竜殺しの凱旋 その一
川の中に力尽き横たわる湖水竜の姿に、トールはゆっくりと息を吐いた。
その背中に小さな体が飛びついてくる。
「やっつけたな! すごいぞ、トーちゃん」
「ああ、ムーもよく頑張ったな」
落ちかける子どもを抱き止めてやると、トールの腕の中で満面の笑みを浮かべたムーは虫かごを差し出してきた。
「くろすけも頑張ったな。えらいぞ」
「ふふーん」
「トールちゃん、わたしはー?」
「ソラも、よくしのいでくれたな。助かったよ」
「へへーん」
嬉しそうに顎を持ち上げた少女は、竜の巨大な死骸を見ながら嬉しそうに声を弾ませる。
「うしし、お肉いっぱいだねー。これは当分、お肉祭りができるよ、ムーちゃん!」
「ほんとか!? どれくらいだ? みっかはいけるか?」
「うーん、一週間はかたいねー」
「これを一週間で食い切る気なのか」
「みなさん、お疲れさまでした」
「ユーリルさん、もう大丈夫なんですか!?」
ソラの心配そうな問いかけに、会話に参加してきた灰耳族の美女は涼しげに笑ってみせた。
あれほどの魔技を連発したのに、その麗しい顔に疲れた様子はみじんもない。
「無事、倒せたようですね」
「ええ、作戦が綺麗に決まりましたね」
事前にユーリルから聞かされていたのだが、群生相化した竜は心臓を複数持つようになるらしい。
一つだけ潰したところで、もう片方の心臓が残っている限り、互いに再生してしまうのでキリがないそうだ。
そこでまず頭部の付け根にある心臓を物理的に破壊してから、さらに氷系魔技の<月禍氷刃>で全身の血流を止め再生させないようにして、<凍全至獄>で残った胴体部の心臓を完全に止めたというわけである。
一気に畳み掛けることで狂乱相化を防ぐ狙いもあったが、これも上手い具合に功を奏したようだ。
ただあっけなく仕留めたようにも見えるが、切り替えが必要とはいえ上枝魔技を二種使えるユーリルの存在があってこそ実行できた作戦である。
さらに他のメンバーが、各々の役割を見事に果たしてくれた点も非常に大きい。
動かなくなった竜の巨体をもう一度眺めながら、トールは大勢が協力することで発揮される力を強く感じ取っていた。
「さて、どうするかな」
穴だらけの頭部から血が大量に流れ出しているうえ、氷系魔技の影響でまだ竜の体の大部分は冷え込んでいる。
獲物の保存状態としては言うことなしだが、あまり長く血流しの川に浸かっていると臭みがついてしまう。
川から引き上げるのはどうにかできそうだが、このまま街まで持ち帰るのは厳しいだろう。
「兄貴、やったな!!」
対処を考え込むトールに、駆け寄ってきたロロルフがこぶしを持ち上げてきた。
ぶつけ合うと、紫眼族の青年はいかつい顔を思いっきり破顔させる。
「トカゲ野郎も凍らされちゃ、すっかり形なしだな。最高にスカッとしたぜ」
「お前の狙い通りだな。よく考えたもんだ」
実はこの浅瀬に封じ込める作戦自体は、ロロルフらの発案である。
そのまま放置して隔離するつもりだったが、そこにユーリルの案を練り込みトールが指揮を執ったという流れであった。
「いやいや、トールの兄貴たちが居てくれてこその成果だぜ。正直、ここまで簡単に片付くとは思ってもみなかったぜ」
顔を見合わせた二人は、ニヤリと笑うと再びこぶしをぶつけあった。
「で、この後の始末なんだが」
「それなんだが、人手がたっぷりありそうだから、ちょいと頼んでみるのはどうだい?」
そう言いながらロロルフは、遠巻きにこちらを見ている冒険者たちを顎で示した。
「そうだな。少し聞いてみてくれるか。俺たちはその間に、こいつを川から出しておこう」
「あ、ああ、任せてくれ」
さらっと答えてみせたトールに目を丸くしながら、ロロルフは頷いて踵を返した。
入れ替わるように今度は蒼鱗族の少女が話しかけてくる。
「トールさん、怪我の確認終わりました。こちらは全員、負傷者はいません。皆、すこぶる元気です」
「そうか、ご苦労さま。疲れているところ悪いが、そろそろ跳び縞貝が出てくるかもしれん。シサンたちに警戒するよう言っといてくれるか」
「はい、分かりました!」
いっせいに動き出す仲間たちを頼もしく見送った後、トールは石山を伝って向こう岸へ向かう。
川原では座り込んだ二人の盾士が、どこか噛み合わない会話の最中であった。
「囮駒戦法は悪いとは言えねえが、そればっかりだと、どうも面白みにかけるな」
「そうですね。しかし首周りも結構、肉がついてますね。モンスターがよく動かす部位はかなり美味しいんですよ」
「そうなのか? 俺としちゃもっと守りを固めて正面から受け切る壁駒の布陣のほうが好みなんだが」
「竜の心臓って凄く美味しいらしいですよ。どんな味がするのか今から楽しみですね」
ガルウドとディアルゴは、そこでトールに気づき静かに立ち上がる。
差し出したこぶしをぶつけ合うと、息を合わせたように三人は笑い声を上げた。
ひとしきり笑ってから、ガルウドが軽く息を吐いてトールの意図を尋ねてくる。
「で、なんで俺たちの闘気が、また満たんになってんだ?」
「ああ、もう一仕事頼みたくてな」
湖水竜の死骸へくいっと顎を向けたトールに、盾士の二人は顔を見合わせた後、唇の端を持ち上げてみせた。
すっかり通じ合った盾士たちは<岩杭陣>でモンスターの体の下に石山を作り、押し上げながらひっくり返していく。
といっても一回動かすのに、十回以上の武技の発動が必要であったが。
それでもなんとか三度目の回転で、トールたちは竜の死骸は岸に上げることに成功する。
戻ってきた三人は、大きな拍手で迎え入れられた。
トールたちが一息ついていると、人壁の中からロロルフが誰かを連れて進み出てくる。
「トールの兄貴、紹介しとくぜ。出張所の職員のホラックとムッサンだ」
「よ、よろしく」
「は、はじめまして」
二人とも赤毛の紅尾族で、がっしりした体格がホラック、小柄なほうがムッサンのようだ。
歳はトールよりやや下くらいだが、緊張感に溢れた面持ちをしている。
「わざわざ職員まで来てくれたのか。手間をかけるな」
「い、いえ」
「ど、どうしたしまして」
「で、二人が言うには迎えの馬車が来て、街まで運んでくれるらしいぜ」
「そうなのか?」
どうやらすでに湖水竜の討伐は、送迎用の馬車の御者を通して街ヘ連絡済みらしい。
現在、こちらへ大きな荷台が付いた馬車が向かっているそうだ。
「馬車の発着場までは、こいつの上を引っ張るってのはどうだい?」
いつの間にか地面に、丸太が等間隔に並べられている。
大活躍した筏だったが、もう新しい役割を与えられたようだ。
「馬も居るしなんとかなるだろ。それにみなも手伝ってくれるしな」
「任せてくれ!」
「竜殺しの英雄の手助けができるとは光栄だぜ!」
赤い冒険者札を下げた十数人が、口々に声を上げた。
さっそく太い縄が竜の体に掛けられ、合図とともに引っ張られる。
あっさりと動き出した巨体に、トールは安堵の表情を浮かべた。
見落としがないか周囲を眺めていると、職員のホラックが近寄ってきた。
同じように川面を見渡し、感極まったように声を漏らす。
「いやはや、本当にすごいな。よくこんなことができたもんだ」
「ああ、狩場を荒らして悪かったな。事前に言っておくべきだったか。すまない」
「えっ! あ、いや、ち、違う! 責めてるんじゃなくて、心底驚いただけだ」
「それは良かった。ただこのままはさすがにまずいな。直しておくか」
そう言いながらトールは、岸辺に屈み込んで地面に触れた。
そして至るところに石山が乱立している赤い水の流れの、少し前の様子を脳裏に捉える。
――<復元>。
次の瞬間、川の中から、石山たちは一つ残らず消え失せていた。
立ち上がり振り返ったトールは、ホラックが呆然とした顔でこちらを見ていることに気づく。
所長の男はフラフラと近寄ってきたか思うと、いきなりトールの手を強く握りしめた。
表情を強張らせたまま、呟くように尋ねてくる。
「……もしかして、ボッサリアを……直したのは」
「あ、ああ」
「……そうか、……あんたか」
いきなり力が抜けたのか、ホラックはトールの手を掴んだまま両膝をついてしまった。
そのまま涙を湛えた目で見上げながら、声を震わせて話し出す。
「ずっと、ずっと礼が言いたかったんだ。……逃げ出したあの街に戻ってきて、俺の家も……子どもが好きだった通りも、何もかも元通りになってて……本当にびっくりした。すっかり諦めてたからな……、大事な場所だったが仕方ないってな」
一息おいてから、ホラックは絞り出すように言葉を続けた。
「あんたがあの街を助けてくれて本当に感謝してる……。ありがとう。ずっとそう言いたかったんだ」
トールは黙ったまま、ただ静かに頷き返した。
二時間後、大きな車輪がついた長い台を引っ張る八頭立ての荷馬車が到着した。
すでに<岩杭陣>で持ち上げ済みであった湖水竜が、さっくりと積み込まれる。
一部が竜といっしょに荷台へ、それ以外はガルウドの馬車に乗り込んで一行はボッサリアの街を目指す。
他の冒険者たちも、送迎用や素材運び用の馬車に乗り込んで、トールたちの後に続く。
夕暮れ時、ようやく外壁が見えてくると、竜の頭部にまたがっていたムーが声を張り上げた。
「なんか、いっぱいいるぞ! トーちゃん」
子どもの指摘通り、開け放たれた門の向こうにひしめいていたのは、数え切れないほどの人々の姿であった。




