闇底への挑戦者
地の底に広がる空間は、四角く整えられた石でくまなく覆われていた。
通路は定規を当てたようにまっすぐで、左右の壁には等間隔に部屋が並んでいる。
天井は高く、トールが剣を伸ばしてようやく届くほどだ。
人工物でありながら、どこを向いても装飾などの飾り気は一切見当たらず、人々が生活していた温もりらしきものを感じ取ることはできない。
かび臭く濁った空気が立ち込めるこの場所は、まごうことなき監獄であった。
といっても、すでに生きた看守や囚人は誰一人残っていない。
造られてから数百年。
この場所は死者たちの魂の牢獄と化していた。
「……なんとも辛気臭い場所だな」
小鬼の洞窟や犬鬼の坑道を思い出しながら、トールは少し長めの息を吐いた。
不規則に曲りくねる土の壁とは違い、石造りの無機質な壁からは冷たく生命を拒む感触しか伝わってこない。
「でも、トールちゃん、これなんか面白いよー」
ソラが覗き込んでいたのは、通路の側面に並ぶ牢屋の一つであった。
部屋の前面は鉄格子で仕切られ、一目で中を見通すことができる。
もっとも少女が興味深く眺めていたのは、部屋の内部ではなく手前の格子部分だ。
頑丈な石や鉄とはいえ、長い年月には抗うことができない。
すでに鉄格子の大半は錆びて朽ち落ち、石畳もすり減ったり欠けた部分が多い。
だが瘴気でかたどられた迷宮が、経年による劣化で崩れ落ちることはまずない。
失われた部分を補っていたのは、白い骨たちであった。
器用に骨がつなぎ合わさって鉄格子ならぬ骨格子を作り上げている様に、ソラは感心しながら杖の先で突いた。
「関節部分を上手く使ってますね。ここなんか見事ですよ」
ユーリルも隣に寄り添って、熱心に骨のつなぎ目を観察している。
その背後ではムーが、ストラッチアらに屈んでもらい頬に口づけをしていた。
先ほど助けてもらったお礼だろう。
陰鬱なダンジョン内でも普段と全く変わりがない仲間の様子に、トールは軽く笑みを浮かべながら顎の下を掻いた。
そしてこの六人で、ここに挑むことになった経緯を思い返す。
数日前の話だ。
瘴霧の妖かし沼に永らく居座っていた伝承の怪物、沼地の魔女を討伐したトールたちは諸手を挙げての大歓迎を受けた。
通りには花が撒かれ、街の広場ではご馳走や酒が存分に振る舞われる。
奏士たちがこぞって英雄譚を歌い上げ、大勢の人間が夜通し街を練り歩き、ボッサリア奪還の時以上の騒ぎとなった。
「ごちそう、美味しかったねぇー、ムーちゃん」
「おまつり、まいにちでもいいな」
「豪華な飯ってのは、たまに喰うから美味いんだぞ」
どうやらあの魔女は、瘴地を奪還した際の大きな懸念となっていたようだ。
大瘴穴が封じられると、供給源を失ったその地からは瘴気が失せてしまう。
しかし発生したモンスターも、同様に消えるわけではない。
特に何百年も生きた個体の場合、体内に相当の量の瘴気が蓄積されており、周囲への影響も多大なものとなる。
もっともやがては瘴気を使い果たして弱まっていくのだが、まれに自ら瘴穴を呼び寄せるほどの力に至るモンスターも存在するらしい。
魔女がそうなるかは不明であったが、どのみち新たな境界街を建設する際に、重大な脅威になっていたことは間違いない。
その障害が取り除かれた今、街を挙げての祝賀となるのも当然であった。
「それでも、あれだけ派手なのは驚きましたね」
「名を知らしめるのは、重要ですからね」
ユーリルが言うには、お祭り騒ぎを盛大にするのは、より宣伝したいという街側の思惑もあるとのことだ。
凶悪なモンスターを退治してのけたり難関なダンジョンを制覇したりで、大いに名を馳せた冒険者が所属する境界街というのは人が集まりやすい。
それだけ住むのに安全であったり、また冒険者稼業での危険が減るというのは大きな魅力なのだろう。
ボッサリアでの湖水竜の討伐で、冒険者局主導で大きく盛り上がってみせたのも頷ける話だ。
そして英雄が居るということは、固定ダンジョンの制覇も間近であると考える人間も増える。
そうなると新たに移住できる地を求めてさらに人が集まり、街もより豊かになっていくという仕組みである。
特に今回の件では様々な団体の期待を、大いに煽ってしまったらしい。
商会や商工組合からは連日、高価なドレスや装飾品、珍しい食材などが届けられ、またスポンサーになりたいとの申込みもかなりの数が殺到した。
当然、余計なしがらみを背負う気はないトールたちは、その辺りはすべて断ったが。
「あれは、びっくりしたねー。ドレスはちょっと惜しかったけど」
「でしたら、近いうちに作りに行きましょうか、ソラさん」
「じゃあ真っ白なのでお願いします!」
「着る機会、あるのか?」
わざとらしくはぐらかすトールに、少女は可愛く頬を膨らませてみせた。
商人や職人関係は立場的になんとかなるが、厄介なのはもっと影響力の強い相手だ。
六神を祀る各神殿からも、負けじと付け届けや打診がきたのだ。
施療神殿からは終生保護の申し出と、解放神殿からは特別な夜の接待の永久招待状。
前者は<復元>がある以上不要なので丁寧に断りを入れ、後者はユーリルとソラが無言で首を横に振った。
「……………………ふむ」
「なにかおっしゃいましたか?」
「いえ、なにも」
奉仕神殿からは内街にある召使い付きの大きな邸宅を贈呈されかけたが、ユーリルの下宿になんの不満もないことと、管理が面倒なためこれも頭を下げて断った。
そしてこの三神殿からの贈り物は、すべてトールたちのパーティへの補充要員の打診付きでもあった。
「神官の知り合いが居なかったら、強引に事が進められるところだったな」
「ちゃんと言い聞かせておきましたよ。生半可な人材を送り込んでも足を引っ張るだけだって」
断りの仲介をしてくれたニネッサの言葉に、トールは感謝の気持を込めて頷いた。
残りの三神殿はそういった要求が伴ってなかったため、対応は非常に楽であった。
法廷神殿から贈られたのは、特別な祭具だ。
もはや製造方法などは不明となり、現物しか残されていない聖痕具と呼ばれる品らしい。
聖遺物ほどの神威は宿っていないが、それでもなかなかの効験を発揮できるとのことだ。
ムーに授与されたのは、頭の上に浮かびながらくるくる回る輪っかであった。
天威の雷環という名前で、雷系魔技の効果を驚異的に高めてくれるとのことだ。
ちなみに受雷の小冠との併用は可能なので、小さな王冠の上に輪っかが光るかなり愛らしい見た目となっている。
「トーちゃん、きょうもムーはかわいいか?」
「そうだな。さっきトーちゃんを巻き込んでなかったら満点だったな」
「そっかー、まんてんかー。すごくかわいいってことだな!」
探求神殿からは、ユーリルに何かの譲渡があったようだ。
詳しい内容については、確実に芽が出てからトールたちに話してくれるそうだ。
「お待たせして、申し訳ありません」
「いえ、いろいろと明かしにくい事情もありますからね」
最後に交易神殿からは、驚いたことに飛竜の無期限無料貸付の提案があった。
これはさすがに悩んだが、冒険者局を通して今回の戦闘で金剛級に上がった人間全員が使えるように取り計らってもらった。
その金剛級であるが、魔女との戦いで大量の泥毒の巨人を協力して倒したおかげで、資格者はかなりの数となっていた。
しかし、その大半はすでに昇級を辞退済みだ。理由の多くは力不足を実感してとのことだった。
雷哮団の団長ソルルガムも、Bランクに留まった一人だ。
副隊長とともに、もうしばらくは後進の育成に力を注ぐと言っていた。
実力的には申し分はないはずだが、いろいろと思うところがあったらしい。
嵐峰同盟から金剛級に躍り出たのは、盟主のチル一人だけだ。
他の盾士たちは、ガルウドやゴダンの活躍ぶりを見て、もうしばらく修行を続けると決めたらしい。
"灼炎の担い手"からは、炎使いのバルッコニアと剣士のラッゼルが金剛級となった。
これにより二人は"白金の焔"へ加わることとなる。
そこそこ大所帯となったストラッチアらのパーティだが、そうなるとやはり何かしらの問題は出てくるものだ。
それが今回、二人がトールたちに同行している理由の一端でもあった。




