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絶賛ループ中の悪役令嬢の私は最近モブの彼が気になっている  作者: 雲丹屋


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7/15

2ー1

思いがけずブックマークを沢山いただいたので、少しだけオマケを足します。

蛇足かもしれませんので、前回の終わり方でいいなと思っていらっしゃる場合は止めていただいてもOKです。

遠くで高い鐘の音が響く。


次にあの鐘が知らせるのは、私の死かもしれない。

はめ殺しの雪花石膏(アラバスター)の窓は明かり取りにはなるが風景は見えない。

私は長椅子の端に座って、改めて背筋を伸ばした。国が落とされ、幽閉され、絶望の縁に追い詰められても、見苦しい様は見せたくない。王の妻としての実体はなくとも私は王妃だったし、今も征服者に屈したつもりはなかった。


婚約者の私を誘拐しようとした悪漢から取り戻すべく、冷たい川に身を投じた王子殿下は、その時ひいた風邪を拗らせ、地方の療養所でしばしの間療養していた。療養から帰って来た殿下は、憑き物が落ちたかのように真面目に戻り、私に真摯に謝罪し、改めてプロポーズしてくださった。

私は王子妃となった。


しかし、殿下は例の件が相当なトラウマになったようで、女性との性的な行為全般に著しい嫌悪と罪悪感を抱くようになってしまっていた。女性恐怖症というわけではないので、日常生活や社交上は何ら問題なかったが、世継ぎの問題は絶望的だった。


わたしは殿下のことが嫌いではなかったし、色恋の関係がなくても、理性的な彼との会話は十分楽しかった。時折、何かの拍子に私に女性的な魅力を感じてあからさまに動揺する彼は、とても可愛らしかったし、その度に謝罪して一歩ひいた態度を取りながら、必死に体裁を取り繕う様はちょっと可哀想だった。

「私はケダモノや家畜になりたくないのだ」

と言って夜中に啜り泣く彼は哀れで、いとおしかった。

「大丈夫。貴方は賢明な善き王になる方です。獣などには堕ちません」

などと慰めながら、頭や背中を撫でてあげるのが、私と彼の唯一のふれあいだったけれども、それでも私は十分に満足していた。


私は適切な距離を保ちながら、殿下に優しく接し、妻として彼の公務を支えた。

お父様と叔父様にお願いして身につけた知識と、厳選し手塩にかけて育てた直属の部隊はとても役に立った。私は表の外交も裏の諜報もしっかり務め、若くして国王をついだ夫と共に、幾つもの難局を乗り切った。


北の覇王が皇帝を名乗り攻め込んできた時も、国土と人材の被害を最小限に抑えるべく奮闘した。戦後を見据えて、剪定してかまわない部分を差し出し、次世代の芽となる部分を確実に守った。そしてやむを得ない場合は辛い決断もした。

結果として私は私的な情では失いたくなかったものを沢山失った。




「妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……いや、元妃殿下かな」

「夫の喪に服しております。入室はご遠慮ください」

ノックもせずに戸を開けた無作法な男は、礼儀をすべて無視してずかずかと部屋に踏み込んできた。

「気位の高い女だ。皇帝が直々に会いに来てやったのだぞ。もっと謙虚に出迎えるべきであろうが」

黒髪の覇王は燃えるような目で、私を見下ろした。確実に捕らえた獲物をなぶる肉食獣の目だ。片っ端から近隣諸国を攻め滅ぼして属州化して巨大な帝国を作りつつある貪欲な男は、何もかも取り上げて幽閉した女のなけなしの尊厳まで奪わないと気がすまないらしい。



私は美貌の皇帝を睨み付けた。

「(顔はいいのよね)」

切れ長の涼やかな目元に、スッと通った鼻筋。恐ろしく整ってはいるが女性的には見えない男らしい魅力と色気に溢れた顔立ちだ。

「(うちの陛下も顔が良かったけれども、覇気がある分、こちらの方が野性味が強いわね)」

顔はいいが他はダメというわけでもなく、顔がよくて頭が切れて腕がたって行動力とカリスマがあって、世界制覇中の若き独裁皇帝だ。

自分が飛び抜けて優秀であることにプライドを持っている負けず嫌いだが、周囲にも自分についてこれる程度に"すごく優秀"ぐらいのレベルを要求するタイプである。さぞ側近は苦労しているだろう。

女は賢くて少し気が強い方が好みだと自分では思っているが、それは親切に説明しなくても自分の話を理解して、察してあれこれしてほしいからなので、見透かした言動をしたり、自分より秀でた資質をひけらかす女は"小賢しくて"嫌いという男だ。正直、面倒くさい。


「例の件の返事を聞きに来た」

「お忙しいなか皇帝陛下直々においでくださらずとも、お使者をいただければ、こちらより書面にて奏上させていただきましたものを」

「迂遠だな。俺は回りくどいことは好まん」

「あのように戦と(まつりごと)を巧みになさる方がそのような訳がありませんわ」

皇帝陛下は私の言葉を鼻で笑った。


彼は自尊心が高く、人をあっと言わせたい虚栄心の持ち主だ。冷静に状況を分析して、十分に勝算があれば、無難な策より成功確率が低くとも、面倒で複雑な奇策を選択する傾向がある。

「(とはいえ、けっこう手堅いのよね)」

先例はよく勉強しているし、情報収集も状況分析も的確だから、一見奇策に見えてもかなり合理的な判断しかしていない。だからわりと行動が読めるので対処はしやすい。

もっとも相手がどうでるかわかっていても圧倒的な力の差がある場合は、対処のしようがないこともある。正面からの力押しには勝てない。


「(自分の魅力と腕力と権力を十分活用する気で押し掛けてくるのだから、たちが悪いわ)」

のらりくらりと別の話題でかわせなくもないが、苛立たせて心証を害するのも得策ではない。分かりやすくストレートに断っておこう。

「大変申し訳ありませんが、今はとてもご提案いただいたようなことをまともに検討できる精神状態ではありませんの。国家の進退に関わる大事ゆえ、冷静になれるまでいま少しお時間をいただきたく存じます」

「はっ!冷静極まりない態度でそのように申すか」

「これでも精一杯堪えております。陛下の御前でお見苦しい様を見せるなどという不敬はとても……」

「嘘をつけ」

彼はうつむいた私の顎に手をかけて、無理やり自分の方を向かせた。

苛立たしげにベールを剥ぐ。

「お止めくださいまし」

一応抗ってみせはするが、この状況では力で敵うわけもない。私は弱々しく目を伏せた。

ここで強気に出て興味を引きすぎても、弱味を見せすぎて侮られ過ぎても後々困るが、男女の駆け引きなど経験が足りなくてさじ加減がわからない。微妙に皇帝陛下の雰囲気が熱っぽくなった気がするのが面倒なので、変に色恋発想になられる前に政治用の頭に切り換えてもらうことにした。

「夫の喪も明けぬうちに征服者になびいた女など手に入れたところで利用価値はありません。殺しても放逐しても禍根が残ると判断されたなら、愛でる気もなく後宮で飼い殺すなど国庫の浪費。多少なりとも今後の属州統治に私を利用する気があるならば、節度と世間体に十分配慮いただかないと」

「女が私に政治を説くか」

「陛下におかれましては、女というものが風評1つでいかに価値を下げるものかご理解いただきたく存じます。ましてや私はもはやなんの力もない身の上です」

彼は何がおかしいのか声を上げて笑いだした。

「いいだろう。世間体が気になるのなら例の件の選択肢を少々変えてやる。お前に添いたい相手がいるなら秘密裏に添って、その子を死んだ王の忘れ形見として属州の大公にしてやっても良いと言っていたが……」

黒髪の美男子は悪魔のような笑みを浮かべた。

「その場合、子ができた後は相手の男をこちらで始末してやろう」

ベールを戻そうとしていた私の手が震えたのを、皇帝は楽しそうに眺めた。

「そうだな、もし都合のいい男がいないならば、こちらで用意してやっても良いぞ。あの男に似た金髪で青い目の優男を2、3人……もっと欲しいなら望むだけ調達しようじゃないか。安心しろ。その場合でも醜聞が立たぬようお前が孕んだら関係者は全員まとめて処分してやる」

悪趣味な提案だった。こんな話を持ちかけられるほど侮られていたかと思うと、頭の芯が冷える心持ちがした。

「どちらも嫌だと言うのなら、仕方がない。その場合は俺が直々に……」

「格別のご配慮ありがとうございます」

私は黒いベールを被り直して、身を引いた。できるだけ優雅に見えるよう一礼すると、茶会などで女主人が来客にそれとなく退出を促す仕草をして見せる。

「新しいお申し出は十分に検討させていただきます。高度に政治的で繊細な案件ですから、実務を仕切らせる信用に足る者を選別の上、その者らを交えて詳細な条件と方策を詰めた方がよろしいかと存じます。準備が整いましたらご連絡させていただきますので、陛下は執務にお戻りいただいて結構です。お忙しいところをご足労いただき誠にありがとうございました」

言葉を遮った挙げ句、「帰れ!」と皇帝に言うなんて無礼にも程があるが、これで処刑されたらそれはそれでもういい、と思えるぐらい私は自暴自棄になっていた。


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