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湖に潜むもの


 ロロルフの言葉通り、それはまごうことなき筏であった。


 使われている赤茶色の丸太の長さは、およそトールの背丈の二倍ほどだろうか。

 十本近くが整然と並べられ、横に渡した二本の木でしっかりと連結されていた。

 

 興味深いのは、その横木の部分だ。

 よく見ると切れ込みが入れてあって、そこにピッタリ丸太がはめ込んである。

 さらにその上から細く裂いた木の皮でガチガチに括られており、思っていた以上に工夫が凝らしてあるようだ。


「なるほど、紅樹で作ってあるのか」

「ああ、こいつらならそうそう腐らねぇからな」


 ここも当たり前だが血流しの川と同様で、鉄や普通の木では数日で錆びたり腐ったりしてしまうらしい。

 だがその水を吸って伸びる木は、唯一の例外であると言える。

 その点に目をつけただけでなく、釘や普通の縄を使わずに筏を組んでみせたロロルフたちに、トールは素直に驚いてみせた。


「よくよく面白いことを思いつくな、お前らは」

「褒めすぎだろ、トールの兄貴」

「もう照れるな。どうですか? ユーリルさん」

「素晴らしいですね。ええ、感心いたしました」

「よっしゃぁ!」

「作ってよかったな、兄貴!」


 なぜかトールの言葉よりも、その一言に兄弟たちは目を輝かせて熱く握手を交わし合う。

 興味深そうに筏を眺めていたソラも、弾んだ声で称賛した。


「すごい! こんな立派なの、よく造りましたね」

「だろ?」

「でも、向こう岸に行く必要ってあんまりないような。って、もしかして!?」


 視線を上流へ向けた少女に、三兄弟は揃って大きく頷いてみせた。

 血流しの川と違い、ここの川原はほとんど人がいない。

 わざわざ危険な流れを渡って、向こう側で狩りをしなければならないほど逼迫した状況ではないようだ。

 となると、目的の場所は向こう岸ではなく、もっと広々とした場所ということになる。


「ここらでもモンスター自体はいるっちゃいるんだが……」

「見せたほうが早いだろ、兄貴」


 そう言いながら、両手斧を無造作に持ち上げた次男のニニラスが川へ近づく。

 ゆったりと流れる川面に小さな波紋が生まれたかと思うと、いきなり何かがまっすぐに飛び出してきた。

 それは細く束ねられた水流のようだった。


 即座に斧頭が動き、赤黒い水は両断され雫となって撒き散らされる。

 続けざまにまたも水流が撃ち出されるが、ことごとく豪快な斧の一振りで霧散した。

 

「ちまちまと面倒なんだよ。さっさと出てきやがれ!」


 ニニラスがドンと足踏みした瞬間、水面が大きく盛り上がり、今度は子どもの頭部ほどの塊が飛び出してくる。

 それは大きく口らしきものを開き、挑発した戦士に挑みかかる。


 だが待ち構えていたニニラスによって、あっさりとその攻撃は不発に終わった。

 持ち上げられた両手斧の柄にがっしりと噛み付いたまま、モンスターは為す術を失ったようにぶら下がる。


 見学していたソラたちは、わずが数秒でモンスターを仕留めてしまったニニラスにいっせいに拍手を送った。

 そして獲物の様子を見ながら、口々に感想を漏らす。

 

「これって貝ですか?」

「なんかスゲェーでっかいな」

「へー、こんな貝もいるんだねー」

「ソラちゃん、山育ちだからか。海行くと、こんなのいっぱいいるよ」


 ポタポタと赤い雫を滴らせていたのは、赤い縞模様が浮かぶ大きな二枚貝であった。

 斧の柄の部分を、貝殻でがっしりと咥え込んでしまっている

 

 しばし見せびらかすように両手斧を掲げていたニニラスだが、そのまま激しい勢いで真下に叩きつけた。

 ただ地面は小石混じりの柔らかな土のため、さほどダメージはないようだ。


 もっともニニラスの狙いは、それ目当てではなかったらしい。

 地面に貝を押し付けて固定したまま、器用に斧の柄をひねってみせる。


 結果、思わぬ力がかかった貝は、その口が強引にこじ開けられた。

 すかさず、その隙間に両手の指を差し込むニニラス。

 上腕三頭筋が大きく盛り上がったと同時に鈍い音が響き、二枚貝は一枚に開かれてしまった。

 

「と、こんな感じだ。どうも、こいつら手応えがなくてな」


 ニニラスが仕留めたモンスターの名は跳び縞貝。

 浅瀬に潜み、誰かが近寄ると水流を飛ばして襲ってくる習性を持つ。

 簡単に防がれていたが、並の人間ならば皮膚を貫くほどの威力があるらしい。


 さらに二枚の貝殻で挟み込む攻撃は、末端部位ならやすやすと切断されてしまうそうだ。

 それをこともなげに逆方向へ開いてみせるあたり、ニニラスの腕力も相当なものであると言える。


「これ、食べられるんですか?」


 目を輝かせて貝の内臓を覗き込むソラに、ちょうど天幕の後ろから鍋を抱えて出てきた男性が答える。


「ソラさん、実は分かってて訊いてますね」

「こんにちは、ディアルゴさん。さっきからもういい匂いがプンプンしてますし、もしかしたらなーって」

「よく洗わないと臭みが出るんですが、味はかなりいけますよ」


 そう言いながら盾士の青年は、いつの間にか準備されていたテーブルの上で鍋の蓋を取る。

 中から現れたのは、貝の身がたっぷりと泳ぐ煮込み料理だった。

 溢れ出す旨味を含んだ濃厚な香りに、ムーが大きくよだれをすすった。


「お。ムーちび、居たのか。今日はやけに静かだな。ああ、ここ、石がすくねぇからか」


 ニニラスに名指しされた子どもは、左右をわざとらしく見回してみせる。

 それから、おもむろに平たい胸を張ってみせた。

 そして無言のまま、自分の腰に下げた虫かごを指差す。


 ツヤツヤと黒光りする虫の背中を目撃した次男は、大きく息を呑んだ。

 鋭い眼光を放ちながら、黙って頭を縦に振る。

 ムーも無言で頷き返した。


「……やるな」

「むぅ」

「名は?」

「……くろすけ」

「……いい名だ」


 強く手を握り合う二人を脇に、ロロルフが説明を続ける。


「この辺りはこの縞貝しかいなくて退屈してたんだが、誰も手を付けてない狩場があるって気づいてな」

「湖の上で戦うつもりなのか?」

「いや、あの奥のほうを見てくれ、トールの兄貴」


 長男が指差したのは、湖の中ほどに見える小島だった。

 それなりに広く、天幕なども余裕で立てられそうである。


 だが注目すべき点は、島の大きさではなかった。

 トールたちの目を引き寄せたのは、小島の岸辺に佇む獣たちの姿だった。


 長い首にまとわりつく黒いたてがみ。

 それらは、下半身を水に浸した馬の群れのように見えた。


「水棲馬ってやつだ。なかなかの獲物だろ」

「そうか、あれが目当てか」


 不敵な笑みを浮かべたロロルフだが、その表情がすぐに崩れる。


「と考えていたんだが、そうそう上手くいかなくてな。兄貴が来てくれて助かったぜ」


 そう言いながら、堂々たる体格を誇る戦士は困ったように肩をすくめてみせた。


「この時間だと、そろそろ見えるかも。お、居たな。あそこだ」


 またもロロルフが指差す先へ、視線を向けるトールたち。

 そこに広がっていたのは、奇妙な風景だった。


 島の手前の湖面が盛り上がり、波が大きく揺れていた。

 うねりながら何かが水面下を移動しているのだと、眺めていたトールたちはようやく気づく。


 しかし長さが異常である。

 少なくとも小島よりは、波の幅がありそうだ。


 不意に波頭が砕け、何かが水中から姿を現す。

 それは真っ赤な鱗に包まれた巨大な胴体の一部分であった。


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【コミカライズついに145万部!!】
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