結成、かぶと虫救出隊
「――なにやってんだよ」
当然であるが、そんな無謀を周りが見逃すはずもない。
穴に落ちる寸前でリッカルに後ろから襟首を掴まれたムーは、宙ぶらりんの状態で手足をジタバタと動かした。
「ムーの、ムーのかぶと虫!」
「おちつけって。あばれたら、おっこちるだろ」
赤毛の少年は冷静な口調のまま、その小柄な体躯に似合わぬ腕力で子どもを安全な場所へ引きずり戻す。
特に怪我もないその様子に、トールは小さく息を吐いた。
そのまま出番のなかった<遡行>の対象を虫かごへ変えてみようとしたが、どうやら自然に落ちたせいか発動条件に合わないようだ。
背後からしっかり抱きかかえられたムーは、リッカルの腕の中でがっくりとうなだれる。
その悲しみや焦りが入り混じった顔色は、魔女を目撃した時よりもはるかに感情豊かであった。
思わず苦笑を漏らしたトールが髪を撫でてやると、子どもは潤んだ瞳で見上げてくる。
「くぅぅく、くろすけが……、くろくろに……」
「ダイジョブだって。ほら、耳すませてみろ」
リッカルの言葉に、しゃくりあげたムーは素直に耳を傾けた。
トールも同じように聞き耳を立てる。
穴底からかすかに聞こえてきたのは、何かを低く震わせたような音だった。
たちまちムーがその正体に気づく。
「くろすけ!」
「な、ちょっと落ちたくらいじゃヘーキだっての」
「かぶと虫が翅を鳴らしているのか。じゃあ生きてそうだな」
安心したように息を吐いた子どもだが、またもチタパタと暴れだす。
「おい、なんだよ。あぶねーぞ」
「くろすけをたすける!」
「ムー、この穴の下は嫌な気配が多いのか?」
「さっきからそういってるでしょ、トーちゃんはもう!」
ムーの言葉に、目を合わせたトールとシサンは頷きあう。
「どうやらこれ、犬鬼の坑道に繋がっているようだな」
「もしかしたら穴熊が偶然、掘り当てたのかもしれませんね」
「なんにせよ、確認する必要はあるな。……ついでに頼めるか?」
「はい、任せてください!」
竪穴は角度が急だが斜めに傾いており、壁に手を付けて突っ張れば安全に降りられそうである。
もっとも狭すぎて、体格のいいトールは確実に入り口で詰まってしまいそうであるが。
いつもの円盾も幅がありすぎて引っ掛かってしまうため、予備の小盾に交換したシサンが慎重に体を入れていく。
皆が見守る中、腰帯に魔石灯をぶら下げた少年は、慎重に穴を降りていく。
数分ほどで底に着いたらしく、無事を知らせる声が響いてきた。
続いてリッカルが穴へと入ろうとする。
その背中にムーが跳び乗って、しがみついてしまった。
「なんだよ。ジャマすんなよ」
「ムーもいく!」
「えー、マジか」
全く離れようとしない子どもの様子に、リッカルも困った顔でトールを見上げてきた。
トールはその視線に軽く頷いて、懸命な顔のムーに話しかける。
「兄ちゃんたちの邪魔しないって約束できるか?」
「うん!」
「破ったらオヤツ抜きだぞ」
「えっ! いちにちだけ?」
「いや三日だな」
「なんてひどい……。じゃあ、そのあいだはトーちゃんのぶんでがまんするか」
「それだと俺の罰になるだろ。ま、あんまり余計なことすんなよ」
「え、マジでついてくんの?」
驚いた声を上げるリッカルに、屈み込んだヒンクが耳打ちする。
「俺たちを信頼してまかせてくれるんだろ。それにムーがいると索敵がすげー助かるからな」
「ムーはおやすくないぞ! でもおねがいするなら、たすけてあげてもいいけどなー」
「エラそうだな、おい」
手を伸ばして子どもの広いおでこを指で弾いたリッカルだが、肩にかかる重みにまだ不安げな表情は消えていない。
するとそこへユーリルが、微笑みながら口を開いた。
「でしたら、私も同行しましょうか?」
これ以上はないと思える助力の申し出であったが、今度はアレシアが慌てて口を挟む。
「あの、たぶんユーリルさんは無理だと思います」
「あら、こう見えても、ずいぶんと体力はついたんですよ」
「そうじゃなくて、その……」
「ふふ、安心してくださいな。ご面倒はおかけする気はありませんよ」
「ではなくて、えっと……。もう、ちょっとリッカル出て!」
「え、オレ?」
「あとヒンクも後ろ向いてて!」
「俺も?」
矢継ぎ早な命令であったが、命綱である癒し手を怒らすわけにもいかず二人は素直に並んで壁に向く。
空いた穴の大きさを確認したアレシアは、小さく頷きながらユーリルへ話しかけた。
「どうぞ、試していただけたら、すぐにお分かりになるかと」
「そうなんですか? では、失礼して」
優雅な動きで穴に足を入れるユーリル。
そのままスルリと潜り込もうとしたが、動きが急に止まってしまう。
理由は言わずもがな、その豊かに出っ張った胸部のせいだ。
困惑した顔となった銀髪の美女は、そのまま何度か身を揺すってみる。
が、穴の縁に引っ掛かった部分は柔らかく形を変えるだけで、通り抜けようとしない。
しばし考え込んだユーリルは、残念そうに耳先を震わせた。
「手を貸していただけますか? トールさん」
「はい、どうぞ」
穴から戻ってきたユーリルは、弾む自分の胸を無言で見下ろす。
それから頬に手を当て、あっさりと不可能を認めた。
「ごめんなさい。ちょっと無理みたいですね」
「じゃあ、わたしにまかせてください!」
そんなわけで、代わりにソラが一緒にいくこととなった。
ムーを肩車をしたリッカル、エックリア、アレシアの順で竪穴に入っていく。
次いでソラも続き、最後のヒンクが入る前に軽く打ち合わせをする。
「偽物かもしれないから、俺たちはここで待機しておくぞ」
「はい、だいたい二、三時間ほどで一度、戻ってきますね」
「もし違った出入り口から外に出れたら、のろしを上げてくれ」
「分かりました」
「気をつけてくださいね」
嬉しそうに手を振った少年は、軽やかに穴の底へと姿を消した。
二人きりになったトールとユーリルは、顔を合わせて笑みを浮かべる。
「では、軽く片付けておきますか」
「ええ、ゆっくりできませんからね」
こぶし大の石を拾い上げたトールは、無造作に横穴の奥へと投げ込んだ。
次の瞬間、ぽっかりと暗闇が穿たれる。
何かが地面を打つ音を聞き取ったトールは、魔石灯を点けて奥の様子を窺った。
薄ぼんやりとした輝きが、地面に横たわる影を浮かび上がらせる。
「……これは」
「あら?」
奥で息絶えていたのは、予想を裏切って青い毛皮をまとったモンスターではなく、茶色い外皮を持つ巨大なミミズであった。
頭部に近い部分が、綺麗にえぐれてなくなってしまっている。
その胴回りは通常の三倍ほどあり、そのせいか地面の上に顔を出していたようだ。
おそらくこの異常な大きさは、真下に位置する迷宮からの濃い瘴気を取り込んだせいだろう。
「うーん、穴熊はいませんね」
「でしたら、あの穴は何が……?」
そこでトールは、この丘陵地に希に現れる珍しいモンスターが居たことを思い出した。
その外見は穴熊と少し似ているが、もっと小柄である。
だが凶暴性に関しては怒り穴熊をはるかにしのぎ、一説では竜にさえ牙を剥いて立ち向かうほどであると。
「やっぱり、心配になってきましたね」




