冥境の階層
一階にある鉄製の扉は、数百年の時を経ても固く頑丈だった。
取っ手や鍵穴らしきものはなく、独特の形をしたくぼみが一つあるだけだ。
そこへ手のひらに乗るサイズの白い骸骨の顔をはめ込む。
そのままひねると、骸骨はきっちり半周して地の底へ頭頂を向けて止まる。
同時にガチャリと、何かが外れたような音が響いた。
分厚い扉を押してみると、重々しい響きとともに動き出す。
その向こうには、弧を描きながら下へと続く階段があった。
「おー、なんかすごいねー」
「ぐるぐるかいだんなのに、なんで手すりないの! もう!」
覗き込んだ二人が口々に感想を漏らす横で、ユーリルは熱心に開いた扉の方を観察していた。
指を当てて厚みを調べたり、蝶番の位置を確認している。
「ずいぶんと凝った仕掛けですね。扉自体をなんとかできないかと思ったのですが……」
「ええ、厳しいようですね」
ニネッサたちの話だと、この扉の前にわざとモンスターを連れてきて、武技や魔技で巻き込んで壊そうとした試みがあったそうだ。
結果はへこみや焦げ目がつく程度で終わり、しかも数日でそれも消えてしまったらしい。
また鍵である骸骨の精密な複製を木や石、骨でも作ってみたが、上手く作動しなかったとのことだ。
鉄扉の内側に入ったトールは、手を伸ばして白い骸骨を再びひねった。
さらに半回転した骸骨は、正位置に戻るとポロリと外れる。
そしてトールの手のひらの上で、ばらばらに崩れてしまった。
「あー、壊れちゃったね」
ソラの何気ない感想に、ムーは慌てた顔で背筋を伸ばした。
それから虫かごを抱きしめながら首を横に振って、触ってないことを懸命に主張する。
「ほら、もう直ったから心配するな」
骸骨を即座に<復元>したトールに頭を撫でられた子どもは、コクリと頷いてからその足にギュッとしがみついてくる。
そのままよじ登ってきたので抱き上げて肩に乗せてやると、ムーはクスクスと笑い声を上げた。
魔石灯を掲げた四人は、階段を下り始めた。
鉄扉は骸骨を外すと同時に、軋みながら閉じてしまっていた。
扉へ石の重しやつっかえ棒を噛ましても、あっさりと砕かれてしまうらしい。
地下六階まで続く階段は、かなりの長さだった。
どこかカビ臭く空気は淀んでいたが、モンスターの気配は全くない。
この螺旋階段は、廃棄された地下監獄の数少ない安全地帯だそうだ。
もっとも出入りするには、毎回、小さな骸骨が必要となるが。
階層から階層へ移動するには、この螺旋階段を利用する以外の手立てはないらしい。
地下五階まである白屍の階層は、それぞれの階に階段はあるが、五階より下へ続く階段はない。
完全な行き止まりとなっているそうだ。
次の冥境の階層は地下十五階までであるが、そこも同様に下へ降りられる階段はないとのことだ。
黙々と歩き続けるトールたちの目に、階段の終わりと新たな鉄の扉が映る。
入ってきた時と同じように白い骸骨をはめて、分厚い扉を押し開く。
おそらく引いても開くだろうが、骸骨以外の突起がないので難しいだろう。
新たな階層である六階の見た目は、上の階層とそう変わりはなかった。
相変わらずまっすぐな通路の左右に、牢獄がずらりと並んでいる。
だが一瞬でハッキリと分かる変化が一つだけあった。
「ふう、思っていたよりも冷えるな」
「うん、ゾクゾクするね」
トールとおそろいの青いマントに身を包んだソラが、小さく身をよじりながら返事をする。
扉を開ける前に、防寒具を追加しておいたのは正解だったようだ。
ただし白鼬の毛皮を着込んだムーと、北国育ちのユーリルはそのままである。
特にユーリルはほぼ普段着と変わらない軽装だが、心地よさ気な笑みを浮かべているほどだ。
この冥境の階層は名前が示すとおり、死者の領域に近いとされる場所だ。
そのせいで下へ降りるほど、寒さが増していくらしい。
そして出てくるモンスターも、より死人らしさが増していた。
「さっそく、お出迎えか」
通路の向こうから姿を現したモンスターどもに、トールは素早く子どもと荷物を下ろして剣を抜く。
ゆらゆらと骨が剥き出しになった体に、ボロ布を巻き付けた三体が近づいてくる。
一見、骸骨の看守どもと相違ないようだが、こちらは脱走しようとした囚人たちの成れの果てらしい。
さらに決定的な違いとして――。
「うわ、なんか透き通ってるよ! トールちゃん」
「ふわふわしてるぞ、トーちゃん」
彼らが実体を持たない死霊であるという点だった。
青白く半透明の体を晒す死霊どもは、宙を滑るように襲いかかってきた。
その顎の骨は大きく開かれ、無念の叫びをあげているようにも思える。
もっとも発声器官は失われているため、物音一つしなかったが。
肉の体をもたない死霊どもには、物理的な攻撃はほとんど通用しない。
ただし闘気や魔力によって生み出された炎や雷などは、大きな効果があるようだ。
当然、空間を操る魔技も例外ではなく、<反転>された一体が大きく身をよじり、もう一体も首が<固定>されて千切れ飛ぶ。
だが霧のように霧散した体は、即座に集まって元の形へと戻ってしまう。
どうにもソラの魔技とは、相性が悪いようだ。
「ムーにまかせろー」
またも前に躍り出た子どもは、今度は片手を軽やかに前に振ってみせた。
その指先から、紫色の小さな電流が生み出される――<電投矢>。
中枝スキルとは言え、まだレベル1の電の矢は呆れるほどに小さい。
が、次の瞬間、ムーの頭上の輪っかがギュルギュルと光りながら回りだす。
とたんに紫の電流は一回り大きくなる。
さらにもう一回り。
またたく間に子どもの二の腕ほどの長さに伸びた矢は、宙を穿ちながら先頭の死霊へ飛来する。
そして触れた瞬間、バチンと音を立てて閃光を発した。
紫の茨が全身に巻き付いたモンスターは、その場で動けなくなってしまった。
そこへ距離を詰めたトールの剣が、無造作に振り下ろされる。
通常であれば、それは全く無意味な行為だ。
しかし銀色に輝く刃が青白い死霊の体を通り抜けた瞬間、水と油のように反発して二つに分かれていく。
これがこのダンジョンに挑む冒険者が、欠かさず真銀製の武器を作る理由である。
そのまま刃を返し、横から襲ってきた一体へ一瞬のうちに三度の斬撃を繰り出す。
さらに身をひねって、反対側のもう一体に今度は四度。
浄化の力を宿す真銀製の剣で、三体の死霊は空中へ溶け込むように消え去った
上の階層とは違ってこちらはきちんと倒した扱いとなり、スキルポイントも獲得できているようだ。
初戦の出来栄えに満足気に頷きながら、荷物を抱え直したトールたちは新たな階層の探索に乗り出した。




