心配事
「あの人、大丈夫かなー?」
「さっきの男か?」
「うん。腕、すごく燃えてたけど……」
「あれくらいなら水使いに見てもらえば、すぐに治るだろ」
「じゃあ、安心だね。ふー、思いだしたらお腹すいてきたよ。あ、もも焼き売ってるよ! トールちゃん」
まだであった今日の狩りの精算を済ませたトールたちは、ソラの希望で広場の屋台を見回りながら帰宅中であった。
さっそく、お気に入りの尖りくちばしのもも焼きを見つけた少女は、弾んだ声を上げた。
「ほれで結局、どういうことだったの?」
「お前が予想以上にモテたってとこだな」
「ほうなんだ。なんか照れるねー」
はにかんで見せるソラの唇は鳥の脂でテカっており、色々と台無しである。
一応、トールはちゃんとした理由も説明しておく。
冒険者を始めて数日で、ゴブリンを殺しまくるのは少しおかしい。
その理由として、ソラの固有技能の優秀さに気づいた連中がいる。
なので、禁止されている新人冒険者の案内をしてると無理やり口実をつけて、トールとソラを引き離そうとした可能性が高いと。
「えー、それってわたしじゃなくて、ほぼトールちゃんのおかげだよね」
「いや、ソラの<反転>はかなり魅力的だからな。自覚しとけよ」
「えー、魅力的とか。もう、トールちゃん、ほめすぎだよー」
トールの言葉に、ソラは嬉しそうに体をくねらせた。
しかし片手に鳥のもも肉はしっかり掴んだままなので、美少女のくせに色気の欠片もない。
「でもそうなら、またあんな人たちくるのかな? なんかいやだなー」
「それはまあ、あんだけやっとけば、しばらくは大丈夫だろ」
「そうなの?」
「冒険者ってのは実力重視の世界だからな。強いって評判があれば、半端な奴は寄ってこんさ」
トールは別に目立つことに否定的ではない。
今までも散々、悪い意味で注目を浴びてきたので、今さらだと捉えている。
ただ<復元>の力がおおやけになることで、冒険どころではなくなる可能性を危惧していた。
そこで余計な探りを入れられない程度に、実力を示しておけばと考えたわけである。
先ほどの模擬戦は、実は断るのも可能であった。
無理にあの場で身の潔白を証明せずとも、裁きと名誉を司る雷神ギギロの法廷神殿に持ち込めば正しい審判は下される。
だがあの私闘は、実力を示す格好の場でもあった。
そこまで考えたトールは、あえてBランクの冒険者を観客の前で叩きのめしてみせたのだ。
トールの<復元>の力を目立たせず、得体の知れない強さを持つ冒険者だと周囲に知らしめるために。
「でも、トールちゃんが強いってバレちゃったら、ぎゃくに女の人とかよってきそうだよ!」
「そこら辺は強さだけじゃなくて、見た目も重要だからな……」
「だったら、よけいあぶないよ!」
「お前が思ってるほど、おっさんなんて相手にされないから安心しろ」
トールは中肉中背に黒髪黒眼で、やや白目がちな瞳を除くと特に目立つ要素はない。
男前といえなくもないが、どちらかといえば平凡な印象である。
しかし間近にいるソラからすれば、時おり見せる鋭い眼差しや、顎を掻きながら考え込む時の真面目な表情のカッコよさに、惹かれないほうがおかしいと思えてしまう。
あとたまに心配してくれる時の優しい声音なんて、耳がとろけそうなほどに心地いい。
ただ、さっきからトールの声には、少し重たげな響きがこもっていた。
こっそり気にかけるソラであったが、焼きリンゴの屋台を見つけたとたん笑顔に変わる。
「ハフ、あつっつ、さっきの人ってプレート、銀色だったけど、じつは強い人だったの? あんまり、そう見えなかったけど」
「あれでも一応、上から二番目の強さだぞ」
甘香砂糖たっぷりの風味にとろけそうな顔になっている少女に、トールは冒険者のランクについてざっくりと説明する。
この人口三千人を超える境界の街ダダンで、登録されている現役冒険者の数はたった三百人ほどである。
毎年、志望者の数は多いときで五百近くなるが、翌年まで残れるのは五十人にも満たない。
その精鋭三百人は、七つの色でランク分けされていた。
下から緑樫、青銅、赤鉄、白硬、黒鋼、真銀、金剛である。
そして頂点である金色に輝くプレートを持つパーティは、わずか一組のみ。
真銀級も、たった三組しかいない。
なのでラッゼルは、かなりの倍率をくぐり抜けてきた猛者といえた。
とはいえ、その強さの多くは彼らが育てた技能樹にある。
それにともに戦う仲間や、高性能な武器や防具といった支援もある。
トールには何もなかった。
一撃で屠れるスキルを持たないゆえ、死に物狂いでひたすら速く剣を振り続けた。
ただ当てるだけでは倒れないモンスターを相手に、急所を精密に狙う動きを血反吐をはきながら会得した。
怪我を負えば誰にも頼れず死ぬ環境だったこそ、完璧に避けることに永い時を費やした。
そんな研鑽を経てきたトールに、剣だけの勝負で勝てるはずもない。
今回の勝敗は、その剣だけの勝負にどうやって持ち込んだかという点であった。
「あー、そっか。トールちゃんが、なにかしたんだね」
「なんで、そう思った?」
「うーん、最初に剣もちあげたとき、あの人すごいびっくりした顔してたし、あれって剣が燃えるやつ、できなかったせいだよね」
トールは軽く頷いて、ソラに続きを促した。
「それにトールちゃんの態度も、すごくわざとらしかったよ。あんな人をからかうマネなんて、見たことないし。なにか、イタズラしたんでしょ?」
「ああ、よく見てたな」
模擬戦の前にわざとラッゼルの武器を疑ってみせたのも、それをトールへ手渡しさせるためであった。
戦いの最中に、肩を剣で軽く叩いてみせたのも同様である。
あの時、トールは木剣を通して、ラッゼルのある部分を<復元>していたのだ。
「実はな、アイツの技能樹をちょっといじってやったんだ」
「えええっ、すごい! そんなことできるの?」
きっかけはソラの技能樹を何度か見ているうちに、その成長の経歴が浮かんできた点だった。
過去の姿が見れるということは、すなわち<復元>できるということだ。
そこでトール自身で試してみたところ、面白い事実が判明した。
トールの<復元>の枝をほんの少し短くしてみたところ、なんと使ったはずのスキルポイントも戻ってきたのである。
つまり技能樹を<復元>した場合、厳密には過去に戻すのではなく、樹の状態を成長前に変えるだけとなるのだ。
これの重要な点は技能樹を好きなだけ元に戻しても、現時点までに貯めたスキルポイントは一点も減らないということである。
本来なら一度選択してしまった枝の成長は、やり直すことができない。
だが<復元>を使えば色々な枝を自由自在に伸ばし、状況に応じて必要なスキルを習得できるというわけだ。
これは冒険者業界を根本から揺るがしかねない出来事なのだが、残念ながら枝スキルが一本しかない今のトールたちにとって宝の持ち腐れであった。
「ま、種がバレると簡単に対処されるから、あまり使えない手だけどな」
「だから、わざわざ怒らせてたんだ」
疑問に感じて冷静に自分の技能樹を確認すれば、枝スキルのレベルが下がってることくらいすぐに気づかれてしまう。
相手を混乱させてこそ、通用する戦法だった。
そもそも対人戦においてトールの<復元>を使用する場合、接触しなければならないという大きな縛りがある。
手袋や剣を通してでも相手に触れていれば発動は可能だが、短い期間ではその操作は難しい。
ラッゼルに剣撃を打ち込んだ際に、速すぎて無理かと言っていたのはこのことであった。
それと以前、冒険者局で絡まれた時に、相手を酔っている状態に<復元>したことはあったが、あれは前日の状態が分かっていたからできた芸当である。
膨大な経歴の中から必要な状態を短時間で探り当てるのは、やはりある程度の集中力と慣れが必要となってくる。
技能樹なら短い接触でイジれるが気づかれやすい。
戦えないような体調にするには、それなりに長く触れる必要がある。
その辺りの弱点をどう克服していくかが、今後の課題点だなとトールは独りごちた。
「はい、トールちゃん、一口どうぞ」
考えにふけっていたトールの鼻孔に、急に甘い匂いが飛び込んでくる。
目を向けるとソラが、焼きリンゴを一切れ、スプーンにのせて突き出していた。
トールが口を開くと、少女はふーと冷ましてから食べさせてくれる。
「まゆ毛がギュってよってたよ。大丈夫?」
「気を使わせたな。すまん」
ちょっとだけ真面目な顔になったソラへ、トールは安心させるように視線を向ける。
「ううん、大丈夫ならいいんだけど……。ごちそうさまでした。わたし、お皿返してくるねー」
空になった焼きリンゴの皿を、ソラはいそいそと屋台の主へ渡しに行く。
その後姿を眺めながら、トールはリンゴのように赤みがかっていた男の髪を思い出していた。
そして彼らを束ねる人物の顔も。
「……面倒だが、近いうちに顔を出しとくか」




