嫌いだった男とすごす夏 4
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カタン、と、小さな物音がした。
ちょうど眠りが浅くなっていたタイミングだったのか、その微かな物音にわたしはぼんやりと目を開けたけれど、部屋の中が暗いのを知って再び瞼を閉じる。
風の音だろうし、まだ起きるには早すぎるわ。
それにしても、なんて快適な旅なのかしら。
どこの宿でも、ベッドはふかふかだし、食事は美味しいし、なんならおやつタイムまであるし、これはお兄様とクリストバルに感謝しなくちゃね。
でも、この快適さに慣れると、離宮での幽閉生活に戻るのがつらくなりそうね。
そんなことをぼんやりと考えながら再び夢の世界に戻ろうとしていたわたしの耳に、もう一度カタンと物音が聞こえてくる。
同時に。
「この馬鹿アサレア‼ 早く起きろーっ!」
ラロの焦った声と、お腹のあたりに蹴られたようなドスっとした衝撃を受けてわたしは飛び起きた。
目を白黒させれば、わたしのお腹の上で、ラロが低い唸り声をあげている。
「何? なんなの?」
「チッ、起きたか」
聞こえてきた声はラロのものではなかった。
わたしはハッと息を呑んでラロを抱き寄せると、部屋の中に視線を這わす。
「アサレア、返事をしないで聞いて。僕の声はあいつらには聞こえていないし、姿も見えていないから。……部屋に三人、怪しい男がいるよ」
何ですって⁉
「そのうち二人は刃物を、もう一人は大きな麻袋を持っているね。もしかしなくても、アサレアを攫おうって魂胆かもしれない。もしくは殺して麻袋に詰めて持ち去るつもりかな」
ちょっと、平然とした声で怖いことを言わないで!
だけどこの状況では、ラロのその言葉が冗談ではないとわかるからわたしは息をひそめたまま何も言えない。
「僕が本気になったらあいつらを消すくらい簡単なんだけど、もしここで僕があいつらを殺しちゃったら、アサレアは言い訳に困るよね。どうしようか」
どうしようかって言われても!
「殺した後で死体を捨ててきても、血の跡は残るからな。うーん、どうしよう。ぱくっとひと飲みでいけなくはないけど、食べても美味しくなさそうだし、お腹壊しそうだな」
まさかの肉食発言⁉
というか、その小さな口でどうやってひと飲みにするのよ!
「理想は生きたまま捕らえることだよね。でもアサレアには無理だし、僕がしてもいいけど、それをするとやっぱりアサレアが困ることになるよね。どうやったんだって聞かれても答えられないでしょ」
この状況で、そんな気を回してくれなくてもいいわ!
わたしはすっかり血の気が引いているのに、ラロってば何を呑気なことを言ってるの?
「クリストバルは数名護衛を連れてきていたよね。部屋の外にいるだろうから、アサレア、ちょっと悲鳴を上げてみてよ。きゃーって。できる?」
いきなり悲鳴をあげろと言われても……!
わたしはこくりと喉を鳴らす。
喉元が凍り付いて、うまく声が出るかわかんないわよ。
「悲鳴をあげたら、たぶんあいつら飛び掛かって来るけど、僕が華麗に回避してあげるから大丈夫だよ。さあ、悲鳴を、レッツゴー」
レッツゴーじゃないわよ!
どこまでも能天気なラロにちょっぴり脱力しつつも、わたしは覚悟を決めた。
大きく息を吸い込んで、そして――
「きゃあああああああああああ‼」
三度の人生において、こんなに大声を出したのは、今日がはじめてよ。
人間、頑張ったら大声って出せるのね~。
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