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路地奥の店


「トーちゃん、ごはん?」


 深酒の余韻に浸っていたトールは、顔に何かが当たる感触で目を覚ました。

 またも寝過ごしたようだ。


 薄目を開けると、金髪巻き毛で紫色の目をした子どもがいた。

 ベッドの上で腹ばいになって、トールの顔をペタペタと触っている。

 トールも手を伸ばし、子どものほっぺたを掴んで軽く伸ばしてやった。


「おはよう」

「おはよう?」

「朝の挨拶だ」


 身を起こして伸びをしたトールは、ベッドに腰掛けたまま革靴に足を通す。

 昨夜はどうやら拾ってきた子ども、ムーと一緒に寝ていたらしい。

 

 ふと大事なことを思い出したトールは、急いでベッドの上を見回した。

 残念ながら、黒と縞の二匹の姿はなかった。

 代わりに脱ぎっぱなしになっていた革の上衣を見つける。


「トーちゃん、はらへった!」

「お前はいつも減ってるな。ちょっと待ってろ」


 靴紐を結んでいると、丸めた背中にムーがのしかかってくる。

 子ども特有の高い体温に少し驚きながら、トールは雑に払い落とした。


 立ち上がって服を着込み腰帯を巻いて剣を下げ、背負い袋を身につける。

 流れるように一連の動作を終えたトールは、ついでにサボってしまった革の手入れを<復元>で済ます。


 身支度を済ませたトールは、ベッドの上に転がるムーに右手を伸ばした。

 裸足の子どもはわずかに紫の瞳を見開いてから、飛びつくようにしがみついてきた。

 

「じゃあ顔を洗って、朝飯を食うか」

「ごはんか?」

「ちゃんと大家さんとソラに、挨拶するんだぞ」

「おはようってやつだな。まかせとけ!」


 朝食を終えた三人が向かった先は、北の大通りに面した路地の奥であった。


 古びた木の扉の上にかかった看板の文字は、かすれて読めない。

 なので誰も店の名前が分からないので、路地奥の防具屋とだけ呼ばれている。

 そして、それだけで通用する店であった。

 

 きしむ扉を押し開けると、加工された革の独特の臭いが薄暗い店の中にひしめき合っていた。

 壁一面にズラリと並ぶのは、取っ手がついた引き出しだ。

 天井からは、数枚の動物の革がぶら下がっているのが見える。

 中央に置かれた大きな机には、木槌やものさし、奇妙な形の包丁などが無造作に転がっていた。

 

 見本の防具などは何一つ置いていない。

 なので知らずに入れば、何の店か分からず戸惑ってしまうだろう。

 この路地奥の防具屋は、注文された品のみを扱う完全受注制の店であった。

 

「おう、お前か。なにしにきた?」


 黒い革製のエプロンをつけた店主が、接客業とは思えないぞんざいな口ぶりで出迎えてくれた。

 老年の男性の名前はラモウ。恰幅のいい髭面の親父だ。

 トールとはそれなりに長い付き合いである。


「ちょっと注文を頼みにな。今、忙しいか? おやっさん」

「見てわからんか? どいつもこいつもすぐに手入れを怠りおって。そのくせ、やれひび割れただの穴が空いただのと気楽に持ち込んできやがる」

 

 机の片隅に置かれた修理待ちの革防具の山を指差して、店主は大げさに肩をすくめてみせた。


「その点、お前は扱いだけは一流だからな。うん、相変わらず綺麗に使ってくれているようだな」


 今朝のごまかしを思い出したトールは、黙って顎の下を掻いた。

 少しだけ機嫌を直したラモウは、いぶかしげに用件を尋ねてくる。


「で、聞き間違えたかもしれんから確認しておくぞ。お前が注文を頼みにきただと?」

「急に新しい靴が入り用になってな」

「ふーむ、特に問題はなさそうだがな」


 トールの傷一つない革長靴をチラリと見やったラモウは、困惑気味に言葉を続けた。


「それともう一つ確認しておきたいんだが、こいつら、お前の知り合いか?」


 ぴったりと脇にくっつくような距離で、テーブルを熱心に覗き込むソラを指差す。

 それともう一人。勝手に引き出しを開けて、ガソゴソと中を漁る子どもを困り顔で見つめる。

 

「トーちゃん、ここからあまい匂いする!」

「そこは蜜蝋が入ってんだ。おいおい、顔突っ込むな! 危ねーぞ、坊主」

「おじさん、これなんの道具ですか? あ、これも変な形してる」

「ちょっと近えぞ、嬢ちゃん。初対面で、この距離感はさすがにねーだろ」

「ほら、二人とも挨拶しろ。ここの店主のおやっさんだ。見た目は怖いが、腕は一流だぞ」

「こんにちは、妻のソラです」

「アイサツだな。おはよう!」

「お前、いつ結婚したんだ? しかもガキまでこさえて……」

 

 パタパタとサンダルを鳴らして駆け寄ってきたムーは、勢いよくトールの腰にしがみついてくる。

 ユーリルのお古を借りてきたのだが、サイズが合ってないのだ。 

 勝手に引き出しを開けた罰にトールに頬を引っ張られた子どもは、嬉しそうに笑い声を上げた。


「いや、知人の娘を預かってるだけだ。こいつは昨日、拾った」

「なるほど、注文はこのガキの靴か。なんだか、楽しいことしてやがるな。ほら坊主、足型とってやるから、こっちこい」

「よんだか?!」 


 木製の台座に角もぐらのなめし革を置き、その上を踏ませて木炭で印をつけていく。

 

「すぐにデカくなるだろうし、ちょっと余らせるぞ。短靴でいいんだよな?」


 長靴は基本的に革か木の靴底がついているが、丈の短い短靴は袋状になめし革を縫い合わせるだけのが多い。

 あまり長持ちはしないが、値段が安く仕上がりも早いのが利点だ。


「これなんだ? トーちゃん」

「お前の足を汚さないための物だ。そうだな、柔らかめで頼むよ。猫の足の裏のような感じで」

「なんじゃそりゃ。ま、軽くいてやるか」


 革防具に使う革には二種類があり、まず皮をそのままスライムの体液で煮込んで蜜蝋を塗ったのが堅革。

 これは非常に堅く衝撃の吸収率も高いが、あまり長持ちせず、手入れを怠ればすぐにひび割れてしまう。

 

 もう一つはなめし革。

 こっちは柔軟で着心地はいいが、普通の服よりやや丈夫な程度である。


 そしてトールの愛用しているモグラ革の上衣や下衣は、なめした革をさらに削って厚みを薄くしてあった。

 モンスターの攻撃がかすめるだけで破けてしまうが、動きを阻害しないという部分では非常に優秀である。

 とことん攻撃を躱すことを突き詰めて、ラモウと何度も相談しながら作った一品だ。

 

「それと、この間、注文取消しになったって愚痴ってたケープがあったろ。たしか河馬革製の」

「ああ、注文主が河に流されたせいで、注文も流れちまったやつか。お前ら相手の商売は、こういうのが多すぎるぜ、まったく」

「まだ残ってるなら、こいつ用に仕立て直してくれないか?」

「ふむ、売れ損ないだし、こっちとしちゃありがたいがな。丈を詰めなくていいなら、三十分ほどでできるぜ。靴の方は二日ってとこだな」

「じゃあ、それで頼むよ」

「ああ、わかったって、もしかして、この坊主を外に連れ回す気か?!」


 トールが頷くと、店主はいきなり立ち上がった。

 そのまま、扉の方へ立てた親指をグイッと向ける。


「なんだそれ? アイサツか、トーちゃん」

「あれはお外に行こうって意味だよ、ムーちゃん」

「なに考えてんだ? 独り身が長すぎてとうとう頭がおかしくなったのか。すぐに死んじまうようなガキの分を作らせようとしやがって。俺がそういう無駄仕事を嫌ってるってしってるだろ」


 ややズレた点を怒り出す店主に、トールは少しだけ顎を掻いてみせた。

 腕前はとびきりだし仕事も早いのだが、革に対するこだわりも人一倍強いのだ。

 いや強いからこそ、名人なのかもしれない。

 

「気に障ったならすまない、おやっさん。でもちゃんと長く使う気だから安心してくれ」

「らしくねえな。連れができて浮かれる気持ちもわかるが、こんな小さいガキ、外で何の役に立つってんだ?」

「こいつは小さいけど優秀なんだよ」


 トールに頭を撫でられた子どもは、不思議そうに見上げてくる。

 しかめっ面で二人を見ていた店主は、低く唸ると首を横に振った。


「お前とは長い付き合いだから、くだらねえ見栄は張らねえってわかってるが……」


 もとより言葉だけで説得できるとはトールも考えていない。

 この店を選んだのは腕の良さもあるが、それ以上に店主が無駄話を嫌う口の堅い男だからである。


「これから見せるのは他言無用で頼むぜ、おやっさん」

「おい、勝手に触るな――」


 修理待ちの革鎧にいきなり手を伸ばしたトールを怒鳴ろうとして、ラモウは言葉を詰まらせる。

 赤蟹の大鋏で引き裂かれたといっていた破れ目が、跡形もなく消え失せていた。 


「…………なんだと?」


 あわててトールから取り上げた猪革の堅鎧を、熟練の革職人はしげしげと眺める。

 納得いかなかったのか、天井から吊るしてある照明盤に魔石を入れて手元を明るくしてから再び見直す。

 数分間、ためつすがめつ調べていたラモウだが、ついに両手を持ち上げて首を横に振った。


「あれもアイサツか? ソラねーちゃん」

「あれはまいったーってことだよ、ムーちゃん」

「さっぱりわからん。なんか細工したってんなら見分けがつくが、何の痕も残っちゃいねえ。最初から何もなかったみてえにな……何をしやがった?」

「俺の技能だよ。やっと、ここまでできるようになったんだ」


 店主の顔色がサッと変わった。

 息を止めたまま、まじまじとトールを見つめる。

 やがてその顔に、満面の喜びが溢れ出した。

 

「ほんとうか? ついにか? おいおいおい、やったじゃねーか!」


 駆け寄ってきたラモウは、トールの背中を派手に叩いた。

 ムーも真似してバンバンと叩く。

 そしてトールに頬を引き伸ばされた。


「いやいや、喜んでる場合じゃねーな。修理仕事が取られちまったら、稼ぎが半分になっちまうぞ」

「いまさらこの歳であんたに弟子入りする気はないさ。俺は冒険者を続けたいんだ……、こいつらと一緒にな。この技能は人間にも有効だから、まず簡単に死ぬことはない。どうだい、仕事を受けてくれる気になったか?」


 もしこれが付き合いの浅い人間の言葉であったら、ラモウは首を横に振ったであろう。

 大した手品だと、鼻で笑いながら。


 だが目の前のトールは、何度も何度もラモウの作った革の防具を使い倒してきた男だ。

 言葉はすぐに曖昧になるが、使い込んだ革にウソはない。


「いいだろう。坊主のためにとびっきりの品を作ってやるぜ」 

「ありがとう、おやっさん。それで、ちょっとここを見てほしいんだが」


 注文がうまくいったので、トールは本来の狙いであった取引にはいる。

 トールが指さしたのは、またもいつの間にか修復が終わっていた河馬革の堅鎧だった。

 岩トカゲに噛みつかれた無残な歯型があったはずだが、綺麗に消えてしまっている。


「どうって……。うん、そういや補修の革はどうした? 裂け痕がくっつくてのはわかるが、穴の箇所まで塞がるってのはどういう理屈だ?」

「それが俺の<復元>の力だよ。失った部分も勝手に補完しちまう」

「…………てことは!」

「ああ、もし竜革の防具が手に入ったりしたら――」

「いや、それならまだ手に入りやすい白鼬の革なんかはどうだ? あれも結構、希少だぞ」

「実は<復元>できる量には限りがあるんだよ、おやっさん」


 以前にトールが角モグラの角を切り取りながら調べた結果だが、<復元>で失われた部分を補完できるのは三割程度が限界であった。

 それ以上になると、局部を失った存在として認識してしまうからだと思われる。

 また素材の一部を切り取ってみた場合などは、全く復元できなかった。

 これもそういう状態の素材として、脳が<復元>の範囲を限定してしまうせいだろう。


「そうか。それならかなり大きめの防具じゃないと大した量は取れねぇってことか。うむ、伝手はあるから、なんとかできるだろう。よし、その時はよろしく頼むぜ!」


 嬉しそうに鼻を鳴らした老年の男性は、片手をグイッと差し出した。

 トールも強く握り返す。

 なぜかソラもその上に、手を重ねてきた。

 ムーも真似をする。


 路地の奥から響いてきた笑い声の大きさは、数人の通行人が思わず足を止めたほどであった。



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【コミカライズついに145万部!!】
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