湖水の主
「うわー、おっきな蛇だね」
「……いや、あれはおそらく水竜だな」
胴体の上部に魚とよく似た特徴を見つけたトールは、ソラの漏らした言葉を訂正した。
疑問符を浮かべる少女に、その違いを説明してやる。
「ほら、背びれがあるだろ。あれは蛇にはないからな。あと、分かりやすいのは鱗か。見えるか?」
「うーん、赤い?」
「ムーはバッチリみえたぞ、トーちゃん! なんかでっぱってるな」
「ほー、ここからよく見えるな」
「ちっさいくせにやるじゃねえか、ムーちび」
同様に目を凝らしていたロロルフたち三兄弟が、驚いた口調で子どもを褒める。
視力が飛び抜けている紫眼族の中でも、ムーの目はさらに性能がいいようだ。
「竜の鱗は独特の形をしててな。棘鱗とか言うらしい」
「そういえば、飛竜さんの鱗もボコボコしてたねー。って、あれ竜なの!?」
「そうだぜ、ソラちゃん。アイツがこの湖の主ってやつだ」
得意顔のロロルフの説明によると、もとよりこの血溜まりの湖には湖水竜というモンスターが奥のほうに棲息しているらしい。
竜といっても実は妖かし沼の青縞大蛇とさほど変わらぬ大きさで、体組織の回復力は飛び抜けているものの長期戦で挑めば倒せない相手でない。
そのため赤黒い鱗を持つ竜を倒すことは、次の白岩級への昇格条件にもなっていた。
しかしボッサリアが一時、壊滅状態に陥ったせいで、長らく放置され数が増えすぎて群生相化した結果、あのように巨大なモンスターが誕生してしまったというわけだ。
ただ幸いなことに竜は縄張り意識が強いため、あの一匹が他を制してしまい、他に巨大化したものはいないらしい。
竜とは精霊の恩恵を強く受けた種だと言われている。
頑丈な鎧に覆われた体躯には、翼やヒレなど環境に適した器官があるのが特徴だ。
巨体に宿る生命力も強く、生半可な負傷などは簡単に再生してしまう。
そのうえ、魔技にも耐性があるのだとか。
さらに上位の古龍種となると、精霊を自在に操る力さえ持つと言われている。
「なるほど、あれが問題になっている厄介なモンスターか」
「普通ならもっと湖の奥にしかいないんだが、それがこの辺りまで出張ってくるようになってな」
そのせいで中ほどにある小島に渡れず、水棲馬まで増えてしまうという有り様だとか。
「で、俺にアレをどうにかしてほしいと」
「話が早くて助かるぜ、トールの兄貴。ちょいと手を貸してほしい件があってな」
「詳しく聞かせてもらうか」
「だったら先にごはんにしませんか? ちょうどいい感じに煮えてますし」
ディアルゴの提案で、ひとまず昼食をいただくこととなった。
来客に備え、密かに多めに作ってあったらしい
たちまち木箱が引っ張り出され、テーブルの周りに椅子が増やされる。
主役は青豆と跳び縞貝の身を煮込んだ鍋だ。
たっぷり赤辛子粉がまぶされているせいで、遠くに見える湖そっくりの色合いとなっている。
ヒリヒリするような匂いに生唾を呑み込んだリッカルだが、一口食べ終えて目を丸くした。
「おお、カレぇええ! でもウメぇええ!」
「うんうん、あとからググっとくる辛さがいいわね」
「……懐かしい。うん、子どもの頃、よく食べた味です」
「また腕上げましたねー、ディアルゴさん」
ソラやアレシア、エックリアたちにも好評のようだ。
対して辛いものが苦手なシサンやヒンク、ムーは疑いの目で仲間たちを見つめた。
「あんなこといってるけど、だまされちゃダメ。ムーはしってるぞ! おくちがすごくいたくなるんだぞ!」
「ああ、辛いってのは舌がバカになるだけだからな」
「でも、めちゃくちゃ美味しそうだよ。いい匂いだし、ちょっと食べてみようかな」
いきなり裏切ってみせたリーダーに、残った二人は信じ難い表情を浮かべる。
「ええ、美味しいわよ。一口食べてみる?」
アレシアが差し出した木匙を、ぱっくりと咥えるシサン。
もぐもぐと噛み締めたあと、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「うっ、旨味がすごいね。あと意外と辛くな――、からっ! からっ! うがぁぁ!」
必死の形相で水を口に含むシサンの姿に、ヒンクとムーは手を握り合って体を震わせた。
そこへ給仕をしていたディアルゴが、湯気の立つ皿を三人の前に並べる。
「ごめん、お待たせ。はい、赤辛子抜きだよ」
「うめぇぇ! 貝の旨味を豆が吸って、たまんねぇ一品ですね」
「おかわりくださいな!」
「ハァハァ……、……もっと、はやく……出してほしかったです」
普段は慎重な盾役だが、食に関しては隙の多さを見せたリーダーであった。
若手組たちがもりもりと料理を平らげる横で、トールたちも喉を潤しながら盛り上がっていた。
なみなみと注がれたジョッキの麦酒を空にしたロロルフは、深々と満足げな息を吐く。
「ふぅぅう、やっぱこの一杯だな」
「ああ、よく冷えて最高だぜ」
「これ、もしかして冷却盤で冷やしたのか?」
喉越しを通る液体の冷たさに、トールは思わず尋ねた。
魔石具である冷却盤は、上に載せたものを冷やす効果を持つ。
仕留めた獲物を長持ちさせることができたりもするが、本体が大きく重いため狩場にわざわざ持ち込むような冒険者はほとんどいない品だ。
さらに言うと、とても高価でうっかり壊れてしまうと洒落にならないという心配もある。
「ああ、ユーリルさんに麦酒を冷やすと美味いって教えてもらってな」
「今日みたいな陽気には、堪えられねぇ一杯だよな」
「ふふ、ストラでは雪につけて冷やすんですよ」
呆れた金の使い方にトールとガルウドが顔を見合わせていると、前掛け姿の茶角族の青年が新たな皿を並べだした。
「はい、焼き上がりましたよ。塩味はついてますが、物足りなかったらこれかけてくださいね」
ジュウジュウと湯気を発していたのは、串に刺された太い貝柱たちである。
さっそく赤辛子の粉を適度にふり、息を吹きかけて少し冷ましてから頬張る。
噛みしめると中から溢れ出す旨味を含んだ汁に辛味が加わり、渾然とした味わいが生まれてくる。
冷えた麦酒で喉奥に流し込んだトールは、何も言わずに大きく頷いた。
「これは無敵の組み合わせだな」
「だろ?」
食事を楽しみながら、トールは三兄弟たちと作戦の概要を話し合う。
「つまり俺の<復元>で、筏が壊れたら直してほしいってことか」
「小島まで行く際に、主に襲われたらそこでお仕舞いだしな」
「あの小島に何か勝算があるのか?」
小さな島と呼んでいるが、この川原以上の広さは余裕でありそうだ。
だがそれでも、あの巨大な湖水竜に挑めるようなスペースがあるとは思えない。
それにそもそもの話、水中での活動に特化している水竜を、どうやって地上に誘い出すかも不明だ。
「勝算というか作戦の一部だな。あの水棲馬どもが鍵なんだよ」
首をかしげるトールとユーリル、ガルウドの顔を見ながら、三兄弟は揃ってニヤリと笑みを浮かべてみせた。




