死人の歓迎
一歩踏み出すと、足の下で小さく砕ける音が生じた。
革靴を持ち上げると、分厚いホコリに交じって白い破片が見える。
骨だ。
この場所ができてから数百年。
数え切れないほどの人間が、幽囚され朽ちていったのだ。
その痕跡が、無残にも床一面に撒き散らされていた。
死者の名残りはそれだけではない。
暗闇へと伸びる通路の先。
そこから聞こえてくるのは、何かを擦り合わせたような小さな響きだった。
最初は控え目であったその音は、徐々にこちらへと近づいてきていた。
やがて幻灯の淡い光に、白い人影が浮かび上がる。
耳障りな音の正体もまた人骨であった。
ただし、こちらは全身が揃っていたが。
通路の奥から現れたのは、ゆらゆらと骨だけの体を揺らす骸骨どもだ。
先頭の二体は、その肘から下が平たいまっすぐな骨に置き換わっている。
地面に届くほど伸びたそれは、まるで二振りの剣のようだった。
後ろの二体の異常な箇所は足の部分だ。
膝の部分が獣のように逆関節に曲がってしまっている。
四体の骸骨は侵入者に気づいたのか、わずかにその動きを止める。
そして次の瞬間、無言で襲いかかってきた。
聞いた話によると、彼らは看守たちの成れの果てらしい。
死してもなお職務に忠実なのは称えるべきことだが、それがこの大瘴穴に通じる固定ダンジョン"廃棄された地下監獄”を守る結果となっているのはいただけない。
背負っていた荷物を下ろしたトールは、静かに剣を抜いた。
銀色の刃が、闇を払うように鮮やかな輝きを放つ。
スルスルと距離を詰めてくるトールに、両手が剣と化した骸骨どもが無造作に斬りかかる。
わずかに緩急をつけ初撃をやり過ごし、踏み込むと同時に斜めに剣を振るう。
狙われたモンスターは、すかさずもう一本の腕を持ち上げて迎え撃つ。
さらにもう一体の骸骨も、横殴りでトールの胴を狙ってくる。
剣と腕が同化しているせいか、その動きに遅延はなくかつ狙いも正確である。
さらに双剣の構えということで、隙もほとんど生じない。
だが、それでも遅い。
骸骨の剣筋を見切ったトールは、そこで速度を二段階ほど引き上げた。
真銀の刃は迫りくる剣を弾くと同時に、一瞬で戻され下から上へと走る。
剥き出しの肋骨を容赦なく断ち切ったトールの剣は、返す刃で頭蓋骨を真っ向から両断した。
そのまま流れるように、もう一体へと刃を振るう。
対する骸骨の右腕は、いつの間にか肘から下が消え失せていた。
空振りとなった攻撃に気づく前に、距離を詰めたトールの白刃が閃く。
頚椎を斬り飛ばされ胸骨を砕かれた骸骨は、軋む音を立てながらその場に崩れ落ちた。
「ソラ、行ったぞ」
「まーかせてー!」
攻防は一瞬であったが、後ろの二体が黙って見ているわけもない。
ぐっと足をたわめた骸骨どもは、力強く床を蹴って動き出していた。
その先は両側の壁だ。
凄まじい速度で垂直の壁を、まるで地面の如く走り抜ける小柄な二体。
前衛を迂回したモンスターどもは、狙いを後方にいた少女に定める。
もっともその相手は、空間を自在に操る魔技使いであったが。
不意に一体の前に、前触れもなく骨の剣がいきなり現れた。
避ける間もなく高速で突っ込むモンスター。
派手な音とともに、剣に貫かれた頭部がバラバラに砕け散る。
そのまま失速した骸骨は、床に体を打ちつけて新たな骨片を追加した。
トールに斬りかかった骸骨の剣を<消去>して、もう一体の眼前に<再現>してみせたソラは、残った一体へと杖を持ち上げる。
いかに速くとも、体の一部を<固定>すれば簡単に動きを止めることはできる。
もしくはその動きごと、<反転>すれば――。
「ムーにもまかせろー!」
いきなり前に飛び出したのは、金髪の短い髪をくるくるさせた紫の瞳の幼子だった。
可愛く唸り声を上げて魔力を集めながら、両手を前にピンと突き出す。
そのとたん子どもの頭の上に浮かんでいた輪っかが、急激に回ったかと思うとピカピカと光を放った。
「とーまれ!」
掛け声と同時に、通路に帯電した空間<電滞陣>が生まれる。
その内部に入った物は、否応なしに壁や地面に吸い寄せられて動きが止まってしまう。
勢いよく走ってきた骸骨も、そのまま虫の如く壁に張り付いてしまった。
この雷系魔技は一見、<固定>や<停滞>に似た効果だが、違うのは完全に止めるのではなく負荷を与え動きを鈍らせるだけという点だ。
なので非常にゆっくりとだが、動き続けることも可能なのだ。
ただし広範囲に作用するので、対象をまとめて捕捉できるという利点もある。
もっともその場合、味方も巻き込んでしまう問題もあったが。
足が床にくっついて身動きを封じられたトールは、困ったように無理やり手を持ち上げて顎の下を掻いた。
その足元では、バラバラになったはずの骸骨の下半身が起き上がりじわじわと動き出す。
同時に頭骨を失ったはずのモンスターも、砕け散った破片が合わさってゆらりと立ち上がった。
その様子に目を丸くした子どもが、あわてた顔でトールに助けを求める。
「トーちゃん、たすけて!」
「今、ちょっと動けないからな。まずこの<電滞陣>をなんとかしてくれ」
「でも、といちゃったら、ムーがあぶなくない?」
「うーん、どうだろうな」
のん気に会話を続けている間にも、骨の体は着々と再生していく。
だが体を留める負荷のせいで、その歩みはまだ緩やかである。
絶体絶命の危機と焦るムーの背後で、ユーリルとソラは目を合わせて唇の端を持ち上げた。
二人が息を合わせたように杖を持ち上げた瞬間、さらにその後ろから誰かの声が響き渡った。
「今、この時、我が剣は熱くたぎる――<赤斬>!」
「炎樹の赤き実りよ――<火弾>」
唐突に発生した燃え盛る火球が、ムーの頭上を越えて壁に張り付いていた骸骨へ命中した。
そしてもう一人。
躍り出るように姿を現した人物が、真っ赤に熱を帯びた刃を振るう。
剣尖からほとばしった炎は、迫りくるもう一体を捉え火葬を施した。
藁のように燃え尽きていく骸骨どもの様子に、子どもは嬉しそうに手を叩いた。
「たすかりました。ありがとう、しっぽのにいちゃんとねえちゃん」
「どういたしましてだ。勇敢な童よ」
「ちゃんと周りを見ながら魔技を使わなきゃ駄目だよ、ムーちゃん」
颯爽と登場し鮮やかにモンスターを屠ってみせたのは"白金の焔"が誇るエース、ストラッチアとニネッサだった。
仲よさげに手を合わせる紅尾族の二人とムーの様子を眺めながら、身動きできないトールは困ったように声を発した。
「おーい、トーちゃんはまだ助かってないぞ」




