整い出す準備
「店構えがそっくりだな」
「……どもです」
ボソリと答えたのは、まだ二十代後半といった男性だ。
やや線の細い体を革の前掛けで包み、似合わない顎ヒゲを伸ばしている。
見た目の共通点はあまりないが、そのぶっきらぼうな物言いも父親とよく似ていた。
「注文にきたんだが、いいか?」
「どうぞ」
またも短い応対に、トールは少しだけ口角を持ち上げながら品札を差し出す。
受け取った男はその内容にチラリと目を通したあと、無表情のまま札を突き返してきた。
「……白鼬は、俺の手には余ります」
「いや、お前なら大丈夫だっておやっさんが太鼓判押してたぞ、クラカ」
路地奥の防具屋の店主ラモウの長男である青年は、その言葉にようやく顔をわずかにしかめてみせた。
トールたちが現在、訪れているのは、ボッサリアの外街の北の大通りから少し入り込んだ路地の奥にある革職人の店だ。
真新しい看板には革鎧一式が描かれているだけで、それ以上の説明はない。
どうやら商売っ気のなさも、父親とそっくりのようだ。
ただ一つ、父親の店と決定的に違っていた点が――。
「えー、受けましょうよ、店長! 英雄様、御用達ってなったら大評判になりますよ!」
大きな声でトールたちの会話に割り込んできたのは、小柄な女性の店員だった。
歳は二十代なりたてだろうか。
身長はソラより頭一つほど低いが、その胸部は皮の前掛けを押し上げるほどの自己主張をしている。
目尻のやや吊り上がった瞳の持ち主で、元気の良さが振る舞いの端々に表れていた。
「店長じゃない。親方だ」
「親方ってなんか威厳がある感じじゃないですか。店長には全然あってないですよ」
ハッキリと言い切られてしまったクラカは、今度は露骨に顔をしかめてみせた。
本人も気にしている点だったようだ。
「弟子は乗り気みたいだな」
「生意気な奴ですみません」
「前向きなのはいいと思うがな。で、受けてくれるのか?」
再びの問いかけに、クラカは少し考え込みながら逆に質問を返してきた。
「どうして、そこまで俺に?」
確かに革職人の腕前を考えるのなら、ラモウに頼むのが最善であろう。
だが技術で言うなら、直弟子であった長男も見劣りするほどの差はない。
事実、あいつに足りないのは自信だけだと、ラモウが漏らしていたのを幾度か耳にしたこともある。
しかしながら、それもまた違うのではないかとトールは考えていた。
「そう重く受け取るな。面白そうな素材が手に入ったので、自由にやってみたらどうかと思っただけだ」
黒焦げになってしまった白鼬であったが、トールの<復元>により、しなやかな毛皮はすっかり元通りである。
肉のほうも今日の夕食で、若手組の昇級祝いのご馳走となる予定だ。
最初はシサンたちが仕留めた獲物のため、彼らの装備品の材料となるはずであった。
が、倒したのは自分たちではないと、遠慮されてしまったのだ。
そこで、どうせなら変わった装備を作るのも面白いかと感じた次第である。
「……ですが」
「そうだな。おやっさんなら、無難に鎧か手袋、革靴ってとこだろうな」
「ええ、俺もそう思ってました」
「でも丸々一匹分だぞ、もっと派手に使ったほうが、面白いものができると思うんだが」
その言葉で、クラカの両の眼に一瞬だけ光が宿ったことをトールは見逃さなかった。
名人である父親を間近で見て育った長男には、その仕事ぶりが脳裏に焼き付いてしまっている。
本店とそっくりな店構えや、言葉足らずな接客態度はその表れだろう。
けれどもそれは、あくまでもラモウの模倣に過ぎず、クラカらしさは少しも感じ取れない。
この顎ヒゲが似合わない長男に欠けているのは、自信ではなく新たなものに挑戦する気持ちではないかというのがトールの考察だった。
だが今の反応を見る限り、困難に挑みたいという職人魂もしっかりと受け継がれていたようだ。
畳み掛けるように、トールは言葉を続ける。
「俺のスキルについては、おやっさんから聞いているだろ」
「……少しだけですが」
そう言いながら若い革職人は、生唾を飲み込みながら頷いてみせる。
失敗してもいくらでもやり直しが利くということに、ここに来て気づいたらしい。
「やる気になったようだな」
「俺で本当にいいんですか?」
「ああ、お願いするよ」
「その前に、誰の装備を作るとか聞かなくていいんですか? 店長」
もっともなその問いかけに、クラカは慌てた顔でトールに向き直った。
そういった点は、世慣れた父親にはまだまだ及んでいないようである。
頷いたトールは、背後でじっとしていた紫眼族の子どもを紹介するように前へ押し出した。
「こいつの装備を作ってもらおうと思ってな。ほら、挨拶は?」
「ん、おはよう!」
「可愛らしいお子さんですね! 蜜蝋舐める?」
「んん。ムーはいま、はんせいちゅーだから」
「あらー、なんかやらかしたかー」
昨夜の件については、きつく叱ったりはしていないが、その危険性だけはきちんと理解できるよう説明してある。
そのせいか、今日のムーは非常に大人しく聞き分けが良かった。
もっとも三日後の謹慎明けにはまた元通りになるだろうと、トールたちは予想済みだ。
子どもはそれくらい元気で、いろいろとやらかすほうが性に合っている。
また同じようなことをやらかしたとしても、じっくり何度でも言い聞かせていけばいい。
子育てとはそういうものだというのが、トールたちの認識だった。
少なくとも、出会った当初の捨てられる怯えを隠した子どもに戻るようなことをする気はない。
「よしよし、はやく元気になるんだよ」
そう言いながら屈んだ店員の女性は、ムーをしっかりと抱きしめる。
そのまま子どもの背中をポンポンと叩いていたが、不意に思いついたように顔を上げた。
「その品札、ちょっと見せてもらえますか」
受け取った白鼬の革の品札をしげしげと眺めた女性は、笑みを浮かべながら結論を口に出す。
「この子の大きさとほとんどいっしょですね。すっぽり中に入れそう」
「…………そうか。それだ!」
女性の言葉にいきなり目を爛々と輝かせたクラカの姿を、トールは頼もしそうに見つめた。
注文を済ませ別れの挨拶を交わしたトールたちは、外街の中心にある広場を目指した。
待ち合わせをしていたソラとユーリルだが、遠巻きに男どもの壁ができていたのですぐに見つかった。
串焼きをくるくると回していた少女が、嬉しそうに手を振ってくる。
「トールちゃーん。こっちこっち」
一瞬で男どもの視線が集まるが、ムーを連れていたせいかすぐに正体に気づいたようだ。
口々に露骨なため息を漏らしながら、散らばっていく。
「どうだ。店はあったか?」
「うん、親切な人に教えてもらったから、すぐにわかったよー」
「注文も済ませておきました。二点で四日かかるそうですよ」
トールと別行動をした二人が出向いていたのは、銀細工師の店である。
以前から評判はよかったのだが、近頃、ボッサリアで営業を再開したという話を家令のエリッキ経由で聞いていた。
そこで沼で入手した真銀と、とあるアイテムを組み合わせた品を頼んだというわけだ。
「こっちも同じく四、五日ほどでできあがるそうです」
「ほー。楽しみだねー」
「じゃあ、その前に一仕事済ませるとするか。次は確か血溜まりの湖だったな」




