狩りの精算 その二
「ふふ、よく寝てるねー」
査定窓口の行列に並ぶトールの背中には、穏やかに眠るムーの姿があった。
その頬を軽く突きながら、隣に立つソラが愛おしそうに話しかけている。
途中まではゴブリンをこともなげになぎ倒すトールの強さに大はしゃぎしていたのだが、いきなり魔石が切れた魔石具のように活動を止めて丸まってしまったのだ。
やはり子どもに、一日がかりの森歩きは体力的にきつかったようだ。
もちろん<復元>を使えば、体力を回復した状態に戻すことはできる。
ただそれではせっかく負荷を与えた体が、成長する機会を失ってしまうこととなる。
それゆえトールは二人に対し、魔力や体力回復目的とした<復元>はあえてしていなかった。
「今日は張り切ってたもんね。よしよし、がんばったね、ムーちゃん」
いたわる声ではあったが、ほんの少しだけ先輩風が混じっているようだ。
ゴブリンとの戦いの最中、ソラも張り切ってかなりの貢献をしていたのだが、<反転>の地味過ぎる効果が裏目に出て、ムーにちっとも分かってもらえなかったもどかしさがあるのだろう。
それともう一つ。
実は二人の魔力だが、ムーのほうが余裕があったのだ。
ソラの場合、<反転>を時間をあまり空けずに使うと、三回目辺りで魔力を半分ほど消費するのか顔色に出てしまう。
しかしムーは<電探>と<雷針>を交互に五回使ってもケロリとしていた。
魔技ごとに消費する魔力は違ってくるので、全体の魔力量は容易に比較できないが、比率で考えれば明らかに差があった。
魔力量の違いは体質も大きいが、どれほど魔技を使ってきたかも関係してくる。
<電棘>のような自身を対象にした魔技は、時と場合を選ぶことなく発動できる。
ゆえに反復しやすく、魔力を鍛えるのにもってこいなのだ。
モンスターに襲われないと使えない<反転>との違いは仕方ないとはいえ、自分の半分ほどの年齢の子どもに差をつけられたのは、ソラにとってややショックであった。
普段であれば他人との差異など全く気にかけない性格なのだが、ムーと感覚を共有してもらえなかったことも尾を引いていた。
「ね、わたしが抱っこしようか? トールちゃんも疲れてるでしょ」
自分は平気だと示すように、それなりに豊かな胸を張ってみせる。
とはいうものの、田舎育ちとはいえソラも冒険者になってまだ六日目である。
手を伸ばしたトールは、汗で張り付いた少女の前髪を丁寧に掻き上げてやった。
「そうだな。まだ大丈夫だが、疲れたら頼むか。……お前がいてくれて、本当に助かるよ」
認められようと気負うことは、悪いことではない。
トールも若い時分は固定パーティに加わりたくて、色々と足掻いたものだった。
結果的に無理であったが、自分をよく知れる良い機会であったと思っている。
何が行けそうで、何が無理なのかは、やってみないと気づけないことも多い。
仮に方向を間違って危険になったとしても、大人が体を張れば済むことだ。
「うん、なんでも任せてね。……ありがとう、トールちゃん」
そう言ってソラは、肘に手を回してトールの肩口に頭をのせてきた。
重みを預けながら、ゆっくりと息を吐き出す。
「ああ、そういえば一つ、頼みたいことがあるんだが」
「えっ、なになに?!」
「昨夜、お前のベッドに猫たちが行ってなかったか?」
「うん、二匹ともきてたよー。あれ、ちょっと暑いよね」
「む、そうなのか。まあ、いい。どうだろう、今日はコイツと猫たちを交換しないか?」
背中の子どもを小さく持ち上げるトールの提案に、ソラは少しだけ考え込む表情を見せる。
それからおもむろに、頭を小さく左右にふってみせた。
「えっとね、あの猫ちゃんたち、さいしょはムーちゃんおいかけてトールちゃんの部屋にいったんだよ。でも夜中にわたしの部屋のとびらをカリカリしてね……。うん、よくわからないけど、そーいうことだと思う」
明かされた衝撃の事実に、トールは言葉を失った。
「あ、それなら、わたしの部屋でムーちゃんと猫ちゃんたちを寝かせるのはどうかな? それでわたしがトールちゃんの部屋で――」
「遠慮しておくよ。ベッドが狭いと寝付きが悪いんだ」
「えー、ウソばっかり。昔からどこでもよく寝てたよね」
そう言いながら少女は、ムーの真似をして頭を擦り付ける。
トールは何も答えず、顎の下を掻いてごまかした。
そして先ほどから、子連れの夫婦にしか思えない光景を見せつけられていた背後の冒険者たちは、堅くこぶしを握りしめた。
「次の方、どうぞ。あらトールさん、ソラさん、こんにちは」
「こんにちは、エンナさん」
もうすっかり顔馴染みになった受付嬢に、ソラは朗らかに挨拶しながら今日の戦果を取り出した。
トールに背負われた子どもにチラリと視線を配ってから、エンナは業務に取り掛かる。
「えーと、森スライム三匹に角モグラ二匹、粘液が九本。それにゴブリンが……五十三……匹?」
「えへへ、がんばりました」
がんばりで済まされる数ではない。
むろんそれなりの実力があるパーティであれば、不思議ではない討伐数である。
しかし長年、最下級に甘んじてきた中年者に、冒険者になりたての新人。
さらに九歳の子どもを連れて叩き出せるスコアでないことは確かだ。
自分の常識が全く通用しない状況に、エンナは目眩と諦めを覚えつつ計算を終える。
「五十三匹の討伐と魔石四十個の買い取りとなります。どうぞお受け取りください」
「わわ、銀貨だよ、トールちゃん!」
「それとトールさん、少しよろしいですか?」
上司の命令をいやいや思い出しながら、エンナは水晶玉をカウンターに置く。
そう来ると分かっていたのか、トールは質問もせず眠ったままのムーの腕を持ち上げ魂測器に触れさせた。
簡易版の冒険者札とは違い、この魂測器では少量のスキルポイントの蓄積も感知できる。
ムーの水瓶にしっかりと水が貯まっていることを、受付嬢は確認した。
これで外門の通行証代わりに、子どもに冒険者札を取得させたのではないことは証明できた。
そして同時に恐ろしい事実も明らかにしていた。
<電棘>しか持たない九歳の子が、モンスターとの近接戦闘に参加しているのだ。
しかし先ほど確認した時点では、ムーの顔には傷一つなかった。
驚きが畏怖の感情に変わりつつあることを自覚しながら、ベテランの受付嬢はなんとか言葉を絞り出した。
「ご協力ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
「はーい、またです」
楽しそうに言葉を返すソラと、眠るムーを背負ったまま無言で頷くトール。
三人が立ち去ってから、エンナは深々と息を吐いて首を振った。
現状から判断できるのは、トールたちの実績がその所有するスキルとは相容れないということだ。
可能性としてスキルの画期的な運用や組み合わせを行ってると考えられるが、エンナはそんな小手先の工夫ではないと感じていた。
もっと根本的な部分、神々の御力に近いなにか――。
そこまで考えて、エンナは自分の本分を思い出した。
これ以上の詮索や推測は、受付嬢の仕事を超えた行為となる。
トールたちのことを頭の隅に追いやった受付嬢は、顔を上げニッコリと微笑んだ。
「はい、次の方どうぞ」
いつもどおりの応対をしながら、エンナはもう一つの気がかりな点を思い起こす。
このところゴブリン狩りを主体にしたパーティが、あまりいなかったのは確かだ。
それを差し引いても一日で五十匹以上とは、少しばかり生息数が多すぎる。
こちらの件はすみやかに報告しておく必要があると、熟練の受付嬢はメモの片隅にペンを走らせておいた。
この日の収入は、銀貨一枚に半銀貨一枚、銅貨三十七枚だった。
それと角モグラの肉二匹分。一匹は猫たちの分だ。
魔石を五個と苦汁草十束も手元に残してある。
支出は特になし。
ムーのサンダルの借り賃は、革防具を六着<復元>したので無料。
河馬革のケープと作成中のモグラ革の短靴の代金は、払える時でいいと言われている。
家に帰ると食事の匂いでムーが目を覚まして騒ぎ出し、賑やかな夕食となった。
疲れ切っていたソラは食事を済ませて、そうそうに寝入ってしまう。
帰り道によく眠っていたムーも、ベッドに押し込むとすぐに寝息を立て始めた。
寝静まった子どもを残し、トールはそっと部屋を抜け出した。




