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歌い継がれる勲し その四


 魔女が致死の一撃を繰り出す寸前、疾風のごとく盾を構えた男が前に躍り出た。

 その動きに反応して、ポッカリと空いた眼窩から心を狂わせる視線が注がれる。

 が、男は止まらない。


 ――<不壊魂剛>。

 すでにその魂は不動の守りを得ていた。


 ユーリルをかばうように盾が掲げられ、そこへ巨木が叩きつけられる。

 大気を震わす凄まじい音が、霧の彼方まで響き渡った。


 しかし、人にあらざる硬さを誇るその肉体は、真っ向からその数十倍の重量に抗ってみせる。

 魔女の杖を見事に受け止めたガルウドは、ふてぶてしい笑みを浮かべた。

 

 拮抗状態となったその時、真横からまたも誰かが飛び出す。

 青いマントをまとったトールだ。

 それともう一人、赤毛の剣士ラッゼルが続く。


 この一瞬のために、二人は丸太床の端に潜んでいたのだ。

 走りながらラッゼルが白銀の大剣を抜き放ち、長い剣身があらわになる。


 だが所詮は人が使う物。

 その全長は巨木に全く及ばない。

 

 足元を走るちっぽけな存在に、またも虚ろな空洞の眼が動く。

 それを<遡行>なかったことにして、トールたちは一気にガルウドが食い止める魔女の杖へと距離を詰めた。


 深く息を吸いこんだラッゼルが、全身の闘気を解き放ちながら大剣を振りかぶる。

 常識的に考えれば、木の幹に少しだけ刃先が食い込んで終わるだけであろう。

 いや、年輪を経た古木だけに、それすらも不可能かもしれない。


 けれども次の瞬間、見守る冒険者たちの眼前に繰り広げられたのは、信じがたい光景だった。


「うぉぉおおおおおお!!!!」

 

 剣士の絶叫とともに、その握る大剣が紅蓮の炎に包まれる。

 ――<業鬼火断ごうきかだん>。


 <猛火断>の上位に当たるこの武技は、あらゆる鬼を焼き尽くす業火をその刃に宿す技だ。

 完全に燃え上がれば、古龍の鱗でさえ断ち切ることができると言われている。

 ただそこまで熱を帯びるには、少しばかり時間を有するのがこの溜め技の欠点であった。


 すっと伸びたトールの手が、ラッゼルの剣に添えられた。

 ――<加速>。

 十六秒の時間を一瞬で経過した剣は、その先端から激しい炎が噴き上がらせる。

 さらに<加速>、<加速>、<加速>。


 またたく間に凄まじい勢いで、炎は渦を描きながら天高く伸びていく。

 同時にその色も紅から、白へと変わる。

 巨大な白剣を大上段に構えるラッゼル。

 その姿はあたかも貴婦人の危機に駆けつけ、輝く剣を天にかざす英雄のようであった。


 滑らかな踏み込みから体が捻られ、十全の力が腕に伝わる。

 白い火柱が弧を描きながら、魔女の杖へと叩きつけられた。

 

 次の瞬間、大木は音もなく両断されていた。

 白く溶ける切断面を残し、杖の先端は丸太床の上に落ちて重々しい音を立てる。

 あり得ない切れ味を披露してみせたラッゼルは、静かに息を吐きながら飛び退った。


 そして待ちかねていたチルたちが動く。

 勢いよく立ち上がった嵐峰同盟盟主は、限界まで弓弦を引き絞る。

 その隣でタパも同様に、じっくりと狙いを定めながら弓を構えた。


 二人の背後に立つタリが呼び寄せた風が、魔女の背後の霧を急速に晴らしていく。


「……いくぞ」


 風使いの頭上で渦巻く大気がぶつかり合い、耳障りな音を不規則に放つ。

 さらなる魔力が注ぎ込まれ、風は響き合いながら一気に解放された。

 ――<負響環音ふきょうわおん>。


 風を高速でぶつけ合い振動させることで連なる音の波を生み出し、それを対象と共振させ、内部から崩壊せしめる上枝魔技だ。

 狙いは魔女の左足。

 常人には捉えきれない高音が、泥の表面に無数の細かい穴を生じさせる。


 そこへ渾身の一矢が放たれた。

 ――<百軌矢行ひゃっきやこう>。


 チルの得意とする連射系の最上位の武技は、放たれた矢が風を起こし自らとそっくりな空気の矢を作り出す技だ。 

 標的へまっすぐに向かう矢。

 その周囲に百近い風の軌跡が、次々と生み出され追走する。

 

 矢の雨はもろくなっていた泥の足を、一切の容赦なく蹂躙した。

 だが、即座に泥が盛り上がり、失った部分を補完しようと動き出す。


 ――<一射穿身いちいせんしん>。

 

 狙いを定めたタパの矢が、音もなくそこへ飛来した。

 螺旋に渦巻く風をまとった一撃は、力がかかっていた膝の一点を寸分の狂いもなく撃ち抜く。


 今度こそ完全に左足を壊された魔女は、大きくその巨体を傾けた。

 手に握る杖を動かすが、その先端のかなりの部分が斬り落とされており、本来の役目を果たすのは不可能である。


 トールが狙ったのはこれであった。

 泥でできた本体はいくら攻撃を加えようが、沼に触れている限り再生してしまう。

 しかし枯木の杖はそうもいかない。

 三点で支えることで不均衡な巨体が安定しているのだとしたら、その一つを取り除けば動きを封じることができる。

 そのうえで――。


 さらにその機に、新たな男が加わった。

 頼りになる執事、ゴダンだ。


 茶角族の盾士は、右側から回り込むように魔女との距離を詰める。

 そして範囲内に踏み込むと同時に、上限まで溜まっていた闘気を具現化する。


 ――<岩固逸鉄がんこいってつ>。


 <岩杭陣>が呼び出すのはただの岩山だが、その上位となると大地の意志が備わってくるようだ。

 沼面を突き破って現れたのは、巨大な岩でできた握りこぶしであった。

 

 残った右足の膝裏を岩塊に強打された魔女は、あっさりと均衡を失い地面へと崩れ落ちる。

 泥塊の体が向かった先は、トールたちが準備した丸太床の上であった。


 ゆっくりと倒れ込んだ魔女は、固い床にぶつかり激しく大地を揺らす。

 泥飛沫が高く舞い上がり、津波のように辺り一面を押し流した。

 トールとラッゼルは剣を突き立てて、なんとかその場に踏み止まる。

 盾士の二人も、同様に耐えきったようだ。 


 丸太床にうず高く積みあがった魔女は、起き上がろうと両手を無様に動かす。

 だが沼と切り離されてしまったためか、その柔らかい体はただ蠢くだけである。


 魔女は不気味に髪を揺らしながら、己をこんな目にあわせた人間どもを睨みつけようと首を巡らす。

 しかし、その顔は空中に固定されたかのように動かない。

 

 ようやく魔女の頭部が魔技が届く範囲に降りてきた好機に、饒舌な炎使いと赤毛の女剣士が進み出てユーリルの横に並ぶ。

 いっせいに杖や細剣を持ち上げると、三人は高らかに祈句を唱えた。


「月光よ、結べ――<月禍氷刃げっかひょうじん)>」

「戦いを求めし紅の樹よ。その焔の刃を以って、眼前の敵を焼き滅ぼせ――<窮天直火きゅうてんちょっか>!」

「天焦がす輝きの樹よ。今こそ、その枝を揺らし、葉を広げし時が来ましたよ。灰燼をもたらす火葬の弔花よ、心ゆくまで咲き誇りください――<百火燎乱ひゃっかりょうらん>」


 発動の一番早いユーリルの魔技が、中空にぽっかりと空虚の月を呼び出す。

 溢れ出た銀光の波が、空気さえも凍えさせる冷気をもたらした。

 たちまち巨大な泥の塊は、白い氷に覆われながら固まっていく。

 

 次いでベッティーナのかざした剣先から、真紅の奔流がほとばしった。

 それはまっすぐに天を目指し、九つに枝分かれしたかと思うと、さらに太さを増して凍りついた魔女へ次々と降り注ぐ。

 赤い光線に貫かれた部分が瞬時に蒸発し、どろりと溶けながら激しい湯気を放った。


 そして最後にバルッコニアの頭上に、真っ赤な薔薇そっくりの燃え盛る炎の塊が大量に浮かび上がる。

 火の粉の花びらを撒き散らしながら、火球はいっせいに魔女の頭部へ襲いかかった。

 次々と赤い炎が花のように咲き乱れ、その髪の毛を一本残らず燃やし尽くしていく。

 

 三つの上枝魔技が放たれた後に残っていたのは、大半の泥が蒸発してしまい、残った部分も白く凍りついて固まった無残な魔女の姿であった。

 身動ぎしないその様子に、バルッコニアは大きく目を見開く。

 そして小さな呟きを漏らした。


「…………まさか、勝ったのか!?」


 ベッティーナも剣をくるりと回して鞘に収めると、極上の笑みを浮かべてみせた。

 そのまま隣のユーリルへ、手を差し出しかけて――。



 飛来した黒い何かに、その胸を貫かれた。





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【コミカライズついに145万部!!】
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[一言] しかし人あらざる硬さを誇るその肉体は、 ↓ しかし、人にあらざる硬さを誇るその肉体は、
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