまで来た看守長の亡霊は、チラリとソラの顔を眺めたあと、勢いを緩めることなく正面の壁に突っ込む。
そして煙のように壁の中へと消え失せた。
「えぇぇぇー、そんなのあり?」
「幽霊だから、そんな手も使えるのか」
結局、この日は夕方いっぱいまでかかって、なんとか石棺の部屋に元看守長を追い込むことに成功した。
途中、あまりの面倒さに、あの温和なユーリルでさえ杖を無言で持ち上げるシーンが何度かあったが。
これで十一階へは簡単に行けるようになったものの、そこで時間切れである。
翌日、昼過ぎにやってきた天嵐同盟と少し会話してから、トールたちは地下の監獄から退散した。
三日ほどゆっくりと気持ちと体を休め、また入れ替わるように迷宮へ潜る。
十階の階段にキキリリたちが残っている場合は鉄格子を中から開けてもらえるので、わざわざ遠回りをして鎖部屋まで行く必要がなく半日ほど時間を短縮できるからだ。
ちなみに階段下の鉄格子の方は基本は開きっぱなしであり、人の手で鎖を引かないと閉まることはない。
午後半ばに階段へ到着したトールたちは、引き上げようとしていたチルと情報を交換してから寝台を譲ってもらう。
翌日、やっとのことで地下十二階の地図が完成した。
夕食を済ませたあと、さっそく三人で見比べてみる。
「あまり変わりはないようですね」
「ですね。他に仕掛けらしいのもありませんでしたし」
「結局、大きい部屋の鉄格子ってどうやって開けるんだろうねー?」
十一階と十二階は北側が大きな囚人部屋一つのみで、南側は入り組んだ看守区域と、まったく同じ構造であった。
ともに引っかかるような場所はなく、大部屋の出入り口を塞ぐ鉄格子に関しても不明のままだ。
もっとも、わざわざ危険な部屋に入る意味もないが。
「まあ、これで心置きなく十三階の探索ができるな」
「うん!」
「ええ、明日も張り切っていきましょう」
「ムーもちょびっとだけがんばるぞ!」
そして次の日、閉まっていた石棺を見たトールは、思いっきり蓋を蹴りつけた。




