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くたくたな一日


 その後、二時間かけて十一階の大部屋の壁を探ったトールたちだが、鉄格子を開く仕掛けを見つけることは叶わなかった。

 落とし穴も最初の一つのみである。


 あとは部屋の床を虱潰しに調べるしかないのだが、問題はうろつき回るモンスターどもだ。

 悪霊はあらかた退治できたものの、延々と再生し続ける鰐骨をどうすることもできない。

 それに、いつ囚人の霊どもが再発生するか分からない。


 悩んだ末、トールたちはさらに下へ進むことにした。


「あれ、もしかして女の人かな?」

「また毛色が変わった相手だな」


 十二階の大部屋を徘徊しているモンスターは、これまで同様、実体のない亡霊たちだった。

 ただし目立った変化が二点。


 一つ目は、ぼろぼろになった黒いドレスを身にまとっていること。

 そうしてもう一つ。

 長さはまちまちだが、悪霊たちの頭骨からは髪の毛らしき束が垂れ下がっていた。

 

 部屋の変化は他にもあった。

 壁のあちこちに茨のような植物が張り付いていたのだ。

 こちらは亡霊ではなく、ちゃんと生きた存在だ。

 ところどころに黒い小さな花弁を開く蔦の様子に、ソラは感心した声を上げた。


「こんなところにもお花が咲くんだねー」

「いや、たぶんあれも罠だぞ」

「もしくは、モンスターかもしれませんね」


 すっかり疑り深くなっていた二人だが、果たしてそれは正解であった。

 剣を構えたトールが近づいた瞬間、いきなり黒い花が花粉を撒き散らしたのだ。


 その範囲は思った以上に広く、わずかだが吸い込んでしまう。

 とたんに足がふらつき意識が飛びかけたトールだが、辛うじて<復元>が間に合い飛び退る。

 あとほんの少し遅れていたら、確実に花の近くで昏倒していたであろう。

 呆れたように首を横に振ったトールは、三人へ指示を伝える。


「こいつは危険すぎるな。距離をとって迂回していくぞ」

「はーい。行くよ、ムーちゃん」

「むぅぅ……」

「そろそろ、どこかで長めの休息が欲しいですね」


 朝から移動と戦闘の繰り返しだったせいか、子どもの体力は底をつきかけてきたようだ。

 ソラの服の端を掴むムーの瞳は、何度もまぶたが落ちかけては元に戻る有り様である。


「よし、あの角までいって休みましょうか」

「あと少しだよー、ムーちゃん」

「むぅぅ……むぅぅ……」


 比較的、モンスターの少ない北西の角を目指した一行だが、当然のごとくモンスターが行く手を遮る。

 フラフラと邪魔にうろつき回る死霊へ、トールは一気に距離を詰めた。

 

 ただ生気を発している以上、屍骨系のモンスターに奇襲は成功しない。

 振り向いた骸骨は、唐突に大きな変貌を遂げる。


 湧き出す水のように皮膚が浮かび上がり、一瞬にして人の姿を取り戻したのだ。

 生前はかなり美人であったかもしれない細い顔立ちだったが、残念なことに眼球や唇は失われたままなので、逆に不気味さは増している。


 思わぬ変わり様に動きを止めたトールへ、女の亡霊は大きく口をパックリと開けた。

 その黒々とした喉奥から、凄まじい悲鳴が発せられる。

 近距離でその絶叫を浴びてしまったトールは苦痛に顔を歪め膝をつきかけるが、今度も寸前で持ち堪えた。


 そのまま腕を伸ばして近寄ってきた死霊を、一息に斬り刻む。

 騒がしい背後の音に振り向くと、子どもが床を転げ回っていた。

 その隣でユーリルも、耳を押さえて苦しそうに顔を歪めている。

 ソラだけは顔をしかめる程度で済んだようだが、人一倍の感覚を有するムーとユーリルには厳しかったようだ。


 慌てて駆け寄って、<復元>で二人を戻してやる。

 むっくりと起き上がったムーは、紫の瞳に怒りをたぎらせて地団駄を踏んだ。


「もう、こえおっきすぎるでしょ! もうもう! むぅぅうううう!」


 どうやら半分眠っていたところを起こされて、機嫌がさらに悪くなってしまったようだ。

 その後、北西の角で一時間ほど交代で仮眠をしてから、トールたちは十二階の大部屋の探索を続けた。


 昏倒させる花粉を撒く茨を避け、女の叫霊はトールが斬り殺すかソラが頭部を狙って消し去っていく。

 亡霊の絶叫に関しては、ユーリルが簡単だが効果的な対処法を思いついてくれた。


 あらかじめムーの耳を手で塞いでおき、その感覚を皆と同調させたのだ。

 これで戦闘中でもトールやソラの両手は自由に使えるし、わざわざ耳栓を着け外しする手間もない。

 

 この階も面倒な相手ばかりであったが、夕方近くになんとか探索を終える。

 出入り口は、上と同じく鉄格子に阻まれた一箇所のみ。

 壁の大半は厄介な蔦のせいで未確認だが、お目当ての物は中央付近で見つけ済みだ。

 大きくため息を吐いたソラは、うんざりした顔でポッカリと足元に開いた穴を覗き込む。

 

「まーたいっぱいいるよ、トールちゃん」


 十三階の大部屋は、真っ黒な甲冑を着込んだ亡霊どもの棲み家であった。

 しかもなぜか室内なのに、骨だけになった馬にまたがっている。


 鎧の擦れる音と蹄が石床を叩く響きで、かなり騒がしい部屋だ。

 ただ鎧兜という実体がある分、戦い方はずいぶんと楽になる。

 剣が通用しにくい相手ではあるが、氷と冷気が通じるようになったのだ。


 馬を失い鎧がへしゃげてしまうと、中身はいつもの悪霊である。

 数も上の二部屋に比べると明らかに少ないため、二時間ほどでだいたい調べ終えてしまった。


 そしてとうとう南東の角で、トールたちはお目当ての物を見つける。

 隅の柱の飾りの一部が動いたのだ。

 同時に軋んだ音が、壁沿いに伝わってくる。

 上がりきった鉄格子を前に、トールは深々と肺の底から息を吐いた。


 その後、長い真っ直ぐな通路を進んだ一行は、上へと続く階段へ行き当たる。

 十二階から十一階へも、さほど遠くない場所に上がり階段が見つかる。


 そして十一階。

 たどり着いたのは夜半過ぎとなっていた。

 限界が近づくソラと限界をとっくに超えたムーとユーリルの体力を<復元>で戻しながら、トールたちは地図を作りつつ上へ向かう階段を探す。


 夜明け近くに見つけたのは、行き止まりの細い昇り階段であった。

 重い石の蓋で、階段を上りきった先が塞がれてしまっている。


 魔石灯を掲げて調べてみると、それらしい留め具があった。

 外してから、力を込めて持ち上げつつ横にずらす。


 顔を覗かせた先は、見覚えのある部屋であった。


「あ、ここってここだよ! ほら、ここ!」


 興奮したソラが地図で指し示したのは、十階の南にある小さな部屋だった。

 石棺が数個並んでいただけで他には何もなく、安置室とだけ書き記されていた。

 トールたちが顔を突き出していたのは、その棺の一つからであった。


「……こんなところに階段が隠してあったのか」


 現在の位置が分かれば、あとはそう難しくない。

 なぜか看守の鋼人形の姿もなく、トールたちはようやく一日ぶりに階段へとたどり着く。

 それとなぜか寝台の数も増えていたが、気にかける余裕もなく全員が倒れこむように眠りについた。


 数時間後、何かの気配を感じ取ったトールは静かにまぶたを持ち上げた。

 警戒しつつそっと視線を向ける。

 そして掴んでいた剣の柄を、思わず強く握り直す。


 そこにあったのは、こちらをじっと覗き込む紫に光る二対の瞳だった。



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