拷問部屋の罠
「怪しいとなると、この部屋ですね」
「ええ、まず壁のあれから調べましょうか」
十一階への階段を見つけられなかったトールたちは、鉄格子が並ぶ北側の一画へと出向いていた。
初見ではモンスターが見当たらず、わざわざ中に入って詳しく調べなかった牢屋が一つ残っていたのだ。
やや広いその部屋は牢獄ではあったが、別の用途に使われていたようである。
奥の石壁には、鉄の輪が先端についた短い鎖が数本ぶら下がっている。
鉄鎖の位置は高く、トールの肩が辛うじて届くほどだ。
左側には大きめの石の台が壁に沿って置かれており、その上には何かを吊るしておく鈎だけが並んでいた。
さらに部屋の片隅には、場にそぐわない大きな暖炉。
どう見ても暖を取ってくつろいだり、シチューを煮込むためのものではなさそうである。
そして極めつけは床だけでなく、壁の至るところに残された赤黒い染みだ。
改めて見直すと囚人の霊が存在しない理由が、よく分かってしまう雰囲気がこの部屋のそこかしこから感じ取れる。
もっともソラはその石の台や暖炉の目的を勘違いしたようで、地図には台所と記されていたが。
「鎖は動かないな。これじゃないのか」
「暖炉の中も狭すぎてムリだねー。ムーちゃんなら、がんばれば行けそうだけど」
手枷を引っ張ってみたり、いろいろと覗き込んでみたもののそれらしい仕掛けはない。
壁を念入りに叩いて音を確かめていたユーリルも、残念そうに首を横に振る。
「少し響きがおかしいのは確かなのですが、どこかが分からなくて……」
顔を寄せ合って、三人は考え込んでしまう。
そこへ虫かごを掲げた子どもが、勢いよくトールの足にぶつかってきた。
「こまったらムーにおまかせだ!」
得意げな顔で、またもかぶと虫を掴み出す子ども。
紐をつないで離すと、たちまち自由となった昆虫は部屋中を飛び回った。
だが特に定まった目的地はないようだ。
壁の拘束具に止まったかと思えば暖炉へ飛び立ち、部屋の中央を気まぐれに周回してみせる。
おかげで紐を握っていたムーも、部屋中あっちこっち連れ回されてしまう。
挙げ句、最後は自分の頭の天辺で翅を休めたかぶと虫に、子どもは顎に手を当てて言い放った。
「むむぅー、どうやら、このなぞはめいきゅういりだなー」
「どこでそんな言葉覚えてくるんだ」
「あ、トールちゃん、見て!」
いきなりソラが弾んだ声を上げて床を指差す。
そちらへ視線を向けたトールも、すぐに変化に気づく。
ホコリまみれの床には、ムーが通り過ぎたあとがそこかしこに残っていた。
ただ中央に近い石畳の一つだけ、なぜかホコリが積もったままなのだ。
子どもの足跡は石畳の手前まで続き、そこでいったん途切れてしまうが、また反対側で復活している。
不自然なホコリの謎は、近寄ってみるとすぐに判明した。
「これはホコリじゃないな」
「うん、これ石の模様だね。うまく考えてるねー」
どうやらこの石畳だけ、埃っぽい模様がついていたようだ。
近寄ればすぐに分かるが、薄暗い地下牢という環境もあって、遠目では見事に溶け込んでしまっている。
「ふむ、怪しいな」
「あやしいねー」
「怪しすぎますね」
というわけで三人に離れてもらい、トールが色違いの石畳へ足を載せてみせた。
片足で踏んだ瞬間、石畳がわずかに沈み込み、同時に床が一時に消え失せる。
ただしその場所はトールの足元ではなく、奥の壁際であったが。
たまたまそこに立っていたソラが、床の崩落に巻き込まれ――。
「ソラ!」
「だ、だいじょうぶだよー」
壁の手枷に掴まって宙ぶらりとなった少女の姿に、トールは安堵の息を深々と吐いた。
急いで駆け寄って抱きとめる。
「今のよくしのいだな。えらいぞ」
あの瞬間、とっさに杖を手放して鎖にしがみついてみせた少女の判断に、トールは驚きつつも優しく腕をその背に回した。
トールの肩に顔を埋めたソラは、力を込めて抱き返してくる。
「すまなかったな。こういう時こそ<予知>を使うべきだった。俺の失態だ」
「ううん、今のはしょうがないよー。あー、トールちゃんのにおい落ちつくなー」
石の台のそばに居た二人も近寄ってきて、トールと同じくソラの背を撫でる。
「もー、びっくりしたなー。ソラねーちゃん、だいじょぶかー?」
「ふう、素晴らしい反応でしたね、ソラさん。無事で何よりです」
ユーリルとムーに笑いかけた少女だが、その拍子に自分が落ちていたかもしれない場所の光景が目に飛び込んでしまったようだ。
即座に、その笑顔が引き攣ってしまう。
「えっ、えー。な、なんかすごいね……」
床の穴から覗いていたのは、なんともおぞましい眺めであった。
広々した空間の端のほうは闇に消え失せて、その終わりを見届けることができない。
かなり広い部屋のようだ。
そして魔石灯の淡い輝きに浮かび上がっていたのは、床を徘徊する無数のモンスターの姿だった。
四本の足を地につけて、耳障りな音とともに歩き回る骨ども。
長い尻尾や伸びた顎から見るに、どうやら大きなトカゲの骸骨と思われる。
さらに馴染みとなった闇技使いの巨大な悪霊も、行くあてもない足取りであちこちをさまよっている。
穴に首を入れて真下の部屋をつぶさに観察したトールは、呆れた声で呟いた。
「少なくとも三十体以上は見えるな。準備もなく落ちてたら、まず間違いなく終わりだったぞ」
「はー、危機一髪だったんだねー」
「なんとも悪辣な罠ですね。しかも、間接的に手を下したのが見知った仲間となれば……」
再び目を合わせて考え込む三人に、ムーが無邪気な声で尋ねる。
「なー、トーちゃん、ここおちるのか?」
しばし黙ってしまったトールだが、顎の下を掻きつつ結論を出す。
「そうだな。他に道もないし、ここを行くしかないようだな」




