竜殺しの凱旋 その二
こちらが気づいたように、向こうからも大きな荷馬車はよく見えたようだ。
壁の内側から、次々とどよめきが上がりだす。
それは次第に大きくなり、竜を載せた馬車が近づくにつれ地を揺るがすほどの響きとなる。
あまりの熱狂的な反応に、御者台に座っていたトールは隣のソラやガルウドたちと思わず目を合わせた。
シサンやリッカルたちの若手組たちも、慌てて馬車の扉を開け中から顔を突き出してくる。
そして詰め掛けた人の多さに、戸惑いが混じった驚きの表情を浮かべた。
対して竜にまたがったムーや、荷台に座る三兄弟たちは叫び返しながら大きく手を振り回している。
少しも物怖じしないその姿に、トールは唇の端を小さく持ち上げた。
数分後、巨大なモンスターの死骸を積んだ荷馬車は、外門の前に到着した。
門衛たちが手を広げ必死で食い止めているが、群衆は今にも街の外に溢れ出しそうなほどに大騒ぎしている。
このまま街の中へ入れば、盛大な歓迎を受けそうではあるが――。
残念ながら、積んである竜が大きすぎて門を通るのはまず無理なようだ。
仕方がないので荷馬車は向きを変え、外壁に沿って進みだした。
トールたちの馬車もそれに続く。
途中、何度か壁の上から衛士たちの熱い声援を浴びながら、荷馬車は反対側にある正門へと着く。
こちらは大勢が出入りするためか、幅が広く天井も高い造りをしている。
夕暮れ時は混雑するはずであったが、すでに連絡が届いていたようだ。
門は大きく開け放たれ、通り抜けやすいよう人の群れは左右にきちんと分けられていた。
馬車たちは、堂々とその真中を進んでいく。
大きく目と口を開けてこちらを眺める人々の姿に、ソラは楽しそうに胸を張ってみせた。
ようやく街の中に入れたトールたちだが、そこでも人集りが竜を待ち受けていた。
轟くような歓声とともに、たちまち馬車は興奮した面持ちの人々に取り囲まれる。
駆けつけた衛士に護衛されつつ、先導された馬車はゆっくりと街の中央へ向かって進みだした。
落ち着かない馬たちをなんとかなだめようと苦労するガルウドを他所に、目を輝かせたシサンたちは身を乗り出して並んで歩く人たちに手を振って回っていた。
やがてトールたちは、喚声に包まれながら大広場へと馬車を乗り入れる。
ここでもとっくに準備済みだったのか、中央には大きな櫓が組まれ奥には高い壇が設えてある。
さらに石を積んだ即席の竈も並んでおり、酒樽らしきものも山と積まれている。
急かされるように馬車を下りたトールたちは、そのまま壇上へと案内された。
当然、その先には馴染みの人物が待ち構えている。
黒い肌に燃え立つような赤い眼差し。
ボッサリアの街長を務めるサッコウだ。
じろりとトールたちを睨めつけた紅尾族の男性は、ほんのわずかだけ頷いてみせた。
その腰元に駆け寄った小さな影が飛びつく。
「ねぶそくのじいちゃん! げんきだったか?」
「お前も相変わらずのようだな」
腕を伸ばしたサッコウは、そのまま無造作に片手でムーを抱き上げる。
そしてペタペタと子どもに顔を触らせながら、平然と前に進み出てしまった。
壇上の街長が片腕を上げると、騒いでいた群衆は波が引くように静かになっていく。
聞き分けのいい住民たちをじっくりと見下ろした後、サッコウはおもむろに口を開いた。
「諸君、この街は一度、滅んだ」
反応を試すように、赤い眼光が聴衆の上を通り過ぎる。
しばし間を空けてから、街長は再び力強く言葉を放った。
「だが蘇った。勇敢な英雄たちの手によってだ」
低く通るその声に、次々と賛同を示す呟きが加わる。
抱きかかえられたムーも、よく分からないままふんふんと頷いている。
注目を一身に集めながら、サッコウは演説を続ける。
「しかし蘇ったばかりで、この街の受難が全て片付いたわけではない。特に近隣にあふれ返るモンスターどもが、いつまたここに押し寄せてくるか深い恐れを抱いていた者も多いだろう」
一息溜めたサッコウは、力の籠もった口調で聴衆を惹き付ける。
「その不安の一つが、今日取り除かれた。見ろ、あの横たわった無残な竜の姿を!」
その一声に息を詰めていた民衆は、いっせいに大きな声を張り上げた。
落雷のような激しい音が収まると、広場を睥睨しながらサッコウはさらに口調を強めて話し出す。
「確かに我々の基盤はいまだに脆い。先行きを案じ、悲嘆にくれる者も少なくはない。だが、そこに拘泥し立ち止まることにどれほどの意味がある? ……欠片もないと言い切っておこう。ただ待っていたところで何が起こる? 諦めた者に誰が手を差し出す? 私の主張は唯一つ。生き延びたくば顔を上げ前へ進め。死力を尽くしあがいた者こそが、この英雄たちのように偉業を成せるのだ」
「ムーのことか? きょうはムーとくろすけ、だいかつやくしたからなー」
嬉しそうに笑った子どもは、虫かごを自慢気に高々と掲げる。
その愛らしい姿に、大広場に詰め掛けた人々はいっせいに驚きの声を上げた。
「もう一度言おう。この街は一度滅んだ。だが我々が諦めなければ幾度でも蘇る。同様に悪しき存在も、不屈の英雄たちがいる限り恐れることは何一つない!」
一息入れたサッコウへ、タイミングを見計らっていた従僕が盃を素早く手渡す。
トールたちにもいつの間にか、酒盃が手渡されていた。
「今宵、この街を脅かしていた竜は滅びた。ならば今日は勝利の美酒をとことん楽しもうではないか。我らが街の勝利に!」
「乾杯!」
宴が始まった。
櫓に火が入れられ、またたく間に天を衝く炎が燃え上がる。
誰かが太鼓を叩き、続々と現れた薄衣の踊り子たちが舞い出した。
前掛けをつけた職員たちが、竜の体に取り付き包丁を振るい始める。
次々と切り取られた肉が竈の上で煮立つ鍋に入れられ、鉄板の上で心地よい音を立てた。
大きな肉塊を鉄串に刺して、じっくりと焼き上げる姿もある。
酒樽も次々と割られ、泡だらけのジョッキが目まぐるしく手渡されていく。
肉の焼ける匂いと酒精の香りが入り混じり、広場はたちまち楽しげな雰囲気に包まれた。
さっそくムーやソラは脂がしたたる肉にかかりきりになり、リッカルたちも負けじと分厚い肉片にかぶりつき出す。
シサンは複数の女の子に言い寄られアレシアに助けを求めるが、そっぽを向かれ懸命に謝っていた。
三兄弟は竜殺しの肩書のおかげか、珍しく両隣に女性をはべらせながら浴びるように酒を楽しんでいる。
ディアルゴは解体の職人に混じって、丹念に竜の部位を取り外しているようだ。
その前ではジョッキを片手に戦いぶりの仔細を語るガルウドを大勢の聴衆が取り囲み、時折、ドッと盛り上がりながら大きな拍手を送っていた。
目一杯楽しむ面々の姿を、広場の片隅でトールとユーリルは盃を手に眺める。
そこへサッコウが、供も連れずに現れた。
「今日はよくやってくれたな」
「どういたしまして。お役に立てたようで何よりですよ」
「竜の買い取りに関しては、明日、局の窓口に来てくれるか。色はつけておこう」
トールが頷くと、サッコウは顔を近づけて囁いてきた。
「次は魔女の番か。娘を頼んだぞ」




