小姑みたいな男 1
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「なんだこの部屋は! 前来たときより悪化しているじゃないか!」
腰に手を当ててプンプン怒っているクリストバルは、本当に、何がしたいのかわからないわ。
「年頃の女の子の寝室に入るなんて、デリカシーがないわね」
「寝室だと⁉ これのどこが!」
クリストバルの声が裏返る。あら、寝室って言ったから動揺しているのかしら……な~んてね、あるわけないわ、こいつにかぎって! そもそもわたしを女と認識しているのかも怪しいもの。
「どこがって、そこにベッドがあるでしょ?」
「…………気づかなかった」
大丈夫かしら、こいつ。
まあ、ベッドの上にもいろんなものが置いてあるのは確かだけど。洗濯ものとか洗濯ものとか洗濯ものとか……。
ベッドを認識した途端、クリストバルがさっきよりも挙動不審になる。
まさか今更意識したとか? うーん、やっぱないわね!
「と、とにかく! こんなところで生活していたら病気になる!」
「病気になったら薬でも飲むから大丈夫よ」
「病気にならない努力をしろ!」
小姑かしら、こいつ。
……わたしのことが嫌いなくせに、なーんでこんなにお節介なのかしらね?
よくわかんない男だわと思って見ていると、クリストバルがポケットからハンカチを取り出して三角に折りたたむと、口を覆うようにしながら頭の後ろで結んだ。即席マスクらしい。
「よし、やるぞ」
そうして腕まくりするクリストバル。
何を、なんてこの状況でとぼけたりなんてしないわ。
……ここにいたら巻き込まれそうね。
わたしはそろーりそろーりと後ずさる。
だって? わたしは別に掃除なんてしなくてもいいし?
片付ける必要性を感じてないし?
勝手にはじめようとしてるのはクリストバルなんだから、逃げてもいいわよね?
うんうん、だって、わたしが頼んだことじゃないもの!
と、いうことで。
急いで退散、とくるりと踵を返して瞬間、わたしの首の後ろがむんずと掴まれた。
……さっきまで前向いてたじゃないのよ! こいつ背中にも目があるわけ⁉
「どこに行く」
ひくーい声を出したクリストバルが、にんまりと笑う。
「雑巾と箒だ」
「そ、そんな素敵なものはここにはないわ」
「ないわけあるか! 前回来た時に俺が置いて帰ったものがあるだろうが!」
こいつ、いつの間にわたしの家に掃除道具を……。
って、そう言えば、裏の倉庫に何かを置いて帰るとか言っていた記憶が、一回目と二回目のループの記憶に交じってうっすらとあるような……。あれが掃除道具だったのね。
「持ってこい」
「いや、でも……」
「じゃあここの片づけをするか?」
「……持ってきます」
くっ、クリストバルめ!
なんでこいつ、いっつも偉そうなのかしら!
ムカムカしながら、わたしは裏の倉庫に掃除道具を取りに向かう。
というか公爵令息が掃除道具ってどうなのよ。掃除って、そもそもあいつは掃除をしたことがあるのかしら?
……ああ、そう言えば、記憶のかなたに、あいつが返った後に玄関とかダイニングとかが綺麗になっていたことがあったような、なかったような。
クリストバルは、何故かここに我が物顔で出入りするのよね。
顔を合わせたら嫌味しか言われないから、クリストバルが来ても知らん顔をしてわたしはわたしの作業に没頭していることが多かったんだけど、そう言えばそのときにがさがさと何かしてたわ。あれ、掃除してたのね。
びっくりだわ。
公爵令息が何やってるのかしら?
というか、貴族のお坊ちゃんって着替えすら自分でできない気がしてたんだけど……実際、エミディオもそうだったし。
クリストバルの生活力の高さに脱帽よ。あいつ、平民でも生きていけるんじゃない?
裏の倉庫を開けると、わたしの畑作業用のグッズの奥に、雑巾と箒とバケツが置いてあった。
……興味なさすぎて気づかなかったわ。
わたしは雑巾を入れたバケツと、箒を持って戻る。
すると、窓を大きく開けたクリストバルが、部屋の中にあった自分でもちょっと何かわかんないものをせっせと分類しているのが見えた。
「クリストバル、持って来たわよ」
「ああ……って。お前、掃除したことがないのか?」
「何がよ」
「雑巾と箒を持って来いと言ってバケツも持って来たのは褒めてやるが、何で水を持って来ない」
「逆になんで水がいるのよ」
「拭き掃除をするからだ!」
何のための雑巾だと、クリストバルが怒る。
……そ、そんなことを言われても…………。
そもそもここに雑巾があったことすら知らなかったわたしに、雑巾の使い方なんてわかるわけないじゃないの。自慢じゃないけど、わたし、生活力皆無なんだから!
一応、生きていくために、最低限、スープの作り方とかはなんとなく覚えた。
簡単な料理も、まあできる。
だけど掃除は、生きていく上に必須だと思わなかったから努力なんてしなかったし……なんだかんだと、目に余ればラロが片付けてくれていたから、やったことないのよね~。
「ああもういい、魔法で水を出してくれ」
「え? そんなことできないけど?」
「魔女だろう?」
「魔女だけど?」
「俺の知っているエチェリア公国の魔女は、何もないところから水を生み出していたぞ」
む!
悪かったわね、薬しか作れないポンコツ魔女で!
口のへの字に曲げると、クリストバルがハッと息を呑んだ。
「い、いや、魔女にもいろいろあるんだな。向き不向きもあるしな」
「そうね、世の中にはわたしみたいに薬しか作れないポンコツ魔女もいるのよ!」
ほんっと、あったまにくるわねこいつ! わざとかしら? わざとわたしを貶してるの?
「……薬が作れれば充分優秀だろ」
「さあどうかしら? わたしはほかの優秀な魔女様たちを存じ上げませんから知らないわ!」
何度も言うようだけど、わたし、感覚的には数時間前に火刑に処されて殺されたのよ(二度目の人生でだけど)。
とっても気が立っているんだから、これ以上怒らせないで!
経験したことがないからわかんないでしょうけど、あんなに苦しい目に遭わされて殺された後に、穏やかな精神状態でいられるわけないの。わかる? すっごくすっごくイライラしてるの!
まあわたしのこれは、殺されたショックよりもエミディオに裏切られた怒りの方が大きいんだけど、イラついていることには変わりない。
クリストバルは関係ないってわかっているけど、いつもは聞き流せる小さな嫌味ですら過剰反応するくらいに気分がささくれ立っているの!
「俺も別に、魔女に詳しいわけじゃないが……その、卑下することはないだろ」
卑下?
したくもなるわよ!
優秀な魔女なら、火刑にされそうになっても逃げだせたかもしれないし、水を降らせて火を消せたかもしれない。
ついでに言えば、エミディオに報復することだってできたかもしれないじゃない!
薬が作れたところで、処刑は回避できないし報復もできないのよこんちくしょー!
「まあいいわ! 水でしょ! とってくればいいんでしょ!」
「待て、俺が行く。よく考えたら、お前のその細い腕で、重たいバケツが持てると思えないからな」
「わたしはそんなに非力じゃないわよ」
「いいから。そこにその……たぶんゴミだろうものをまとめておいたから確認しておいてくれ。万が一にでもいるものが混ざっていたら、お前、地獄の使者みたいな顔で怒りそうだからな」
一言余計よ! 誰が地獄の使者ですか!
腹が立ったけど、言い返す前にクリストバルはバケツを持って部屋を出て行った。
むすっと頬を膨らませて、わたしはクリストバルが端っこによけていたものを確かめる。
「まったく、これが全部ゴミですって? 失礼しちゃうわ! いくら何でもこれ全部ゴミなわけが……わけが……あれ?」
あら、ゴミだわ。どうしましょう。
わたし、なんでこんな不要なものを部屋に残したままだったのかしら?
あんれ~?
クリストバルが戻って来たら、これはいるんだから! って文句の一つも言ってやろうと思っていたわたしの計画が……計画が……。
「確認したか?」
わたしが茫然としていると、バケツに水を汲んだクリストバルが戻って来た。
ど、どうしよう。
ここでこれ全部ゴミだったなんて言ったら、こいつのことだから「ほら見たことか!」みたいな顔をするんだわ。
それはとっても癪なのに、この中に必要なものが一個もない!
なにか~なにか~……ええい、この際なんでもいいわ!
わたしはたまたま目についた木の棒をクリストバルに突きつけた。
「これはいるの!」
「そうか、何に使うんだ?」
「……え?」
そもそも、この木の棒、なにかしら?
わたしは木の棒を握り締めて考える。
……なんでこんなものがここに? うーん、思い出せない。たぶん何かに使ったはずなのよ。でも、どこをどう見てもただの棒で、何だってこんな長いもの……あ!
思い出したわ!
そうよ、ベッドの下に何かが転がって入って、それを取るために森の中から取ってきた棒よ!
あ~すっきり~!
って、そうじゃない。
どうしよう。
と、いうことは、よ。ベッドの下に転がっては言った目的の何かは取り出せたんだから、この棒の出番はもうないわ。
でも、必要なものだって言った手前、後に引けない。
「な、長い棒は……」
「ああ」
「…………そう、そうよ! こうやって、遠くのもの取るときに使うの」
「立って移動しろ! 没収だ!」
棒を伸ばして適当なものを引き寄せたわたしを見て、クリストバルが怒鳴る。
「まったく、やっぱりゴミじゃないか。これ全部捨てるからな! いいな?」
「………………別にいいけど」
不満たらたらな顔で答えたわたしに肩をすくめて、クリストバルがバケツを置いてゴミを部屋の外に出しはじめる。
ゴミを出すと、クリストバルはベッドの上に視線を向けた。
「で、あそこに散らかっている服は、洗ったものか、それともこれから洗うものか」
「わかんないわ。汚れてなかったら洗ったものよ」
「洗う前の洗濯物と洗った後のものを一緒に置くな!」
くっ、いちいち細かい男ね。
「もういい! これ全部洗うからな!」
「って、あ! そこには下着も……」
さすがのわたしも、下着を見られるのは恥ずかしい。
すると、クリストバルが錆びついたブリキ人形みたいなぎこちない動作で首をこちらに巡らせた。
「なんで、下着が、あんなところに置いてある?」
「脱いでポイしたか、洗ってポイしたかのどっちかよ」
「お前には恥じらいってものがないのか!」
「失礼ね! 恥じらいがあるから触らないでって言ったのよ!」
「うるさい! いいから、あの中から下着を全部回収しろ! そしてそのくらいは自分で洗え! 早く‼」
もう、何なのかしら、クリストバルってば! 本当に小姑みたいだわ!
だけど、下着を見られるのは恥ずかしいから、これには素直に従うわよ。
ベッドに積み上げてある服の山から下着を回収すると、わたしはいそいそとそれを抱えて下に降りる。
その後ろで、クリストバルが顔を真っ赤にしてうずくまったことには気づかなかった。
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