亡霊の死路
戦闘はあっさりと終わった。
まずユーリルが部屋の外から、対象を内部から凍結させる<凍全至獄>を撃ち込む。
動きが完全に止まったところで、トールが剣鉈を構えて部屋に入る。
あとは氷が溶ける前に、全身を斬り刻むだけだ。
一日一回しか使えず魔力も膨大に消耗する上枝魔技は、奥の手であるとの認識が強い。
だがユーリルの場合、<回数増加>で二回まで使用可能なうえ、魔力も有り余っているので、締めの戦闘などでもホイホイ使っていたりする。
魔技は使い込んで、慣れることが大事だというのが本人談だ。
ただ時折、自分のもたらした成果に、氷のような美貌が少しばかり緩んではいるようだが。
「金剛片が十個とは美味しい相手だな」
背中にも甲羅型の鋼人形が二体くっついていたので、本体分も合わせるとなかなかの収穫である。
回収を終えたトールは、鉄格子を調べていた二人に声を掛けた。
「どうです。進めそうですか?」
残念ながら部屋の主を倒しただけでは、道は開けないようだ。
しっかりと降りたままの格子を探っていたユーリルは、振り向いて残念そうに首を横に振った。
ソラはまだ諦めていないのか、なんとか自重をかけて鉄の棒を動かそうと試みている。
「むーん、だめだー。びくともしないねー」
「そうか。じゃあどこかに鉄格子を動かす仕組み――、おっと」
背中にしがみついていたムーが落ちそうになったので、トールは急いで手を添えた。
ニッコリと笑った子どもは、そのままもぞもぞと体を動かす。
またもかぶと虫の真似事かと思ったトールは、首根を掴んで肩まで一気に運んでやる。
そして部屋の中を探ろうと見回したその時、無邪気な呟きが耳に飛び込んできた。
「なんか、いっぱいブラブラしてるぞ、トーちゃん」
「うん?」
子どもの視線の先に目を向けたトールは、そこに小さな窓があったことに気づく。
ムーが辛うじて通り抜けられるほどの幅しかなく、さらにこちらも鉄格子ががっしりとはまっている。
どうやらその窓の奥が見たくて、子どもはトールによじ登ろうとしていたようだ。
注目すべき点は、その窓から見える隣部屋の光景だった。
大きさはここと変わらぬようだが、違う箇所が一つ。
その部屋の天井からは、複数の鎖がぶら下がっていた。
ムーと一緒に窓に近づき、内部を覗き込むトール。
出入り口は一つで、行き止まりの部屋のようだ。
ただ空っぽではなく、その天井からは十本以上の鎖がトールの頭に近い高さまで伸びている。
なんとも分かりやすい仕掛けに、トールは静かに息を吐いた。
二人の様子に気づいたのか、ソラたちも寄ってきて窓の向こうを眺める。
「あら、お隣があったんですね。これはまた……」
「ほー、鎖がいっぱいだねー。うーん、なんの部屋だろ。……かぶと虫を登らせて競う部屋?」
「ソラねーちゃん、するどいな!」
「ふふ、だてに冒険者生活も長くないよ」
実際、まだ半年チョイである。
「ほれ、地図を見せてくれ」
部屋自体は隣接しているが、出入り口には見覚えがない。
地図で確認したが、辿り着けそうな通路もないようだ。
その後、二時間ほどみっちり周囲を調べてみたが、結果的にこの区域とは繋がっていないことが判明した。
「となると、上の階に戻る必要があるか」
「あと残っているのは、六階の北東区域ですね」
「え、もしかしてあそこ!?」
思い当たる場所に、ソラは困ったように声を上げた。
「あそこってどこだ? ソラねーちゃん」
「ほら、お手々道だよ、ムーちゃん」
「あー、あそこかー」
お手々道とはその見た目の第一印象で、ムーが口走った名称だ。
新たな進路を定めたトールたちは再発生していた鋼人形を倒しつつ、まずは六階まで引き上げた。
その日は螺旋階段で一泊し、翌日、六階の中央通路を経由して囚人の死霊どもがうろつく区域へと足を運ぶ。
目的の場所へは一時間足らずで到着した。
「うわー、今日もいっぱいだね」
「おててだらけだなー!」
その通路の奥行きは、三十歩ほどだろうか。
大人が二人並んで歩けるほどで、両側には冷たく閉ざされた鉄格子がずらりと並んでいる。
厄介なのは、その牢獄の住人どもである。
彼らは死してなお、犯した罪の咎からは解放されていないらしい。
ほとんどの拘束をすり抜ける体を持ちながら、扉が閉まった牢屋からはなぜか出てこられないようなのだ。
一つの牢に押し込められた囚人は、十人ほどだろうか。
それら全員が鉄格子にしがみつき、その隙間から必死に外へ向かって手を伸ばしている。
そのせいでこの通路は、左右にずらりと透き通った腕が突き出す奇妙な眺めとなっていた。
さらに面倒なのは、その手が二倍以上に伸びるという点である。
むろん掠っただけで、生気はごっそりと持っていかれてしまう。
<電棘>で動きを一時的に止めることはできるが、生気の吸収自体は完全には止められない。
それに少しなら耐えることはできでも、数の多さは如何ともし難い。
いっせいに触れられれば、<復元>が間に合わずに衰弱死する可能性もあるだろう。
通るのが大変そうなので、調べるのを後回しにしていた場所だった。
「あ、あれ見て、トールちゃん」
ソラが目ざとく見つけたのは、突き当りの曲がり角の天井から、これみよがしにぶら下がる鉄の鎖だった。
初見では見過ごしてしまったが、どうみても昨日の小窓から見えた鎖とそっくりである。
「あやしーねー」
「ああ、怪しすぎるな」
「怪しいですね」
「ムーはさいしょからあやしいっておもってたぞ!」
問題はあの鎖までどうやって行くかだ。
「せめて牢屋から出てくれば、全員始末して進めるんだが」
「かえってあの方たちを守る結果になっているのは、なんとも皮肉なお話ですね」
「<固定>もムリだし、体力が吸われるのを<反転>しても、間に合うかびみょーだね」
「だったらムーがばーんてとめてやるぞ! トーちゃん」
「俺まで止まったら、生き地獄だな。……いや、それでいけるか」
思いついたトールは、さっそくムーの頭部に触れて技能樹をいじり枝スキルを元に戻す。
「まずはこれだ。うん、いいぞ。よし、かけてくれ」
「らい!」
「次にいつものやつだな」
「らいらい!」
「よし、ぶっぱなせ、ムー!」
「らいらいらーい!」
掛け声とともに、子どもは魔力で生み出した紫の電流を前方の空間へ解き放つ。
そこへすかさず剣を置いて身軽になったトールが飛び込んだ。
<電滞陣>がたちまち、その体を拘束する。
だが平素と変わらぬ速度で、トールは狭い通路を静かに歩んでいく。
その体にすがりつこうと死霊どもは必死で手を伸ばすが、床に吸い寄せられるように体ごと沈んでしまう。
一見、何事もないように見えるトールだが、実は懸命に地面を蹴って前へ進んでいた。
水の中を歩むように、その体は重くなかなか思うように動かない。
だがそれでも前進できていたのは、その足を覆う青白い雷の渦のおかげであった。
――<迅雷速>。
一時的に脚力を増加させ、移動速度を上げる魔技である。
ぎりぎりでレベル3に足りるスキルポイントが稼げたおかげで、持続時間と速力は一段回上昇している。
颯爽とはいかないが、囚人どもに触れられることなくトールは通路の七割を無事に走破してのけた。
そこから先は<電滞陣>の範囲外だ。
一気に加速したトールの体は、旋風のように残りの区間を駆け抜ける。
数本の腕が伸びたが、<電棘>に弾かれて事なきを得る。
無事に突き当りまでたどり着いたトールは、わき目も振らず手を伸ばした。
ギリギリで届いた指先が捉えた鎖を、体重をかけて引っ張り下ろす。
そこで、ちょうど十三秒。
ここまで来た行動を、間髪容れずに<遡行>する。
ソラたちの前にトールが姿を現した瞬間、ガラガラと耳障りな音とともに鉄格子がいっせいに上がり始めた。




