宝玉の効能
「お教えしたいところですが、まずはあちらへどうぞ」
立て続けに強大な脅威を打ち破ってみせたトールは、今やこの境界街でもっとも注目を集める人物と言っても過言ではない。
それが人目につきやすいカウンターの前で、副局長まで呼びつけて喋っているのだ。
タイミング良く戻ってきたエンナの言葉に、ようやくトールは周囲のざわつきぶりに気づいた。
「英雄様が局長になんの用なんだ?」
「そりゃ待遇の改善とかじゃねえの」
「下積みが長いからな、トールさんは。俺たちの苦労もたっぷり分かってくれているはずだぜ」
「しっかし副局長って、やっぱり嫌われてんだな」
「口を開けば偉そうな説教しか言わねえし、そりゃ当然だろ」
ちらほらと混じる辛辣な言葉に、ニックスの顔色はたちまち赤く染まっていく。
口さがない冒険者たちを精一杯睨みつけた後、副局長は怒りに肩をこわばらせながら自分の席へ帰っていった。
トールたちもエンナに促され、奥の一室へと案内される。
大きなソファーを目にしたとたん、ムーが駆け寄って飛び込んだ。
何度も体を弾ませた子どもは、こぼれるような笑みを浮かべる。
お絵描きを早めに切り上げさせられて斜め気味だった機嫌は、一瞬で直ってしまったようだ。
「ムーちゃん、たのしい?」
「うん!」
「でも、よそのお家でやっちゃダメだよー」
「そっかー。ちゃんときょかがいるのか」
よく分からない納得の仕方をしたムーは、ユーリルの膝によじ登ると今度はそこで体を揺らしだす。
「ユーばあちゃんもふかふかだな!」
「ふふ、ムムさんもふかふかですよ」
氷が溶けるような笑みを返したユーリルは、子どもの金色の巻毛をそっと撫でつけた。
全員が席に着いたところで、向かい側のソファーに腰掛けていた初老の男性が帽子をとって挨拶してくる。
「この度はご指名いただき、誠にありがとうございます」
丁寧に頭を下げてみせたのは、ボッサリアで銀細工の店を構える職人ハイラだ。
黒を基調にしたスマートな服に身を包み、白髪交じりの髪は丁寧に撫でつけられている。
背筋を綺麗に伸ばした姿からは、紳士然とした雰囲気が感じ取れた。
「こちらこそ、わざわざお越しいただいて申し訳ありません」
「いえいえ、これほどの誉れ高い仕事となると、来ずにはおられませんよ」
楽しそうに踊る眼差しから、その言葉が本心であるのは間違いないようだ。
強引に呼びつけてしまったことを心配していたトールは、安堵の息を少しだけ漏らした。
「それで本日のご注文ですが、奥方様がたに装身具をご所望とお伺いしております」
「ああ、それなんですが――」
「お待たせしました」
タイミング良く入ってきたのは、平たい木箱を抱えたシエッカだ。
軽く頭を下げながら、ローテーブルの上に箱を置いて蓋を取る。
中から現れた輝きに、ハイラは感じ入ったように声を漏らした。
「…………これほど見事な黒金剛石を見るのは初めてです」
これらの宝石は以前にトールたちが宝玉蟻の巣で入手したのを、売り払わずに預けておいたものだ。
黒金剛石を筆頭に、七色にまばゆい金剛石や真っ赤な紅玉石、海の色を宿したような蒼玉石まで揃っている。
燦然と放たれた光に、ムーやソラまでも動きを止めて見入ってしまう。
「こちらを使って、装身具を何点か作っていただきたいのですが」
「承りました。どちらの石を――」
「ムーはだんぜんくろだなー」
「うーん、赤もいいけど虹色もすてがたいねー」
「灰色がないのが残念ですね」
口々に声を上げ出した女性陣に、職人の男性は穏やかな笑みを浮かべながら頷いてみせた。
おそらくこういった反応には慣れているのだろう。
少しだけ考え込む顔になったハイラは、落ち着いた口調で問いかけてきた。
「失礼ですが皆様がたはこちらの宝玉の効能について、あまりご存じないとお見受けしますが」
「えーと、蒼玉蟻のはなんか防いでくれるんだよね」
「俺が知っているのもそれくらいですね。不勉強で申し訳ない」
「いえいえ。では僭越ながら、少しばかりお教えいたしましょう」
銀細工師の言葉によると、モンスターである宝玉蟻の核の一部には魔力がこもっており、通常の宝石とは違った特別な効果が付随することがある。
特に有名なのは蒼玉石で、状態の異常を撥ね退ける効能を有しており、先日の魔女との戦いで存分に力を発揮してくれたばかりだ。
その他の石だが、まず紅玉石には所有者の身体能力を高める働きがあるらしい。
ただ恐れ知らずになりやすい影響も与えてしまうので、その辺りは注意すべきとのことだ。
次に金剛石だが、この石が持つ効能は不変。
蒼玉石と似たような印象を受けるが、こちらは主に物理的な変化に強いらしい。
具体的には暑さ寒さなどの影響を、大きく防いでくれるとのことだ。
さらに黒金剛石は、それに加え衝撃などからの変化にまで及んでくると。
「はー、そうなんだ」
「そんな便利な品だったとはな。どうりで高値がつくはずだ」
「ええ、ただ懸念すべき点もございまして」
それは同時につけすぎると、互いの効能が存分に発揮されないという問題であった。
そのためある程度、離しておく必要があり、頭部、胸部、手足の末端あたりの距離が理想であるらしい。
「髪飾りや耳飾り、それと首飾りに腕輪といったとこか」
「はい、そうなりますね。それを踏まえて皆様がたのご要望をお聞かせ願えればと」
まずユーリルだが、すでに蒼玉石の額冠と氷晶石の首飾りを身につけている。
「でしたら、私は腕飾りですね。ただあまりつけ慣れてないので、軽めのものでお願いしたいです」
「かしこまりました。それでしたらこんな風な品はいかがでしょうか?」
頷いたハイラは、取り出した手帳にスラスラと意匠を描き留めて差し出してくる。
見せられたデザインを気にいったのか、ユーリルは嬉しそうに二度ほどまばたきしてみせた。
次にムーだが、頭はすでに王冠と輪っかで渋滞状態である。
残った場所は腕と胸元であるが、子どもとチラリと目を合わせた職人はまたたく間にデザインを描き上げる。
「お嬢様には、こちらでいかがですか?」
見せられた考案に、ムーの紫の瞳が最大限に輝いた。
体を大きく弾ませると、腰の虫かごを叩いて言い放つ。
「かぶと虫かー。じいちゃんわかってるなー!」
そこに描かれていたのは、甲虫をモチーフにした首飾りであった。
的を射た意匠にトールが思わず眉を持ち上げると、老職人はこっそりと笑ってみせた。
「いえ、先ほど楽しそうにお絵描きなされていたのを拝見しておりまして」
どうやらロビーでの落書きをしっかり目撃されていたようだ。
最後はソラであるが、こっちは胸元の蒼玉石の首飾り以外は空いている状態だ。
ただ本人は、少しばかり悩んでいるのか、何も言わず宝石を眺めている。
ソラの髪を縛る大きな青いリボンをチラリと眺めた銀細工師は、隣に座るトールへ視線を移し、それから再び少女の顔を見つめた後、サラリと手帳にデザインを描き起こす。
「どうでしょう、こちらで?」
差し出された手帳の中身に、少女は大きく目を見開く。
そして何度も頷いた後、期待を込めた眼差しをトールへと向けた。
「これ、いいかな? トールちゃん」
静かに息を吐いたトールは、やれやれといった感じで顎の下を掻いた。
「ああ、好きにしろ」
「やったー!」
そこに描かれていたのは、小さな指輪のデザインであった。




