期待のニュービー
五日ぶりに訪れた冒険者局のロビーは前に比べると、やけに混んでいるようだった。
それなりの人数が壁際の椅子に腰掛け、雑談に興じている。
トールたちが足を踏み入れた瞬間、少しだけざわめきが止まり、間をおいてあちこちから話し声が漏れ出した。
「おい、見ろよ」
「聞いたぞ、真銀級のラッゼルがあっさりやられたって?」
「あり得ねーよな。あれ、泥漁りだろ?」
「一瞬で叩きのめしちまったらしいぞ。技を出す間もなかったんだと」
「本当か? だとしたら、見た目通りじゃないってことか」
「それだけじゃなく連れの子も、すげえ魔技使いらしいぜ。なんでも杖の一振りで、武技を跳ね返したらしい」
「たしかに、……すげえ可愛いな」
数回の冒険を経たソラは真っ白な亜麻布のローブも着慣れてきたのか、すっかりそれらしい雰囲気を身にまとっていた。
加えてふわりと柔らかに弾む黒髪と淡く色づく唇、尻下がりの愛嬌のある大きな瞳など、衆目を惹きつける要素もある。
ロビーの男どもの注目は、自然と魅力にあふれる少女に集まった。
しかし肝心のソラは全く気づく様子もなく、振り向いて連れの男性に無邪気に笑いかけている。
たちまち、周囲の声に嫉妬や羨望が入り混じった。
「冴えないおっさんに、あんな可愛い子がくっつくとかおかしいだろ」
「それ、親子だって噂だぞ」
「いやいや、聞いた話によると受付で夫婦って名乗ったらしい」
「まじかよ! ウソだろ。いくつ年の差あるんだよ。法廷神殿沙汰だぞ、おい」
「いや、さすがに犯罪は言いすぎだろ」
「トーちゃん、ここなんだ?!」
ひそひそ話を続けていた連中は、いきなりロビーに響き渡った幼い声に会話を止めた。
いっせいに大勢の視線が、トールの後ろから顔を出した三人目に移る。
そこにいたのは金色のくせっ毛を後ろにひっつめにして、広いおでこを丸出しにした子どもだった。
太ももまで達する真新しい赤い革のケープをまとい、細い足は厚手の長靴下でおおわれている。
紫色の瞳を大きく見開きながら、子どもはトールの腰帯を片手でギュッと握りしめていた。
あまりにも場違いな愛らしい存在に、またもそこかしこで声が上がる。
「子連れ?!」
「まさか、もうすでに?」
「いやまて、どうみても血は繋がってないだろ」
「でも、トーちゃんって呼んでたぞ」
「…………いったい、どうなってんだ……?」
遠巻きにして近づいてこない連中に、トールは先日の件が上手くいったようだと安心する。
今はソラとムーの育成に専念したいので、余計な干渉はできるだけ避けておきたかった。
「もうちょっと静かにな。ここは冒険者局っていう場所だ」
「ぼーけんしゃか。ユーばあちゃんにきいたぞ。トーちゃんのしごとだな」
「ね、ムーちゃん、わたし、先輩だから案内してあげるよー」
さっそく得意げに顎を持ち上げたソラが、ムーを連絡板の前に連れていく。
「みてみて、ムーちゃん。ほら、すごいでしょ?」
「なんだこれ!」
「ここにみんなで欲しいものとか、一緒にやりましょうって書くんだよ」
「ムーもかいていいのか?!」
「はい、どうぞー」
勝手に許可を与えるソラ。
背伸びした子どもは、空いていた場所に手渡された白墨を嬉しそうにこすりつける。
文字が書けたのかと興味深く覗き込むトールの前で、ムーはのびのびとお絵かきを始めた。
「なんだ、こりゃ?」
子どもが描き上げた落書きの謎っぷりに、トールは思わず疑問を口にした。
いびつな円に黒い点が三つ。ヒョロヒョロと枝分かれする棒線がくっついている。
それが三つ並んでいた。
「これ、トーちゃん。これがムー!」
言われてみれば、辛うじて人に見える。
一番左がトール、真ん中の小さいのは自画像のようだ。
その右にはムーよりも大きく、トールよりもやや小さい人物が描かれている。
「あ、これ、わたしかな?」
「それ、ユーばあちゃん!」
よく見ると顔の横に小さな突起がついていた。尖った耳を表しているようだ。
ユーリルの足元には、白く塗りつぶされたのと、斜め線の入った楕円形が並んでいる。
「えっ? じゃ、じゃあ、これがわたし?」
「それ、クロとシマ」
何を訊かれてるのかよく分からないといった顔をするムーと、何を言われているのかよく分からない顔になるソラ。
緊張もほぐれた頃だと見計らって、トールは子どもを促した。
「よし、満足したか? そろそろ受付に行くぞ」
「うん! またこんどお絵かきする」
白墨を置いたムーは、トールの腕につかまって窓口カウンターへ元気よく歩き出す。
一人残された少女は、落ち込んだ顔で連絡板の落書きを眺めていた。
「えー、わたし、いないの……?」
新規登録の窓口担当は、またもうら若き女性であった。
髪は短めで生真面目そうな顔立ちをしている。
緑色の制服を着こなしきれていないところを見るに、まだ新人のようだ。
「冒険者の新規登録を頼みたいんだが」
「はい、いらっしゃいませ! 本日はありがとうございます。では、こちらの用紙にご記入ください」
ハキハキとした話しぶりだが、質疑応答をいきなりすっ飛ばしている辺り、まだこの仕事には不慣れなようだ。
しかもトールの首元に下がっている緑色の縁取りのプレートに、全く気づいてない有り様である。
申請用紙にトールがスラスラと書き込んで手渡すと、受付嬢はフンフンと目を通し始めた。
「お名前はムムメメさん。ご出身はハクリ、ご年齢は九歳と……、課長、シエッカ課長!」
いきなり振り向いて声を張り上げる受付嬢に、赤毛の痩せぎすの男性が足早に近づく。
「またかね。今度はいったい何だ? ミカキ君」
「どうやら、年齢詐称詐欺のようです」
「はぁ?」
「見て下さい、容疑者の方は九歳だと言い張ってるんです」
小声で上司と相談していた受付嬢は、呆れ顔のトールへチラリと視線をよこす。
「何をバカなことを……。む、本当に九歳だな。お客様、こちらの年齢にお間違いはございませんか? 三十歳ほど足りてないようですが」
正確に自分の歳を言い当てた職員に、トールは軽く息を吐いて顎の下を掻いた。
それからトールとカウンターの間に入り込んで、背伸びしながら懸命に中を覗こうとしているムーを指差す。
「俺じゃない。希望者はこっちだ」
「おや、これはこれは。失礼いたしました」
カウンター下から顔半分だけ覗かせる子どもと、トールの冒険者札に素早く視線を移した職員は、受付嬢をじろりと睨みつけた。
「ったく、君は。早とちりもいい加減にしたまえ」
「す、すみません」
「したまえー」
「も、申し訳ありません」
なぜか受付嬢に両の親指を立てて、左右に振ってみせるムー。
直後にトールから頬を掴まれ、両側ににゅっと引っ張られる。
どうも防具屋の店主がやっていた仕草を覚えてしまったようだ。
「それじゃ、手続きを頼む」
「はい、ただいま。そんな小さなお子様ですが、大丈夫ですか?」
「こいつは魔技使いだ。モンスターに近づく必要はないからな」
冒険者の年齢資格は、八歳からとなっている。
これは貴族などの特権階級が、息子や娘を早めに仕上げるために押し込んできたルールだ。
スキルポイントは、戦闘中のパーティメンバーを強化したり回復しただけでも分配される仕組みである。
またそれ以外でも、武技や魔技を一度でもモンスターに打ち込めば戦闘に参加したものとみなされる。
ただしそのような強引にスキルを成長させるやり方は、実質一人少ない人数で戦うのと同義であり、よほど実力があるパーティ以外はあまり試みない。
ランクによって挑めるエリアが制限されてしまうので、低ランク向けの場所で余裕を持って稼ぐというやり方は不可能なのだ。
なので体が出来上がっていない子どもの冒険者は、相当に珍しいといえる。
けれども十分に戦力になりうる理由があれば、年少者をメンバーに加えることもあるにはある。
その一つを思い当たったのか、急に手を止めた受付嬢はまじまじとムーの瞳を覗き込む。
顔を上げた女性は、トールにきっぱりと告げた。
「許可は無理ですね」
「理由を聞かせてくれるか?」
「それは、その……」
「いいんだ、ミカキ君。お客様のご要望どおりに」
「え、でも不味いですよ、課長。<電探>所有者を索敵だけに利用する行為は、冒険者資格の停止か剥奪処分ですよ」
声を潜めているつもりだろうが、目の前にいるトールたちにも丸聞こえである。
正直な部下の忠告に、上司の男は音にならない舌打ちをした。
<電探>とは雷神ギギロの魔技系技能樹の下枝スキルにあたり、周囲のモンスターの位置を特定できるという非常に役立つ魔技である。
ただ便利ではあるのだが問題が一つあり、いくら特定できても使用者にはポイントが一点も入らないのだ。
モンスターを見つけるためだけに<電探>所有者を連れ歩く行為が過去に横行しており、冒険者の育成に相応しくないとして今は禁止されていた。
紫眼族の魔技使いで近接戦闘には全く役に立たない子どもである時点で、ムーも同様のケースだと判断されたのであろう。
他に攻撃を与えられる魔技を所有していれば話は早いが、基本的に一人に与えられる初期の枝スキルは一本のみである。
さらにそもそもの話、雷系魔技には攻撃に使用できる下枝スキルが存在していない。
中枝スキルになって、ようやく<電投矢>という小さな雷を飛ばせる程度である。
雷魔技士のパーティでの役割は、主に索敵と自己強化を使用してモンスターの注意を引きつける守りの要であった。
「あの、……申請を取り下げますか?」
「いや続けてくれ。その点は問題ない」
トールの言葉に、職員の男は下唇をわずかに震わせた。
向こうからすれば進んで穴に落ちる間抜けに見えるだろうが、そこまでトールも考えなしではない。
すでに対策は済ませてあった。
いや対策自体は、まだ何もしていないといったほうが正しいか。
「では、こちらに触っていただけますか?」
「これなんだ? トーちゃん」
尋ねながらムーは、受付嬢が置いた水晶玉をペタペタと撫でる。
受付嬢を押しのけるように魂測器を覗き込んだ男は、信じられないといった顔に変わった。
「えーと、ムムメメ様は紫の幹、雷精樹の系統ですね。所有スキルは――<電棘>?!」
「バカな……。<電探>じゃないだと」
希少な<電探>と違い、<電棘>は雷系魔技ではもっともありふれたスキルだ。
自分自身にしか使えないため、所有者をわざわざパーティに起用することはほぼありえない。
驚きの声を上げる二人を見て、ムーも瞳を丸くして両手を上げてみせる。
これも防具屋の店主の真似のようだが、なぜかこの状況にピッタリであった。
「で、では、特に問題はございませんので、冒険者札を発行させていただきます。いい……ですよね? 課長」
「…………ああ、うん」
「それではできあがるまで、しばらくお待ちください」
まだ目を見開いている上司に確認をとった受付嬢は、テキパキと処理を進めだした。
カウンターから離れ長椅子に腰掛けたトールは、足をブラブラさせる隣のムーに耳打ちする。
「おい、<電棘>を使ったことはあるか?」
「うん? おいしいもの?」
「食べ物じゃない。体に雷をまとう……。雷ってわかるか? 空が急に光ってすごい音がするやつだ」
「ムー、それしってるぞ! ドンピカするやつだな」
「その小さいのが体中に走る感じのやつだ。それっぽいのをしたことないか?」
心当たりがあったのか、子どもはパンッと両の手を合わせた。
「ああ、かゆいのなくすやつなー。ピリピリするんだぞ、トーちゃん」
「たぶんそれだ。じゃあ、魔力不足は心配ないか」
「うん、しんぱいないぞ!」
よく分かってないのに返事をするムーの眉の間を、トールは親指の腹でぐりぐりしておく。
その後、しばらく長椅子でくっつきながら待つと、受付嬢からお呼びがかかった。
大銅貨一枚と引き換えにプレートを受け取って、登録は無事に完了した。
「よし、これでやっと狩りにいけるな。そういや、ソラはどうした?」
「あ、お絵かきしてる!」
どうやらソラは今の時間まで、連絡板にせっせと何かを描き込んでいたようだ。
近づいたトールたちが覗き込むと、少女が描いていたのはムーの落書きの周りをぐるっと取り囲む花畑の絵だった。
「おい、終わったぞ」
「おわったぞー」
「え、いつのまに!」
自慢気に冒険者札を掲げるムーに、ソラは驚きながら喜んでみせる。
「おめでとう! よかったね、ムーちゃん」
「これでムーもぼーけんしゃか。トーちゃんとおんなじだ!」
「じゃあ、さっそく森に行くとするか」
「はーい。がんばろうね!」
「うん!」
二人のために扉を押し開けてやりながら、トールは一瞬だけカウンターを盗み見る。
表情を押し隠した職員の男は、出ていくトールたちをじっと見つめていた。




