祭りの翌日
騒々しい一夜が明けた次の日、トールたちは街へ繰り出していた。
シサンら若手組はとっくに朝食を済ませ、ガルウドの馬車で血溜まりの湖へ向かっている。
まずは跳び縞貝で様子を見て、行けるようなら復元済みの筏で小島へ向かうと意気込んでいた。
少々羽目を外していた三兄弟は酒が抜けるのを待って、昼の送迎用の馬車で同じく狩場へ向かうらしい。
こちらは新しい筏作りと、湖奥の島々の探索を計画しているようだ。
昨夜、若者たちは大勢に囲まれ、感謝の言葉を雨のように浴びせられていた。
これほど持て囃されたのは生まれて初めてですと、頬を赤らめたシサンが困ったように呟いていたのをトールは覚えている。
それは今も続いており、通りを歩くだけで、すれ違う人々が称賛の眼差しや声をひっきりなしに投げかけてくる有り様だ。
屋台からは次々と美味そうな匂いの品々が差し出され、ソラとムーの両手はすでにいっぱいになってしまっている。
最初は代金を払おうとした少女だが、英雄が食べてくれただけで評判になるから是非と言われ、真面目な面持ちで一つ一つを味わっていた。
もっとも口に入れた瞬間すぐに口角が持ち上がって、満面の笑みに変わってしまっていたが。
誰かに褒めそやされ、認められる喜びは代えがたいものだ。
だがシサンたちは、それに驕る様子もなく黙々と前へ進もうとしている。
その姿を思い出しながら、トールは静かに顎の下を掻いた。
脳裏には昨夜、サッコウから投げかけられた言葉が渦巻いている。
魔女を倒す。
それは確かに英雄に求められる行為であるが、あまりにもリスクが大きな行いでもある。
あの伝承の怪物に挑むことで、大切な誰かを失うかもしれない。
軽はずみに決められることではなかった。
そもそもトールが英傑を目指すといったのは、それが泥漁りと呼ばれた自分と対極の位置にあったからだ。
凶悪なモンスターを退け、人々の称賛を一身に集める認められた存在。
誰の気にも留まらず、ちっぽけな獲物を狩り続けるだけの孤独な冒険者として、そこに憧れがあったのは間違いない。
だが今、この街でトールは英雄として迎え入れられている。
おそらく英雄たちの顔や名前を知らない人間は、いないであろう人気ぶりだ。
まだ先へ進むべきなのか?
答えが出せぬまま、トールは冒険者局の扉を押し開けた。
「お待ちしておりました、英雄トール様」
カウンターにたどり着く間もなく、トールたちは奥の部屋へと案内されていた。
分厚いソファーに腰掛けると、わざわざ冷却盤で冷やしたらしい冷たい飲み物が運ばれてくる。
しばしの間をおいて、先ほど真っ先に出迎えてくれた職員が小さな箱を手に戻ってきた。
そっと差し出しながら、丁寧に頭を下げてくる。
「局長からこれをお渡しするよう言付かっております。どうぞお収めください」
上蓋を開くと中に鎮座していたのは、見たこともない真っ白な金貨であった。
「うわ、キレーだね」
「ピカピカだな!」
「白金貨とは張り込んだな」
思っていた以上の竜の買取価格に、トールは驚きの呟きを漏らした。
トールたち真銀級の狩場である妖かしの沼はもちろん、その先の金剛級が通う地下監獄のモンスターでさえ素材の買い取りの大半は銀貨である。
監獄の深層に至ってようやく金貨単位になるほどだ。
そしてこの白金貨は、金貨二百枚の価値があるとされている。
大商人や上級貴族でしかお目にかかれない代物で、赤鱗級の狩場に発生する獲物に払われる金額としては破格であった。
「……いいのか?」
ボッサリアの境界街は、まだ建て直しの真っ最中で非常に金が掛かる時期でもある。
色をつけるとは言われたが、冒険者にポンと出していい額とは思えない。
「ええ、ご心配なく。あれほどの大きな竜でしたら、たっぷりと素材が取れますし、竜の部位はいろいろと高値で取引されますから。それに英雄様が倒された竜となればなおさらですよ」
確かにあの大きさの鱗であれば、そのまま盾に貼り付けることができる。鎧にも加工しやすいであろう。
それに肉の多くは住民に振る舞ったとはいえ、薬品に加工される貴重な内臓部分はそっくり残してあるようだ。
「なるほど、これも宣伝ということか」
莫大な褒賞金を出すことで、その竜の貴重さを間接的に高めることができる。
さらにそれを当て込んで、優秀な冒険者が集まってくることも想像に容易い。
「では遠慮なく受け取っておくか」
「改めてお礼の言葉を。この街を救っていただいて、本当にありがとうございます、皆さま」
「またこまったら、ムーがちょちょいってやっつけてやるぞ!」
「お心強いお言葉、誠に感謝いたします」
「もう、勝手に約束したらダメだよ、ムーちゃん」
「まあ確約はできんが、何かあったら手助け程度なら任せてくれ」
「いつでもお声をおかけくださいな」
邸宅に戻ってきたトールたちに、家令のエリッキが来客を告げる。
応接室に足を運ぶと、待っていたのは職人たちであった。
まずはきっちりと洒落た服に身を包んだ初老の銀細工師が、優雅に礼をしながら品を差し出してくる。
「長らくお待たせいたしました、奥方様。ご注文の品でございます」
テーブルに並べられたのは、見事な細工を施した真銀製の額冠と首飾りであった。
ともに中央に大きい真っ青の宝石があしらわれている。
その見事な出来栄えに、ソラはたちまち目を輝かせた。
ユーリルも耳先をピクピクさせながら、美しい装身具を覗き込んでいる。
「お気に召していただけたでしょうか?」
「はい、すごく気に入りました!」
「これは素晴らしいですね」
「どうぞお試しなさってください」
「では、リッコ、セラミ、こちらへ」
エリッキの呼びかけに、控えていた家政婦の少女たちが大きな姿見を運んでくる。
さっそく首飾りを身につけたソラは、その前でくるくると身を翻してみせた。
そして鏡を支える二人の憧れの眼差しに気づき、照れくさそうに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。想像以上にキレイでびっくりしました」
「めったにない素材を扱わせていただき、こちらこそたいへん勉強になりました」
代金を受け取った銀細工師は、優雅に一礼して退室していった。
続いて進み出たのは、革職人のクラカだ。
こちらも革製の前掛けの汚れは、精一杯落としてあるようだ。
「できましたぜ」
ボソリと言いながら青年が差し出してきたのは、真っ白な白鼬の革で作られた服であった。
面白いのは、その構造である。
ほぼモンスターの姿が、そのまま残っていたのだ。
手の先は爪の部分が取り除かれ、そこから指が出せるようになっている。
足の部分も同様である。
背中が大きく縦に割れており、そこから体を中に入れるようだ。
割れ目には左右に穴が空いており、紐で結んでしっかり閉じられるようになっていた。
「なんだこれ!?」
「着てみるか? ムー」
「うん!」
さっそく上着を脱ぎ捨てた子どもが、すっぽりと毛皮の中に入る。
頭の部分は首元に切れ目があり、そこから顔を出す仕組みらしい。
その頭部の毛皮も、後ろに垂らしたりフードのようにかぶったりできるようだ。
白鼬の中から顔を出したムーは、紫の瞳を最大限に輝かせた。
そのまま鏡の前で、奇妙な踊りを披露し始める。
支えていた女の子たちは、真っ赤な顔で笑いを懸命に堪えていた。
たっぷりと白鼬の毛皮の着心地を堪能したムーは、振り返って製作者に言い放つ。
「うん、これはたいへんきにいりました。おだいはけっこうです!」
「えっ?」
「いや、ちゃんと払わせてくれ。いい仕事にはそれに見合う報酬が必要だ」
どうやら屋台の主人らに言われた言葉を、お礼の意味と勘違いして受け取っていたようだ。
約束の代金を手渡されたクラカは、誇らしげに顔を持ち上げてみせた。
こちらも職人として、一皮剥けたような雰囲気であった。




