熱戦ダイジェスト その一
血溜まりの湖の冒険者局出張所を仕切るホラックは、大いに首をひねっていた。
元Cランク冒険者であるホラックは引退後、そのままボッサリアの冒険者局に誘われ職員となった。
街が崩壊した時は、手入れを欠かしてなかった剣で避難の時間稼ぎに一役買ってみせたものだ。
その後、再び大瘴穴が封印されたと聞いて、ホラックは家族を連れて愛着のあった街に帰ってきた。
避難先の境界街で、あまりいい仕事にありつけなかったせいもある。
久しぶりに見た街並みは、あの悪夢の日と大きく変わっていないように思えた。
忌まわしい蟻どもに好き放題にされたはずだが、それらしい痕跡はどこにもない。
まるで逃げ出したあの日から、時が止まっていたかのようだ。
と首をかしげるホラックに、元冒険者仲間で現同僚のムッサンが得意げに教えてくれた。
「なんでも凄まじい魔技の使い手がいて、街まで直しちまったんだとさ」
「そいつはスゲェな。でも、そんなことができる魔技なんて聞いたこともねえぞ」
「でも、この街の有り様が動かぬ証拠だぜ。まさに英雄様々ってやつだな」
「本当にやってみせたってんなら、そいつに一度くらいお目にかかりたいもんだぜ」
詳しい話は誰も知らなかったが、その人物の働きによってクソったれの蟻どもは追い出され、荒れ果てた通りや家々が直されたのだと噂になっていた。
ただ街はほぼ元通りであったが、周りはそうでもない。
目と鼻の先にある瘴地にあふれ返るモンスターどもで、いつまた同じような悲劇が起こるかもしれない事態である。
それでも妻と二人の子どものために、ホラックはここで踏ん張るしかなかった。
幸いにも人手不足のせいか、前職よりも上の立場に戻れることとなった。
なんと出張所の所長だ。
だが現地へ行ってみて、そのあまりの惨状にホラックは声を失った。
頑張って切り拓いたはずの湖畔の出張所は、紅樹に埋もれ廃墟と化していた。
あんなに綺麗だった船着き場も、赤い泥に埋もれ見る影もなくなっている。
しかも木が密集しすぎて、近づくことさえ叶わない状態だ。
残っていたのは手前の馬車の発着場の跡地に、辛うじて持ちこたえている小さな休憩小屋だけであった。
ホラックと副所長兼解体担当のムッサンの最初の仕事は、小屋の修理とはびこる荒れ地茨の除去だった。
どうにか形だけでも整えることができたが、問題はまだまだ山積みだ。
まず湖を取り囲む紅樹林だが、放っておくと地面を泥状にしながらどんどん広がってしまう。
小屋のすぐ背後まで迫っているので、これをなんとかしなければならない。
紅樹自体は軽く加工もしやすいので、木工職人には人気の木材である。
だが肝心の木こりどもが、怯えてここまでやってきてくれないのだ。
さもありなん。
すぐそばの湖に、バカでかい水竜が居座っているのだ。
まともなやつなら、まず近づこうとは思わない。
さらに船着き場や小舟も残らず消え失せたせいで、手出しができない水棲馬まで大発生中ときた。
愚痴っていても現状は変わらないと、避難先の境界街で学んだホラックたちは斧を片手に伐採を始めた。
だが業務の合間の素人仕事だ。
その上、二人では人手不足にもほどがある。
「おい、ホラックよ。これ厳しすぎねえか? 職員様のやる仕事とは思えねえぞ」
「他にやれるやつもいないんだ。諦めて手を動かせ」
「ふぅ、戻ってきたのは失敗だったかもな」
「かといって、他に選択肢もなかったろ」
そんな激務の毎日で、くたくたになっていたホラックたちの前に現れたのは三人組の巨漢であった。
狭い小屋に入ってくるなり、その中で一番年上らしい男が馴れ馴れしく尋ねてきた。
「なぁ、そこの赤い木、切ってもいいか?」
「おお、好きなだけ切り倒してくれ!」
紫眼族にはあまりいい印象がなかった二人だったが、その申し出はありがたく受け取ることにした。
斧を担いだ男どもは、またたく間に木を切り倒し始める。
たちどころに丸太の山が出来上がった。
しかし買い取りの査定をしようとムッサンが話しかけると、男どもは顔を見合わせて笑い出す。
「ああ、これはちょっと個人的に入り用なんでね。売る気はねえんだ」
そう言いながら男どもは、丸太を少し下流の浅瀬に近い川原へ運んでいってしまった。
勝手に街に持ち帰って売りさばくのは問題だが、現地で私用に使うのは問題ではない。
むしろ問い詰めて、伐採を止められるほうが問題だ。
互いに目を合わせたホラックたちは、それ以上は何も言わないことにした。
それにやるべき他の仕事が、山のようにあった。
ぼちぼち増えてきた冒険者たちのおかげで、跳び縞貝は安定して狩れるようになったが、他のモンスターは全く手付かずのままである。
特に厄介な湖水竜の群生相は、早急に手を打つ必要がある。
と、何度も本局に伝えてみたのだが、検討中という言葉しか返ってこなかった。
尻に火がつきかけている状況で一向に動こうとしない気難し屋で有名な新しい局長に、焦るばかりの二人だったが、そこへようやく吉報が届く。
なんとボッサリアを救った英雄が、直々に来てくれるという話だ。
「打つ手がねえのかと思っていたら、まさか英雄様の召喚とはな」
「ああ、これでなんとかなるかもな」
そして待ちに待ったその日、馬車から降りてきたのは自分たちとさほど歳の変わらない男だった。
続いて年端もいかない愛らしい少女に、目も覚めるような長い耳の美女。
さらに息子と変わらない年頃の幼い子ども。
「本当にあれなのか?」
「う、噂どおりの組み合わせなんだが……」
「で、どれが肝心の魔技使い様なんだ?」
先頭の男は、剣を吊るしているので除外だ。
杖を持つ女性たちはそれらしいが、凄まじい魔技を使うにしては若すぎる気がしないでもない。
押し黙ってしまった二人に近寄ってきたのは、紫の瞳をした可愛い幼子だった。
なぜか腰に下げた虫かごを指差してみせる。
「ん」
「…………ま、まさか、この虫が?」
「あ、あり得ないだろ」
狩場の来場者リストに記された名は、くろすけであった。
そして子どもが、どうしてか叱られていた。
その後、ぞろぞろと若者たちや盾を背負ったたくましい男を引き連れた英雄一行は、あの変わり種の紫眼族の一人に声を掛けられ下流へ連れていかれてしまった。
昼食を済ませたホラックが送迎用の馬車の御者と打ち合わせをしていると、ムッサンが息を切らして小屋へ駆け込んでくる。
「お、おい、あいつらなんか変なことヤッてるぞ!」
慌てて川辺へ飛び出したホラックらが目撃したものは、なんとも言い難い光景だった。
大きな筏が川を溯っていた。
筏の左右には櫂を手にした男どもが、必死な顔で水を跳ね上げている。
その中に紫眼族の男たちの姿を見つけたホラックは、ようやく彼らが木を切り倒していた意味を悟る。
男たちの頑張りの成果か、筏は赤い川面を揺らしながら勢いよく進んでいく。
そのまま湖に乗り込むかと思った矢先、筏の中央に立っていた蒼鱗族の少女が声を張り上げた。
とたんに男たちは櫂を漕ぐ手を止めた。
そしてくるりと湖に背を向けると、またも勢いよく櫂を動かしだす。
たちまち筏は、やってきた方向へ逆戻りし始めた。
無謀過ぎる突入が取りやめになったことで、ホラックとムッサンは肩の力を抜いて疲れきった笑みを浮かべた。
だが、しばらく見ていると、またも筏が下流から戻ってくる。
そして湖の手前まで来ると、そこであっさりと引き返してしまう。
どうやら少女の掛け声に合わせて、筏を動かす練習をしているようだ。
最初は固唾を呑んで見守っていた他の冒険者たちも、目の前を行き来するだけの筏に次第にヤジを飛ばし始めた。
しかし男どもは気にする素振りもなく、黙々と櫂を漕ぎ続けるだけだ。
彼らの練習は、その日の午後いっぱい行なわれた。
そして翌日、ホラックたちはさらに信じ難い光景に出くわす羽目となる。




