信用できるのは、大嫌いだった男 2
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「ついたぞ。ここのカフェは個室があるんだ。お前もその方が気が楽だと思って、個室を押さえておいた」
クリストバルって、こういうところがとっても親切よね。
オルティス公爵邸から馬車で四十分ほどのところにある町は、人口が六千人くらいの中規模程度の町らしい。
周囲に複数の農村があるため、農作物は一度この町に集まるから、商人の出入りも多いんだって。
商業ギルドっていう、商人を取りまとめている団体も支部を置いているんだそうだ。
この商業ギルドは、表向きはどこの国にも属さない、国をまたいだ組織なんだそうだけど、本部がマダリアード帝国内にあるため、どうしても帝国の影響が大きいのだそう。
ゆえに魔女に対する考え方もマダリアード帝国に近い考え――つまり、魔女に悪感情を抱いていない組織のため、サモラ王国内では商業ギルドに属さない商会も多いという。
だけどオルティス公爵家は、サモラ王国の西側、つまり、マダリアード帝国とその属国が多い西側諸国に近いところに領地があるから、商業ギルドも中規模以上の町には必ず一つは支部を出しているらしい。
わたしはそれが何に影響するのかよくわからなかったけど、クリストバルによると、そのおかげで国外の物資が仕入れやすい状況にあるんだそうよ。つまり、マダリアード帝国やその属国から、魔女が作った魔道具とかが商業ギルドを通して入って来るんだって。
で、王家は魔女が大嫌いなくせに、魔術具という便利な道具はほしいから、オルティス公爵家を使って仕入れたりするんだそうな。なんて我儘な。
……ちょっと思ったけど、もしかしなくても、ラロはわたしの作った薬を商業ギルドに売っているのかしら?
なんかそんな気がしてきたわ。
「ここのカフェで取り扱っている茶葉は、マダリアード帝国からの輸入品だ。茶葉の加工に魔道具を使っているらしく、王都で飲む紅茶より一味も二味も上だぞ」
「へー!」
普段自分が入れる適当なお茶しか飲まないわたしだけど、クリストバルが入れてくれたお茶や、公爵家で飲んだものがとっても美味しいことはわかっているわ。
つまりは、それ以上のものがあるってことかしら。これは期待大ね。
オルティス公爵領内でも念のため目の色は隠したほうが安全だろうってことになって、わたしは色眼鏡をかけている。
クリストバルと共にカフェの二階にある個室に向かうと、黒檀で作られた高級そうなテーブルと椅子があった。特別室って感じがするわ。
「ケーキは四種類あるみたいだな。ケーキのほかに焼き菓子や軽食もあるが、どうする」
「もちろんケーキよ!」
「ショートケーキ、チーズケーキ、シフォンケーキ、あとシャルロットがあるが、どれがいい?」
クリストバルがメニューをわたしに向けて教えてくれる。
「シャルロットって何?」
「ビスキュイ……柔らかいクッキーのような土台の中にババロアが詰まっていて、その上にクリームとフルーツが乗っている。この季節のシャルロットは桃が使われているようだな」
「なんかよくわかんないけど美味しそうだからそれにする!」
「わかった。紅茶はどうする? 茶葉が七種類あるが」
「わかんないからクリストバルが選んで」
「そうか。なら、渋みが少なくストレートでも美味しいものにしておこう。ケーキを食べながら飲むんだから、あっさり飲める方がいいだろう」
茶葉の名前を見ただけで、よくわかるわねって感心するわ。
わたしの中で紅茶は「紅茶」という一種類しか存在しないもの。紅茶を細分化されてもさっぱりわかんないわよ。
ケーキと紅茶が運ばれてくると、店員さんの出入りもなくなって、個室の中は完全に二人きりになる。
護衛の騎士はついて来たけど、部屋の外に一人と、あとは店の外で待機しているの。
わたしの前に置かれたシャルロットは、楕円の細長いビスキュイで囲いが作られた中に桃の風味のババロアと、それからふんわりと柔らかいクリーム、そしてその上に薄切りにされたみずみずしい桃がこれでもかと乗っていた。
……なんて魅力的なケーキかしら!
わたし、イチゴの次に桃が好きなの! 桃が採れる時期は、ラロがよく買って来てくれるのよ!
……では、さっそく。
わたしはフォークを握り締めて、はじめて食べるシャルロットをそーっと口に入れる。
ん~! ババロアがプルプルしていて、クリームも甘さ控えめだから桃の味がしっかりと感じられるし、何よりフレッシュな桃が最高よ! これ、手が止まんないわね!
もぐもぐと夢中になってシャルロットを食べていたわたしは、半分ほど食べ進めたところで紅茶の存在を思い出した。
金の取っ手がついた白磁のティーカップに手を伸ばしたわたしは、ふわんと漂って来る香りに目を見張る。
「クリストバル、とってもいい匂いがするわ」
「いい紅茶だからな。それは帝国の南の地方で採れるセカンドフラッシュを使って作られたものだ。マスカットに似たすごくいい香りがするだろう? 蒸らし時間を間違えると渋みが強くなるが、きちんと計算して入れたものは、ストレートで飲むと最高だ」
クリストバルが饒舌だわよ。
前から思っていたけど、クリストバルって紅茶が好きなのかしら。そうでないと、あんなに美味しくお茶を入れられないわよね。
クリストバルの言う通り、ほんの少しの渋みの残る紅茶は、けれどもとっても飲みやすく、甘いケーキにぴったりだった。
長時間茶葉をお湯につけていると渋みが出やすいということで、わたしの両手を広げたくらいある丸いティーポットには、茶葉を漉したあとの紅茶が入っているそうだ。
ミルクにあう品種のものは、逆に茶葉を漉さない状態で運ばれてきて、最初はストレート、そのあとで蜂蜜や砂糖をいれて、最後にミルクとお砂糖をたっぷり入れて楽しむんだって。
本来は紅茶はそういうマナーで三回楽しむものらしいんだけど、今わたしが飲んでいる茶葉に限って言えば、ミルクは合わないわけじゃないけどストレートが一番おいしいから、わざと茶葉を漉して提供してくれているのだそうだ。
……ほうほう、紅茶も奥が深いのね!
いつもティーポットにどばどばと茶葉を入れて熱いお湯をじゃばーっと注いで適当に飲んでいるわたしは、きっと紅茶好きの人に怒られる存在でしょうね。
「ねえ、紅茶の入れ方って覚えた方がいいと思う?」
「お前の本来の立場で言えば、お茶はメイドや侍女が入れてくれる。だが、教養として知っておいても損はないだろうな。……離宮で自分で飲む分だって、美味しいに越したことはないだろう?」
それもそうだ。美味しいに越したことはない。
……公爵夫人に教えてもらおうっと。
今までは飲めればいいと思っていたけど、美味しい紅茶を知っちゃったからね。一度覚えた味は忘れられないものね。
っと、うっかりケーキと紅茶に夢中になっていたけど、今日はクリストバルに話したいことがあったのよ。
わたしはティーカップを置いて、ベリーソースの乗ったチーズケーキを食べているクリストバルに向き直った。
「クリストバル、ちょっと内緒話があるんだけど、いいかしら?」
「ああ。構わないぞ。この部屋はきちんと防音がきいているからな」
だが、改まってどうしたとクリストバルが怪訝そうな顔になった。
わたしはちょっぴり緊張して、手のひらを膝の上で何度か握ったり開いたりを繰り返した後で深呼吸をした。
そして、意を決して口を開く。
「あの、あのね。信じられないかもしれないけど……お兄様、毒が盛られているらしいの」
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