ライバル登場
先頭を進むのは紫眼族の女性だ。
背の高さはトールとほぼ変わらない。
しなやかな身体はピッタリとした革鎧に覆われ、腰の左右には二丁の斧が下がっている。
片手用だと思われるが、その柄は足首まで届きそうなほど長い。
その背後、数歩遅れてまたも紫眼族の女性。
こちらも全くそっくりな装いである。
よく見れば顔形や背丈もよく似ているが、先頭の女性はくるくると癖の強い巻毛に対し、後ろの女性は綺麗な直毛だ。
二人とも金色が鮮やかに混じった黒髪で、巻毛は後ろに束ねてあり、直毛は首元で切り揃えてあった。
姉妹らしい彼女たちは、小窓から覗くトールには目もくれずに通り過ぎていく。
全く音を立てず滑るように歩くその足元は、鎧と同様に紫の縞目が入った革靴に包まれていた。
次いで姿を現したのは、見知った人物だった。
白銀の革鎧を着込み、背には大きな弓と腰には矢筒。
相変わらず、右腕だけが一回り太い。
弓士であるチルは一瞬だけ鷹の如く鋭い眼差しをトールへ向けた後、ニヤリと笑ってみせた。
その後ろには妹であるチタが続く。
兄とは違い手に持つ弓は小ぶりだが、綺麗な緑色をしている。
いつもの蛇皮の帽子をかぶった翠羽族の女性は、トールたちに気づくと手を上げてひらひらと軽やかに振ってみせた。
最後は蒼鱗族の男性だった。
こちらは数回ほど雷哮団の野営地で逢ったことがある真面目そうな人物だ。
群青色のくるぶしまで届きそうなローブを着込み、古びた長い杖を手にしている。
水使いのモルダモは、小窓を一瞥した後、何も言わず階段を下りていった。
「今のは天嵐同盟か。向こうさんもまだ第二階層の探索中なのか」
「なんか、すごい美人さんな人たちだったねー」
「あれが噂の双子だろうな」
いつの間にかトールにぴったりとくっついて小窓を覗き込んでいたソラが、感心した口ぶりで呟く。
先頭の二人は特徴からして、元"白金の焔"所属のキキリリとネネミミの姉妹で間違いないだろう。
性格は気ままだが、実力は折り紙付きであるとニネッサからは聞いていた。
「なかなかにバランスの取れたパーティでしたね」
同じくユーリルも、トールにもたれるようにして首を伸ばしていた。
こちらは遍歴の冒険者らしい着眼点だ。
壁役兼攻撃手の戦士と雷使いが前衛を務め、後衛は遠隔攻撃の実力確かな二人に回復役のベテランの水使いまで揃っている。
さらに風使いでもあるチタの強化もあるので、隙が見当たらないといった布陣である。
「まあ、うちもそうそう負けている気はしませんけどね」
トールたちは偏った編成でありながらも、各自の分担が綺麗に定まっているため行動に遅延がない。
できることが少ないという欠点が、逆に強みとなっていた。
もっともそれ以上に、各々のスペックが異常であるというのがとても大きいが。
そもそも一人少ないパーティで、平然と固定ダンジョンを探索してる時点で何もかもおかしいのだ。
しかもその中で上枝魔技を使えるのが一人だけと聞けば、大瘴穴を封じてみせた英傑たちでも呆れて首を横に振るだろう。
まだ結成してから半年少しであるが、よい形に仕上がりつつあるパーティに、トールは深々と頷いてみせた。
「では、俺たちも行きますか。上手く便乗されたみたいですが、急げば追いつけるかもって、何やってんだ? ムー」
振り向いたトールは呆れた声を上げた。
部屋の真ん中で虫かごを掲げたムーが、ぐるぐるとその場で回っていたからだ。
今にも泣き出しそうな顔の子どもは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらトールに訴えかけてくる。
「トーちゃん! くろすけがー! くろすけー!」
視線を上に向けると、かぶと虫はいつの間にか天井から下がる鎖をよじ登ってしまっていた。
全く手の届かない高みに至った家族を、ムーは悲痛な表情で見上げる。
どうやら、散歩用の紐をつけていなかったのがまずかったらしい。
軽く息を吐いたトールは、腰の剣を抜いた。
はたき落とそうと持ち上げた瞬間、なぜか子どもが勢いよく太ももに体当りしてくる。
「だめー!」
「ちょっと突けば落ちてくるだろ」
「めー! めー!」
腰にしがみついて、懸命に阻止してくる。
これまで散々、モンスターを斬り刻んできたので、その印象がどうにも強すぎたようだ。
だがすでにかぶと虫は、大人が手を伸ばしても届かない位置にいる。
顎の下を掻くトールと涙目のムーへ、ソラが得意顔でしゃしゃり出てきた。
「ここはわたしの出番だね! ムーちゃん」
そう言いながら埋れ木で作った新しい杖を振りかぶった少女へ、またも白い着包み姿の子どもが獣のような体当たりをかます。
「ころすきかー!」
「ごふっ! そ、それはこっちの台詞だよ……。み、みぞおちはダメ……」
こっちも散々、モンスターを爆散させたり、簡単に消し去ってきたのがまずかったようだ。
「もう! ちゃんとまじめにくろすけたすけて!」
「それだったら私に任せてくださいな。ね、ムムさん」
「ユーばあちゃん……」
近づいてきたユーリルが手にしていたのは、どこからか取り出した小さな果実であった。
美しい黄金色の光沢を放つその実に、ムーは生唾を大きく呑み込んだ後、プイッと横を向いた。
「ムーはいま、おやつをたべているばあいじゃない!」
「これはくろすけさんの分ですよ」
ニッコリといつもの笑みを浮かべたユーリルは、皮を少し剥いた果実を虫かごにそっと入れた。
たちまち甘酸っぱい匂いが溢れ、その効果が覿面に現れる。
黒い影が宙を横切ったかと思うと、かぶと虫はかごの中にあっさりと収まっていた。
果実に吸い付く虫の姿に、ムーは紫の瞳をまんまるに見開いた。
そして今度はユーリルに力強く抱きつく。
子どもの全力の体当たりを、銀髪の美女は柔らかく受け止めてみせた。
楽しそうに笑い合う三人に、トールは静かに息を吐いた。
つい他の冒険者に遭遇したことで、気持ちがはやっていたようだ。
ゆっくりと首を振って、方針の変更を伝える。
「今日はもう切り上げて休むか。十階に行くのは明日からでもいいだろう」
「はーい!」
「らいらい!」
虫かごを威勢よく掲げたムーだが、その視線が黄金色の果実をむさぼるかぶと虫へと移る。
よだれをたらりと垂らした子どもは、ユーリルの服の袖を引っ張りながら率直に尋ねた。
「ねー、ユーばあちゃん、もしかしてムーのぶんももってたりしない?」
「ええ、ありますよ。夕食の後に、皆でいただきましょうか」
「やったー!」
「うん、はやく戻ろう、トールちゃん」
和やかなパーティの会話からは、余計な気負いや恐れは微塵も感じ取れない。
頼もしい仲間の姿に、トールはもう一度深々と頷いてみせた。




