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段上の揉め事


 いきなり叩きつけられた言葉と行動に、トールたちは思わず動きを止めた。

 輝きを放つ祭具をこれみよがしに掲げた双子の姉は、咎めるような眼差しを階段の上から向けてくる。


 キキリリの突飛な行動の真意が掴めぬまま、その視線を受け止めるトール。

 びっくり顔のソラは双子を交互に見つめ、ユーリルは小さく嘆息しながら耳先を揺らした。

 大事な祭具を奪われたムーは、きょとんとした表情で同族を見上げる。

 そして緊張した空気を物ともせず、のん気な一言を発した。


「ねーちゃんもそれもってるのか。ムーとおんなじだな。おそろいかー」


 その言葉に、ピカピカの輪っかを握ったキキリリはわずかに口を開きかけた。

 だが、拍子抜けした顔のまま何も言わず唇を閉じてしまう。


 またも、なんとも言えない間が生じた。

 ただし張り詰めた雰囲気は、その一瞬で消し飛んでしまったようだ。

 焦った顔でキョロキョロと互いを見回していたソラが、屈み込んで子どもに耳打ちする。


「えっとね。あれ、ムーちゃんのだよ」


 耳元で驚きの真実を告げられたムーは、またまた冗談をといった顔をした後、そっと自分の頭部へ手を伸ばした。

 幼子の手が何もない空間を何度か行き来してから、髪の毛をペタペタと触る。

 頭の上に落ちていないか確認したのだろう。


 お気に入りの装備品が消え失せていたことに、そこで子どもはやっと気づいたようだ。

 たちまち大粒の涙が、愛らしい紫の瞳に盛り上がる。

 

「…………それ、ムーの。…………かえして」

「えっ。何、この子!」


 焦りを帯びた声を発したのは、つい先ほどまで射るような視線を放っていたキキリリであった。

 自らの頬を伝う水滴に触れて、一転してうろたえた表情に変わる。

 

「クソッ。リリ、割り込まれた!」


 姉の背後にいた双子の妹が、急に低い声を漏らす。

 その目からも、幾筋もの涙が滴り落ちていた。


「…………うそ。……感情まで同調したの?」

「ダメッ。弾けない!」

「……ムーの、……ムーの」


 紫の眼から涙を流し続ける三人という異様な事態に、トールたちは戸惑った顔になる。

 涙で濡れた瞳を怒りにたぎらせたキキリリが、手にした輪っかを高く持ち上げた。

 

「これのせいで!」


 床に叩きつけようとしたその時、不意に地の底に風が吹いた。

 大きく見開いた目を、キキリリはすぐ隣に立つ男へと向ける。


 兆候は一切、感じ取れなかった。

 だがその男、トールは平然と階段の上に現れていた。

 さらにその手は、いつの間にかキキリリの手首を握っている。


「それは止めてくれ。壊されて大泣きされると、結構たいへんなんでな」


 びくともしない右腕と、それを押し止める男というあり得ない状況を、紫眼族の戦士は瞬時に受け入れる。

 空いていた左腕が躊躇なく腰の斧へと伸びた瞬間、トールの姿が掻き消えた。

 同時に手の内から、重みがもぎ取られた感触が伝わってくる。


「返してもらうぞ」

「えっ」


 視界を下方へ移すと、階段の下には何事もなかったようにトールが立っていた。

 そしてあり得ないことに、その手にはいつの間にか天威の雷環が握られている。

 

「ほれ、ムー」

「あー、ありがとう! トーちゃんだいすき」


 いつの間にかソラに抱きとめられていた子どもは、手渡された祭具をいそいそと頭に載せる。

 それから階段を見上げて、唇を尖らせた。


「もう、ひとものとったらダメって、がっこうでならったでしょ!」

「知らないわよ。行ったことないし」


 涙を拭いながら、キキリリは拗ねたような声で答えた。

 そこへトールが、顎の下を掻きながら問いかける。


「で、悪趣味ってなんのことだ? 詳しく教えてくれるか」


 その言葉に双子の顔が、露骨に面倒そうな顔になる。

 どうやらトールとは、まともに話す気はないようだ。

 埒が明きそうにもない事態を打開したのは、階段のさらに上から降ってきた声であった。

 

「おや、ユーリル殿、こんなところでお会いできて光栄です」


 軽やかな足取りで階段を下りてきたのは、顔見知りの男性チルであった。

 その背後に続く翠羽族の女性が、挨拶代わりにひらひらと手を振ってくる。


「元気~?」

「あ、チタさん。はい、元気ですよ」

「ちょっと今、取り込み中なのよ。邪魔しないでくれる?」


 横入りされて鼻白む口調で咎めるキキリリに、チルは呆れた顔になる。


「もしかして泥破りの英雄殿に喧嘩を売ったのか? お主ら、無謀にもほどがあるぞ」

「貴方に心配されるいわれはないわよ」

「喧嘩はダメだよ~」


 チタの間延びした喋り方に気分が削がれたのが、キキリリは舌打ちをしてそっぽを向いた。

 そしてわずかに身を傾けて、通れる隙間を空けてみせる。


「今回は見逃してあげるわ。さっさと――」

「英雄殿は、上まで戻るつもりか?」

「ああ、ちょっと早いが今日はもう六階で休むつもりだ」

「それは大変だな。では、ここで一泊するのはどうだ? 久しぶりに語り明かすのも悪くないと思うが」

「はぁ!? 何言ってるの、貴方」

「いや、ベッドの数が足らんだろ」

「詰めれば二人でも大丈夫だぞ、英雄殿。男どもは床で十分だろうし、あとは幸いにも皆、細身の方が多いと見受ける」

「勝手に決めないで。この寝台は"白金の焔"の物よ」

「ならば、この場の全員に資格はないということになるぞ」


 すでに所属が変わってしまった双子たちは、チルの言葉に揃って下唇を噛んだ。

 今度は気まずい空気が流れる中、ソラがいきなり可愛くくしゃみを発した。

 

 そこでここまで戻ってきた理由を、トールはようやく思い出す。


「悪いがそれは、また次の機会にさせてもらうか。ちょっと先を急ぐんでな」



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