解毒薬と衝撃の事実 6
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オルティス公爵家での生活は、その後も順調だった。
肌荒れのクリームを作ったところ公爵夫人が普段の優雅さをかなぐり捨てる勢いで興奮したり、ラロがせっせと薬草を積んできてはわたしが作った薬を売りに行ったり、そして解毒薬をモニカさんに渡して泣いて喜ばれたり……と、そんな感じで十日が過ぎた、夜のことだった。
就寝の準備を終えてモニカさんが部屋を出て行ったあと、わたしはベッドサイドの小さな灯りだけを灯して、ラロがやって来るのを待っていた。
肌荒れクリームと風邪薬は、ラロがいつでも持ち出せるように窓の近くのライティングデスクの上に並べて置いてある。
……明日はクリストバルが近くの町にあるカフェに連れて行ってくれるって言っていたわね。
初日に採寸され仮縫い試着をしまくったドレスの一部が、今日仕上がったのだ。
クリストバルはドレスが届くのを待っていたみたいで、届いた直後に明日はカフェに行かないかと誘われた。
もちろん、わたしに異論なんてない。だって面白そうだもの!
まだ一度も行ったことのない「カフェ」という場所にわくわくしていると、小さく開けて置いた窓からラロが入って来た。
「今日は遅かったのね、ラロ……って、どうしたの?」
ひらりとベッドまで飛んで来たラロが、ベッドに膝を立てて上体を起こしていたわたしの膝の上に着地する。
いつもへらへらとした子犬スマイルのラロの表情が、なんだか険しいわ。
「アサレアってさ、エミディオのことが好きだったよね。その気持ちは本当にもうないの?」
「急にどうしたの? そんなもの、とっくの昔になくなったわよ!」
「それほど昔じゃないでしょう」
う……ま、まあ、確かに数か月前までは好きだったけど。
でも、本当にそんな気持ちはもうこれっぽっちも、ミジンコほども残っていないわ。
どこの世界に、利用しようとしてそれができなかったから浮気して挙句に冤罪かけて妻を殺すような夫を愛する女がいるのよ。
三度目の今の人生だったらまだ夫じゃないし、夫にするつもりもないけどね、たとえ前の時間軸の出来事だろうとどうしようと、この恨みが晴れることはない。
三度目の人生ではまだ浮気されてないし殺されてもないけど、あいつがわたしを利用しようと目論んでいるのは間違いないもの!
ラロは疑うような目を向けて来たけど、わたしの発言に嘘はないとわかったのか、ちょっと安心したように笑った。
「それならよかった。じゃあ、この情報を出しても問題ないね」
「情報?」
あら、ラロってば、何か面白い話を仕入れてきたのかしら。
エミディオの恥ずかしい話ならウェルカムよ。何ならその話をどうにかして世間に広めて赤っ恥をかかせてやるわ。ふはははは、報復第一弾よ!
……どうしてやろうかしら。ぷくく……。クリストバルにも相談して協力してもらおうかしら。わたしは無理でも、クリストバルなら簡単に世間にリークできるわよね。
両手で口元を押さえてぷぷぷと笑うと、ラロが半眼になる。
「何を想像しているのか知らないけどさ、エミディオが川に落ちたとか、馬にはねられたとか、そんな面白い話じゃないからね」
あら残念。でもその程度ならどの道あんまりおもしろくないわよ。どうせなら、おもらししたとか、実は禿げだったとか、何なら女の子に手ひどく振られたとか、その手のもっと上の情報がいいわ。もしくは恥ずかしい日記を入手したとかでもいいけど。というかむしろそれがいいけど。恥ずかしい日記が存在するのかどうかはわかんないけどね。
「でもその様子だと、エミディオのことが嫌いなのは本当そうだから安心したよ」
「そうね、なんか嫌がらせして恥をかかせてやりたいわって思うくらいに嫌いだわ」
「むしろその程度なのがアサレアだよね。どうせなら闇に乗じて消してやりたいとか思わないのかな」
いや、さすがにそれは怖いわよ。
それに、一瞬で終わらせるより、地味に嫌がらせをする方が相手にとってダメージが大きいと思うの。二度目の人生で散々な目にあわされたんだもの、たった一度の報復で終わらせるなんてもったいないわよ。
「まあいいや。とにかく、この情報はちょっと厄介だよ。アサレアが第三者に言うにしても慎重になった方がいい。クリストバルは信用できるけど、だからって簡単に口に出せるようなものじゃないからね」
「どういうこと?」
「王太子は毒を盛られている」
さらりと言われて、わたしは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
目を点にして、大きく息を呑む。
驚愕するわたしをよそに、ラロは淡々と続けた。
「アサレアから王太子が虚弱体質だって聞いてから気になっていたんだよね。一応さ、王太子なんだし、城には国一番の名医が揃っているだろう? それなのに、原因の特定もできずに虚弱体質なんておかしいよ。それに、虚弱体質ってだけで、起き上がれないくらいに疲弊するのも変だし、あまり食事が採れなくなるのもおかしい。何か裏があるんじゃないかなって調べてみたんだ」
ファウストお兄様が虚弱体質って聞いただけでそこまで考えられるラロがすごいわね。
さらに驚くわたしに、ラロは前足を胸の前で組んで続ける。
「僕もさすがに城の内情の奥までは探れないからね、どこまでがグルなのかはわからない。だけど、侍医の誰かは関与しているのだろうし、王太子が食事をあまり取らなくなったのだって、もしかしたら彼は食時に毒が含まれていると知っていたからかもしれない。で、ここで気になるのは、その毒が、致死量じゃないって点だね。わからないように少量ずつ、それこそ、王太子が子供のころから食事に混ぜられていたんじゃないかな」
「何のために」
「わかんない? まあ、アサレアは権力を手にしたことがないからそうかもね」
ラロはそっと息を吐いた。
「一番考えられるのは、王位継承問題。誰かが王太子を蹴落としたいと考えている。だけど毒殺だとわかれば疑いの目を向けられるかもしれない。だから、王太子は生まれつき体が弱いように思わせて、徐々に徐々に衰弱死するように見えるように殺したいんだろう」
「そんな!」
「アサレア、声が大きい。大声を出したら誰か来るよ、気を付けて。僕の声は他には聞こえなくても、君の声は聞こえるんだから」
わたしは慌てて手のひらで口を覆った。
そして、小声でラロに訊ねる。
「いったい誰が?」
「王位継承問題と考えた時、最も疑わしいのは二人。いや。二家。クベード侯爵家か、オルティス公爵家だ」
わたしは、手のひらで口を覆ったまま、小さな悲鳴を上げた。
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