3ー5
私は十分に接待してもらって、高度文明の魔法と区別がつかない科学技術の成果や、妖精がいる世界の本物の魔法によるおもてなしを存分に堪能した。
私は聞いてもらいたかったことをいっぱい話して、聞きたかったことを聞き出した。
やってあげたかったことをいっぱいして、してもらいたかったことをかなりやらせた。
楽しかった。
楽しかったから、彼をもう解放してあげることにした。
結局のところ、彼にとってこれは"接待"で、恋人同士の逢瀬ではなかったからだ。
酔った勢いで締め上げて吐かせたところによれば、彼の恋愛の基準からすると、どうやら私は歳上すぎるらしい。しかも、ごく些細な違いにも関わらず、身体的特徴が種族的に同族とは思えないからちょっと好みから外れているらしい。
そんなもの、どうしようもないじゃない!
髪の色がどうとかのレベルではなく、高次元連続体としての三次元断面の細部の構造精度がとか戯言をほざいたので、ぶん殴って「変なこだわりと偏見を捨てろ!」と脅してはみたが、よく考えたら私の男の好みも、変なこだわりの塊以外の何物でもなかったので、強要しきれなかった。
彼は、フォーマルな場では徹底して紳士的に振る舞い、砕けた雰囲気の場では、良い友人として共に他愛ないことを楽しみ、いささか危ない筋の輩が仕切るところでは、私を悪党仲間扱いしてペテンの片棒を担がせた。
……彼も私も何故かトラブルに巻き込まれやすいタチらしく、無駄な大騒ぎは色々あったが、幸い二人共、緊急対処能力は高かったので、概ね問題なく切り抜けられた。正直言うと用意されたレクリエーションよりも、そういうトラブルの方が面白かったぐらいだ。
彼は生真面目なろくでなしの悪党で、困ったような顔をしながら、平気でとんでもないことをしでかし続けて私を振り回し、私の無茶に付き合って奔走してくれた。
彼は想像以上に超人だったけれど、思っていたより子供で、迂闊で、変に自己評価が低くて、流されやすくて、そのくせマイペースで、デリカシーが足りない変わり者で、それでもお人好しで、空回りしがちなくらい他人のために一生懸命で、本当に義理堅かった。
時空監査局の仕事に戻って、石の件などが落着したあと、彼は約束通り私を家まで送った。
「いつか私より年上になってから迎えに来てよ」
「いや、俺は元の自分の世界に戻るまでは歳をとる気はないし、自分の世界に戻ったら、平凡に平和に何事もない普通の日々を過ごすんだ」
「あなたの予定が予定通りになったことがある?」
「俺のささやかな夢と希望なんだぞ!」
「なんて身の程知らずな……」
「俺は家に帰って地味に真っ当に暮らすんだ〜!」
「……がんばって……ね?」
「憐れむような目で見るのはやめてくれ」
結局、ロマンチックとは程遠い関係にしかなれなかったけれど、それはそれでいいかな、という気もした。
そうして、私の冒険の日々は終わった。
§§§
「それで話というのは?」
重厚な雰囲気の落ち着いた"応接室"の主は、昔と同じ余裕と深みのある声に、微かに面白がる気配を漂わせて私に尋ねた。
「報酬の交渉よ」
「ほう」
時空の調停者を名乗る相手は、仮初めの姿に微笑みを浮かべた。面白がっているのを隠す気がないか、真面目に相手をする気はないが一応聞いてやるというメッセージだろう。私は相手の気が変わらないうちに用件を伝えた。
彼は微笑んだまま黙って私の話を最後まで聞いて「あなたの希望を叶えるのは規則上はあまり好ましくない」と答えた。
「"規則上は"とわざわざ前ふりするということは抜け道があるということよね」
「あなたの案件は、着任して最初の仕事だったから、私にとっても多少特別でね」
そもそもこうしてもう一度会ってくれた事自体からして特別だったらしい。
私に関して、彼がどういう判断をして、どのような差配をし、最終的にいかなる結果を出したかが、職責に関する適正の審査対象となるという。だが、その分、自由裁量権が通常より大きいらしい。
査定だの裁量権だの、神様より大きな権能を持っている割に世知辛い話だ。
「あなたが降格されるようなトラブルは起こさないわ。だからお願い」
「好きでついた仕事でもないのでいいんだが」
微笑みが苦笑に変わる。
トラブルの元だとは予測しているらしい。とは言え、ぜんぜん大人の余裕を失っていないので、彼にとってはたいして無理のない範囲の話なのだろう。
彼はそれ以上もったいぶらずに、私の望みを叶えると応えてくれた。寛容で有能な神様って素敵だ。
「条件を確認しよう」
「ええ」
私は時空監査局のエージェントとして、任務につくことを約束した。
時空転移に対して耐性があり、実際に複数の世界を渡った経験もある私は、時空監査官として高い適性がある。常に人手不足の局にとってはいい話だ。
そして私はこの生を終えたあと、指定した世界に希望する条件で転生させてもらう。つまり……。
「今の記憶も外見的特徴も引き継がず、まったく別の人物として生まれる」
「ええ」
「人格や能力も?」
「まっさらで」
「あとから思い出すことも、こちらから教えることもなくてよいのだな」
「ええ。むしろ絶対に教えないで。可能なら私が何者として生まれ変わったか知る者が誰もいないと嬉しいわ」
「できなくもないが……それでは、生まれる世界と時間を指定する意味はないのではないか?望みの通りの世界に生まれ変わったとしても、今のあなたがそこでしたいと思っていることを、生まれ変わったあなたは覚えていないから実行できない」
「いいの。そこまで完全に条件をお膳立てして、結局、自分で違う道を選んだのなら、それはその私の決断よ」
我慢ならないのは、人種や年齢などという本人の努力ではどうにもならないことで最初から勝負をさせてもらえないことなのだ。
「あ、性別は女性でお願い。彼は異性愛者だから。生まれる場所と年代を調整しても、そこを間違えると目も当てられないわ」
調停者は物凄く複雑な表情をした。
顔の特徴がまったく記憶できない仮の姿のくせに、そんな手の込んだ表現をするなといいたい。
「因果だな」
いいじゃないの。
縁がなかったら、すっぱり忘れて新しい自分として幸せになるわ。
でも、見てなさい。
彼の故郷で彼に出逢ったとき、何も覚えていなくたって、きっと一目惚れしてやるから!
お読みいただきありがとうございました。
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難攻不落で絶対に到達不可能なハッピーエンドだって、諦めなければたどり着けることもあるんですね。(作者時間で2年かかった)
「この世界を変えるのは君だ。すべての手段を使え」
そう言われた通りに行動して、彼女は自分が望んだ道を切り開きました……力技過ぎる。
というわけで、ここまでこの主人公を応援してくださった皆様、よろしければ、今後は長編「家に帰るまでが冒険です」のヒロインを応援してやってください。
どういうわけかwあの地味顔の大男に一目惚れしている酔狂な女子高生です。
ではでは。




